超振竜槍
天使長は椅子に腰かけていた。
ここはバージニア州、地下に用意された部屋。正面には巨大なモニターが設置され、天使長の前にはキーボードが配置されている。バージニア州を管理するため、様々なことを行える場所である。
例えば、『約束の時』を迎えるため続々と集まっている人々を収容するための管理。あるいは、周囲を警戒している天使たちへの指示。さらには、アーク神への相談などなど。
しかし、今日に限って言えば何も問題は起きていない。すでにこの地を訪れているローレンスに代表されるような人間たちは、総じて大人しい。
平穏無事。
そう、天使長は安堵していた。それはこの部屋で一緒に監視業務を行っている仲間の天使たちも同様だろう。
が、突然、地下室が揺れた。
地震か? と天使長は思った。しかしそれにしては、揺れがあまりにも一瞬すぎる。
「なんだっ、何が起きたっ!」
部下の天使たちが現状を把握しようと必死になっている。
「モニターに映します」
部下の天使がキーボードを叩き、大画面の映像を変えた。
「こ……これはっ」
天使長は目を見開いた。
モニターに映し出されたのバージニア州近郊の海。平時であれば青々とした宝石のような海水が広がっているが、今日の様子は全く様変わりしている。
ドラゴンの巨大な体が海を覆っているだ。その数は一〇〇を超えているだろう、まさに異常事態である。
そもそも、五〇〇〇年前から竜はこの地より姿を消している。この圧巻を一般市民に見られでもしたら、それこそ大混乱に落ちいってしまう。
「ちっ、めんどくせぇタイミングで来るなぁおい。五〇〇〇年前の復讐ってわけか。おい、手が空いてる奴、すぐに出動しろっ!」
天使長の命令に従い、何人かが動き始めた。
「――火よ」
魔法詠唱。
基本的に、天使長は詠唱を省略し魔法を発動させることができる。しかしこのレベル一〇の魔法だけは、しっかりと言葉を出しておかなければ発動しない。
「文明の利、世界の光、大地に埋もれし火の神、顕現せよっ!」
建物の外に魔法陣が出現する。今、この場で魔法を完成させてしまえば、部屋自体が壊れてしまう。そのための配慮だ。
「赤火怪鳥、ボールディン」
巨大な火の鳥、ボールディンが地上に現れた。
――あっははははは、ひっさしぶりだぜ! どいつだ、どいつを殺せばいい?
「焦るなボールディン。ここから南に敵がいる。始末するのを手伝ってやってくれ」
――任せなっ!
巨大な炎の鳥は、勢いよく空を飛んでいく。その速度は決して竜装機兵に劣っていない。
バージニア州近郊の海がにわかに騒がしくなった。集う竜族と、それを迎え撃つ機械竜たち。
こうして、海の上で二勢力が対峙することになった。
まず初めに動いたのは、天使長が生み出した炎の魔法生物ボールディン。
「ふ、お前の得意技じゃったな」
軽く笑う水竜王は、すぐにその鋭い眼光を飛ばす。衝撃波のような恐るべき叫び声が周囲に響き渡った。
レベル一〇の魔法生物、ボールディンが消失した。
咆哮一つで消し去ってしまうとは、やはり竜は強い。と天使長は感心した。
「我らの体、我らの誇り、我らの魂、よくも……よくも傷つけてくれたのう」
竜王クラスのブレス……だけではない。水竜王に従う竜たちが、続々と息を吸い込み……肺を膨らませている。
一斉攻撃だ。
「報いを受けよっ!」
放たれるブレス。
確かに、竜族のブレスは強力だ。山を砕き、大地を揺るがすその力は、上位の魔法に匹敵するだろう。
しかし、それだけだ。
その竜族の肉体を改造し、強化した竜装機兵に勝てるはずがない。そもそも竜族がそれほど強いのであれば、五〇〇〇年前の大戦もすぐに決着がついただろう。
天使側は、まったくの無傷。
天使長はため息をついた。正直なところ、戦いらしい戦いは本当に久しぶりのため、血がたぎるような気分であった。竜族はこれまで相手をしたどのような人間よりも強力ではあったが、しかしそれでもなお竜装機兵には遠く及ばない。そう思い、呆れてしまったのだ。
