第50話
家に戻ると、聡一が息子の置き手紙を見つめながら静かに座っていた。
「ただいま戻りました」
その声を聞き、聡一は慌てて玄関にやって来た。久しぶりに見る息子の姿に、聡一の顔がくしゃりと歪む。
「どこに行ってたんだ!」
聡一はそう言って深海諒をきつく抱きしめた。
「心配したんだぞ」
諒は驚いた。自分の父親がこんなに心配してくれていたことに。
父親と離れてイギリスで生活していたし、日本に戻ってきてもお互い忙しくてあまり会う機会がなかった。会わないことが自然になってしまっていた。それなのに。
「……ありがとう」
そう言う諒の声は掠れていた。彼も父親を抱きしめる。
「あ、コーヒー入れなきゃな」
聡一は急いでキッチンに向かい、自分と息子のマグカップにコーヒーを注いで席に置いた。
「父さん」
諒はブラックコーヒーに映る自分を眺めながら、話を切り出す。
「何だ?」
「諸星雄吾の件ですが、事件は解決しました」
息子の言葉に、聡一は虚をつかれた。置手紙があったとはいえ、行方不明になっていた息子が帰ってきて話し始めたことが神隠し事件。聡一は唖然とした。
「え……、もしかしてそれをずっと調べていたのか?」
「はい」
聡一は深く溜息をついて、額に手を当てる。
「で、事件が解決したっていうのは?」
「諸星雄吾は本当に神隠しにあっていたんです。正確には異世界に飛ばされて、戻ってきません」
「………………」
聡一は言葉通り開いた口が塞がらなかった。目の前に座る息子は、真顔で一体何を言っているのだろう。理解ができず、詳しい説明を求めた。
諒は余すことなく、全てを父親に話した。聡一は真剣に彼の話に耳を傾ける。
話を聞き終わった聡一は黙考の後、口を開いた。
「……にわかに信じがたいが、それが事実だとすると辻褄が合うな。いくら探しても本人は見つからないし、目撃情報も出てこない。……だが、それが本当だとして、どうやってマスコミに報告するんだ? 誰も信じない。いや、信じられたら逆に困る。世界が混乱する」
聡一は腕を組み、眉根を寄せる。そんな父親に、諒はすぐさま答える。
「これは言うまでもなく、公表すべき事実じゃありません。選択肢は、一つしかありません」
諒は人差し指を立てた。
「未解決事件として扱うということです。今回の事件は神隠しと言われているくらい情報が少なく、いくら捜査しても手がかりが出てこないというのは一般の人でも知っている事実です。だとすると、未解決になっても警察が無能呼ばわりされるリスクは少ないと思われます。ただこの場合、犯人が捕まっていないという不安が国民から拭い去れないというデメリットがあります」
聡一はうんうんと頷く。
「事実を隠して解決したと公表するという方法もありますが、無理やリスクが生じます。
まず、犯人をでっち上げることはできません。未成年の犯人を作り上げてテレビに顔が映らなくても、車で犯人を運ぶ等の演出をしなければなりません。万が一、そこで顔が映ったり、その犯人役の誰かについてネットで書き込みをされてしまったりしたら、取り返しのつかないことになります。それに、犯人をでっち上げるということは、警察内部の何人かに事実を伝えなければならないということです。誰かに言うとどこからか事実が漏れてしまう可能性があるので、避けるべきです。
ということは、犯人を作らず、諸星が勝手にいなくなり見つかったという内容しかありません。血痕に事件性はなかったと断言するんです。諸星は異世界にいるので彼に迷惑はかかりませんが、彼がネット等で叩かれるのは目に見えています。正直、あまり気持ちのいいものではありません。また、諸星が見つかり、事情があってすぐに海外に渡航するという設定にしても、無理があります。その理由やお金の出所など、マスコミは色々調べますから」
諒はそこで一拍置いてから、結論を言い放った。
「よって、今回の事件は未解決事件とし、適当な時期に捜査打ち切りを発表するのが妥当だと思います」
聡一はどこで息継ぎをしていたのかも定かでないほど早口で語る息子に若干圧倒されながらも、思わず拍手を送ってしまった。
「我が息子ながら、諒は凄いな」
「いえ、そんなことありません」
真面目に答える息子に、聡一は可笑しそうに笑った。




