水竜王との再会
綺麗な世界が作りたかった。
私たちは、どうして結ばれなかったのだろう? 私はお前のことを愛していたし、お前だって私のことを嫌いではなかったはずだ。
手をつないで二人で歩き、キスをして抱きしめられ、どこかの広場で結婚式を挙げて、夜を共に過ごし、子供たちに囲まれながら笑っていたかった。
でも、そんな願望ははかない夢となって消えて、今の私は……一人取り残されてしまった。
その原因を、私はこう解釈した。私の『身分』と、『戦争』という異常事態が、二人の仲を引き裂いたのではないかと。
だから私は考えた。
『平和』で『平等』な世界を作れば、きっと二人は結ばれたのではないかと。
そう私は、平和で平等……そんな綺麗な世の中を作りたい。いずれ戻ってくるお前のために、この世界を楽園にしてみせるっ!
それなのに……、それなのに……。
ああ……どうして? お前たちは……。
平等だと言ったはずなのに、気がつけば身分ができていた。司教枢機卿? 司祭? なんだそれは? そんなものを私が指示したか?
争いをなくすことは、傀儡皇帝を利用しても手に余ることだったらしい。いつの間にか民族ができて、地方と都市ができて、貧富の差が生まれ、武器を持ち争いを始めた。
自分より幸せな者、異なる風習を持つ者、都市を飢えさせる農村と農村から搾取する都市。人は他人を許容できないのかと、疑心暗鬼に陥ってしまう。
どうしてお前たちはいつもそうなんだ? 誰かを見下し悦に浸り、暴力と性欲で興奮する。気持ち悪い、なんて気持ち悪いんだ。
ああ……なぜなんだ。どうしてうまくいかないんだ。機械を取り上げ、魔法を制限して、竜装機兵で脅しても言うことを聞いてくれない。
一〇〇〇年前、ハワードの提案で導入した『平和維持軍』が略奪と強姦を働いていたと聞いた時には、もう変な笑いしか出なかった。ロボットのくせに必死になって弁明するあいつの姿を、哀れにすら思ってしまった。お前が悪くないことなんて、私にも分かっていたよ。
何もかもが、うまくいかなかった。
そして私は、薄々気づきかけていたことだが……理解してしまったのだ。
このゴミ虫どもめっ!
人は浄化されなければならない。正しい人間を選別することによって、『清く』そして『正しい』人間を増やすんだ。腐りきってしまったその心は、子種もろとも滅ぼさなければならないっ!
この地上を清く正しい人間の子孫で埋め尽くそう。穢れた心を持つ人間は、等しく滅び去るべきなんだ。
新しく作られた楽園で、私たちは結婚式を挙げる。
清く正しい人々は、私たちの結婚をみんなで祝福してくれる。
愛と正義にあふれた、素晴らしい世界。
バージニア州は大陸最北端に位置する州である。教皇を兼ねる皇帝であるローレンスの直轄地であるこの州は、その広い面積にも関わらず一般の人々が侵入することは許されていない。
教団の聖地であり、かつてグリモア王国が存在した場所。この地に、俺は再び足を踏み入れることになった。
帝都を発った俺たちは、テレーザに連れられ海を渡っていた。
一応、帝都マリネやリディア州とは陸続きでつながってはいるのだが、こうして海を直接渡った方が速く到着する。
「ひどいな……これは……」
海を渡る途中、いくつかの孤島を通りかかった。そこには、おそらく竜と竜装機兵が争ったであろう荒れた森が点在していた。時々、煙をあげる機械竜の姿が見えた。
竜族の死体は見えない。水竜王たちが優勢のまま戦局が動いていたのだろうか?
だが、その状況はバージニア州沿岸部に到達したとき、一転した。
沿岸部の砂浜に降り立った俺たちを出迎えたは――竜族の、死体。
おそらく、水竜王が率いていた竜族のほぼすべてに相当するであろう死体が、砂浜に転がっていた。
波を受け、海水に濡れるその巨体は、少しだけ鼻につく異臭を放ち始めている。もう数時間もすれば、近寄れないほどになってしまうだろう。
「ひどいありさまだな」
首だけの男、ハワードが俺の意見に同意する。
「嘘……ですよね?」
竜体ではなく人間の姿に戻っているテレーザ。ふらふらと、まるで高熱にうなされているかのような動きをする彼女が、そっと竜たちの死体に手を添える。
「エルヴィンおじさんは、いつも美味しい草の場所を教えてくれてました。ハンスおじさんは、すごく歌がうまかったんです。エルザおばさんは、おじい様に叱られた私をいつもかばってくれて……それで……」
声がおぼつかない。顔面は蒼白で、今にも気を失ってしまいそうだ。
「て、テレーザ……」
俺はなんて声をかけていいのか分からなかった。薄々予想していたことではあるが、こうして目の前で事実を突きつけられてしまうと、何も言い出せなくなってしまう。
ぽふん、とテレーザが俺に抱きついた。
「あ……ああぁぁ……ああああああああああああああっ!」
テレーザが悲鳴のような声をあげた。俺はそんな彼女を優しく抱き留め、気のすむまで泣かせてやった。
不意に、竜の死体の背後から誰かが現れた。
「誰だっ!」
警戒して身構える俺だったが、その男には戦意などなかった。
人間の姿をした水竜王だ。顔には深いしわが刻まれ、そのやつれ具合と相まってさながら死人のようですらあった。
水竜王、生きていたのか。
「わ……わしは……」
俺の声などまったく気にする様子もなく、水竜王はただ独り言のような言葉を途切れ途切れに発していた。
「こ、こんなはずでは。大竜王様、地竜王、火竜王、すまぬ、すまぬ……」
「水竜王、一体何が起こったんだ?」
「わしは……わしは……」
駄目だ。話をできるような状態じゃない。テレーザ以上にショックを受けてしまっている。
こうしてみると、やはり竜族は負けてしまったのだろう。
俺の見立てでは、竜族は圧倒的に不利だったはずだ。竜装機兵の方があらゆる面で優れていたから、これは当然の結果のように思える。
しかし、ここに来るまでの島々で竜装機兵の残骸が見えたのが気になる。一時的にせよ、水竜王たちが押していたのか?
分からない。頼みの水竜王がこの状態では、話を聞いている余裕なんて……なかった。
「俺たちにできることは、先に進むことしかない」
逆に、この場にいる方が水竜王にとっても安全かもしれない。俺たちがこれから天使たちと戦いに行くんだから、きっとその方がいい。
無理に連れていって、暴れられたら困るからな。
「テレーザ、どうする? このまま水竜王の所にいるか?」
「……いえ、私は行きます」
先ほど泣きつくしたせいか、少しだけ元気を取り戻しているテレーザ。その姿は平時と変わりないように見える。
テレーザが竜体に変化し、俺たちはそれに飛び乗った。一瞬、彼女が水竜王の方を見た。
「また後で迎えにきます、おじい様」
俺たちは水竜王と別れ、再びバージニア州の奥へと進んでいったのだった。
読んでくださってありがとうございます。
ここからが邪竜エミーリア編になります。
実質最終章、完成するころには過去最高の文字数になりそうです。
長かったなぁ。