「話にならねぇな。おい、ジャック。やっちまえ」
〝了解〟
答えるのは、出陣している天使の一人……ジャック。出陣部隊のリーダー各である彼は、地竜王の死体を基にした竜装機兵に乗っている。
〝いいのか、天使長? 竜の死体回収は?〟
「あれだけいるんだ。適当に殺しときゃ一体ぐらい島に落ちるぜ。かまやしねぇ、やっちまえ」
ジャックは数ある島のうちの一つに降り立った。地竜としての力を遺憾なく発揮するためには、どうしても地面が必要だったのだ。
竜装機兵の口を地面につける。それは、まるで大地に接吻をするかのように……。
大地咆哮。
瞬間、島の大地がさながら沸騰しているかのように膨れあがった。島だけではない。さらにはその周囲の海にまで、その振動は伝わっていく。
海水を裂き、巨大な石柱が竜族へと迫っていく。地竜のブレスを強化したこの技は、一度に数多くの敵を攻撃できるうえに、威力はかなりのものだ。竜の鱗など易々と貫いてしまうものだろう。
竜対天使。そのあっけない結末を……天使長は想像していた。
だが――
「おいおい……、何の冗談だ、こりゃ?」
攻撃は確かに当たった。当たってはいた。
竜がその手に持っている、盾へと。
要するに、盾によって完全に防がれてしまったのだ。
完全に防がれてしまったことには驚きだが、さらに驚いたのは竜が武具を装備していることだ。
おそらく、召喚魔法と似たような原理でどこかから呼び出したのだろう。その理屈自体は理解できる。しかし、天使長の記憶の中で、竜が武器や防具を装備していたことなど今まで一度もなかった。
「……学ぶことは、人だけの特権ではない」
片手に槍、片手に盾を持った水竜王が、まるで天使長の疑問に答えるように話し始める。
「わしは学んだ。かつて大竜王様を見捨て、見るも無残な姿で〈竜界〉へと逃げ帰ったあの日。己の弱さと、人の強さ。武具を身に着け、魔法を使うことで肉体以上の力を生み出すことをっ!」
水竜王が己の槍を振るった。すると、それを合図として、周囲に控えていた老齢の竜たちが一斉に動き出した。
未だ島に立っている、ジャックのもとへと。その槍の穂先を一斉に向け、あらゆる角度から迫ってくる。
天使長は冷や汗をかいていた。
「逃げろっ! ジャックっ!」
天使長の言葉は聞こえたのだろうが、いかんせん遅すぎた。四方から迫りくる敵の槍を防ぎきることなど、この巨体では不可能。
結果、ジャックはその槍を受けてしまうことになった。
が、それだけ。
槍は強靭なコーティングスケイルに防がれてしまった。
〝焦りすぎだ天使長。俺たち竜装機兵が負けるわけないだろ?〟
竜装機兵はその巨体を揺らし、周囲のドラゴンたちを一掃する。しかし竜たちは再び槍を構え、ジャックのもとへと向かってきた。
「竜の牙を研いで作り上げた我らの槍。こうも簡単に防がれてしまうとはのぅ」
水竜王が槍を構え、他の竜たちと同じようにこちらにやってきた。ジャックは固い鱗で覆われた手によってその槍をいなし、いったん距離を置こうとした。
しかし、その手と槍が接触した、その瞬間。
「唸れっ、超振竜槍っ!」
天使長は今度こそ完全に言葉を失った。水竜王の握っていた槍が恐るべきスピードで振動し、竜巻のように空気を切っていた。
それはさながら、帝国の武器である超振動槍のように。
「人に学ぶとはこのことよ。この程度か、人間ども」
創世神話に名を連ねる天使――ジャック操る竜装機兵は、5箇所を槍で突かれその機能を完全に停止してしまった。
「……ジャック、すまねぇ。もう少しだったのに……」
あの様子では、中の天使も無事では済まないだろう。天使長は仲間の死に胸を貫かれるような気分だった。
「さあ、懺悔の時間じゃ。地獄で悔い改めよっ!」
水竜王の咆哮が、大海を木霊した。
読んでくださってありがとうございます。
なんだかハワードが出てきてからひたすらバトルばっかり書いてるような気がします。
ノリノリのときもあれば、うーあーって時もあります。




