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 コーポ涼宮へ戻るころには、夜がすっかり深くなっていた。


 家に着いても病院で見た青年の顔が、頭から離れなかった。大事なモノが奪われてしまった者の、行き場のない目が忘れられない。


「聖夜、顔が硬いで」


「どうしても考えてしまって」


 子どもが親より先に失われることほど、悲しいことはないだろう。


 暗い顔で部屋の鍵を開けると、水槽にいるスッポンのペニーが首を伸ばし、こちらをじっと見つめていた。


「ただいま、ペニー」


 声をかけると、ペニーはゆっくり首を引っ込めた。だぼだぼと余った皮が甲羅の周りに寄る。


 その姿に、少しだけ癒された気がした。


「ほんなら、早速始めよか」


 銀次はこたつの上にノートを広げ、そこにペンを叩きつけた。


「作戦会議や」


 銀次はノートの一ページ目に、手早く『市内連続下半身傷害事件特別対策本部』と書く。


「なんだか書き慣れていますね」


 白雪はこたつの端に正座した。背筋を伸ばし、いつもより真剣なのだと感じる。


「まあ、家柄や。気にせんでええ」


 銀次はペン先でノートを叩いた。


「それで今わかってることやけど、容疑者はくたびれたサラリーマン風の男、聖武器は杖、聖騎士を見分けられる可能性が高いってことぐらいか」


「たくさんプレートを持っているかも知れない、も追加で」


 僕がこたつに入りながら言うと、部屋の空気が沈んだ。


「……息子狩りの犯人なら、伊藤翼並の実力者かもしれんなぁ」


 これまでの息子狩りの犠牲者は三人、今回を合わせると既に四人が犠牲になっていた。

 相当経験を積んでいるはずだ。当然僕一人では勝てないだろう。


「ですが、こちらは三人です。私は全然勝てると思います」


 そうだ、僕たちは一人ではない。お節介な銀次に、超絶かわいい天使白雪、そして短小包茎な僕がいるのだ。


「大きいもの持ってるお嬢がいるのは心強いわ。聖夜は、まあ、小さいけど、なんかええかんじやで?」


「小回りなら任せて」


 すごく泣きたかったけれど、今はそんな場合ではない。


「それで、三人で戦うのはいいですが、相手は聖騎士を見分けられるのですよね。三人で固まっていたら警戒されませんか」


「せやな。外出るときはできるだけ固まらんようにしよか」


「一人なら向こうから来てくれる気もするしね」


 何気なく言ったつもりだったが、その瞬間、銀次の手が止まった。


「……それや」


「え?」


「向こうは聖騎士を見分けられる。なら、一人で歩いとったら、勝手に寄ってくるんちゃうか」


「つまり、釣りですか」


 白雪の声が硬くなった。


「そういうことやな。ただし、問題はある」


「三人で行動できませんよね。他二人が駆けつけるまで、一人で対応することになります。あまりいい考えとは思えません」


 確かに危険はある。だが、息子狩りの犯人を捕まえるには、てっとり早い方法でもある。


「リスクは高いよね。でも、僕はいい作戦だと思うよ」


「実は私もそう思っていました」


 驚くほどの速さで鞍替えした白雪に、銀次は目を細めた。


「お嬢、三秒前に自分が何言ってたか覚えとるか」


「覚えていますよ。銀次さんも、勿論覚えていますよね」


 そこにいつの間にか出てきていた閣下の砲身が、銀次を捕らえた。


「お嬢は初めから乗り気でしたね。わいの勘違いでした。めんごめんご」


 軽い口調ではあるが、銀次の膝はすごく笑っていた。


「それで、一人を餌役にして、残りの二人はどうしよう」


 哀れな銀次から目を背けつつ、疑問を投げかけた。


「そうですね、近くにいたら食いつかないですし、聖騎士が複数人同時に外を歩いていても、警戒されると思います」


「じゃあ、餌役以外はこの部屋で待機するのがよさそうだね」


「はい、餌役は合流するまで、逃げに徹してもらいましょう」


 銀次は閣下が消えるのを確認したあと、おずおずと口を開いた。


「このコーポ涼宮の周辺に合流する地点を決めておくのがええな。ちょうどええ公園があるし、そこを合流地点にしよか」


「一人が餌として公園までおびき出し、そこで合流。三人で戦うと」


「せや、悪くない作戦やと思う。名付けて……」


 銀次はノートの中央に、力強く作戦名を書いた。


『釣って公園でボコる作戦』


 あまりにも身も蓋もなかった。


「もう少し、こう、知性を感じる作戦名にできないかな」


「分かりやすさは大事や」


「確かに内容は一目で分かりますね」


 珍しく銀次と白雪の意見が合った。この二人、脳筋な所が共通している気がする。


 銀次はさらに、駅前から公園までの地図をノートに書き込んだ。


「事件は駅周辺で起こっとる。生き餌を垂らすなら駅前や。ただ公園まで距離はあるし、道は複雑やなぁ」


「そうですね。囮役が逃げ回るにしても、小回りが必要ですね」


 そのとき、白雪と銀次の視線が僕に集まった。正確には僕の下半身に集まった。


「あの、小回りで僕の息子を連想するのは、ちょっとやめてほしいかも」


「私は小さくても全然全然大丈夫ですよ! むしろ好きかも!」


 テンションが上がっている白雪を横において、考えてみる。

 確かに僕はこの周辺の土地勘も、小回りも持っていた。


「小さいかどうかはあくまで主観であり人や時代によって価値が代わるためその時々でしか分からないけれど、確かに囮役として僕は適任だと思う」


「危険な役割や。断ってもええんやで」


 なんだかんだ優しい銀次が心配そうに言った。


「大丈夫だよ、任せてほしいな。それに上手く言えないんだけれど、自信があるんだ」


 愛を自覚したからか、犯人が許せないからなのか、使命感からなのか、息子が帰還して元気が有り余っているからなのか、皮が余っているからなのかは分からない。


 それでもこの役割を全うしたかったし、自信はみなぎっていた。


「決定やな。ほな、早速明日の夜から始めるで」


「聖夜さんのため、光の速度で駆けつけます!! おー!」


「おー!」


 それぞれ聖武器を召喚し、皆で音頭を取った。

 奪われたものを、必ず取り戻すのだ。

 

 僕たちの決意は硬かった。勿論言わずもがな、息子もである。

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