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「わざわざ外で練習せんでもええやんか」


 公園について早々、銀次は嫌そうな顔を隠そうともしない。


「何を言っているのですか銀次さん。室内で聖武器を出したりしたら危ないじゃないですか」


「それはお嬢のイチモツがでかいから……」


 刹那放たれた砲丸に撃たれ、次の瞬間、銀次はお星様になっていた。


「ほら、危ないって言ったじゃないですか。言わんこっちゃないですね。ささ、邪魔者は消えましたし集中して練習しましょうか」


 では何のために銀次を外に連れ出したのか、という疑問は胸の内にそっと秘めておいた。

 不用意に藪を突けば、巨根の蛇が出かねないのである。


「それでは、まず聖武器を取り出す練習をしましょう」


「取り出す練習って必要なの?」


 息子に力を込めれば聖武器は簡単に呼べる。それに訓練は必要なのだろうか。


「勿論必要です。聖騎士の中には伊藤翼さんのように、相手もまた聖騎士であると見ただけで分かる人がいます。そういった相手に、いつ何時襲われても対抗できるようにしなければいけません。頼れるのは己が聖武器だけです」


 なるほど合点がいった。確かに瞬時に判断して、手早く聖武器を召喚することは、今の僕には難しい。


「それに、悪環境でも聖武器を召喚できなければ、何もできずに奪われかねないです」


「悪環境って?」


 聞きなれない言葉に、疑問が口をついて出た。


「そうですね……実際に経験してもらったほうがいいかもしれませんね」


 白雪はスマトーフォンを取り出しどこかに電話をかけた。近辺に待機していたのだろうか、数分もしないうちにその相手方は現れた。


「あらー。いい男じゃない!」


「これが例の男の子ね。食べちゃいたいわ」


「うがー」


 白雪の背後に現れた三人の男たち。

 木の陰に隠れていて姿ははっきり見えないものの、声から判断するに正真正銘の男であった。


 だが、話し方に引っ掛かりを覚える。


「し、白雪ちゃん、その人たちは君の知り合い、なの……?」


 恐る恐る尋ねてみた。


「はい、聖夜さん。その通りです。この方々は、私の知り合いの『女装』たちです」


 近年、男や女に縛られない性別が増えていると聞いたことがある。その中でも、ひときわ異彩を放っている者たち。

 それが『女装』であった。


「聖夜さんは勿論ノーマルだと思うので、女装の皆さんに囲まれた状態で聖武器を出せるようになってもらいます。そうすれば、いかなる場合でも召喚できること請け合いです!」


 まさにその通りであろう。女装達に囲まれ、まさに悪環境で聖武器を召喚できれば、いかなる状況下でも対応できることは間違いない。


「それでは女装のみなさん、遠慮はいりません。やっちゃってください!」


 直後、女装三人が僕に向かって物凄い速さで近づいてきた。

 思わず後ずさるものの、恐怖により足がもつれ、つまずき倒れてしまう。


 その隙を女装が、見逃すはずがなかった。


「あらー。だいじょうぶかしら。ほら、おっき! おっき!」


 女装の一人が倒れている僕に馬乗りになった。


 金色のドレスを身にまとった獣のような形相の女装。それが今まさに僕を食べようとしている。

 僕は、ライオンに生きたまま捕食されるシマウマの気持ちを理解した。


「聖夜さん、ほら聖武器を取り出してください! ほら!」


 白雪の声が遠くから聞こえた。しかしながら、無理である。息子はうんともすんともしなかった。


「もう、だめじゃない。ごめんなさいね、ハイビスカス紅は肉食系だから」


 僕が放心していると、一人の女装が助けに入った。まるで母親のような慈愛のこもる声に、安心感を覚える。

 だが、声の主を認識した瞬間、その考えは泡沫の如く消えた。


 その姿、まさしくゴリラであったのだ。


 二の腕は僕のおおよそ五倍、身長は二メートルほどあるかもしれない。


 そのゴリラによく似た女装が、馬乗りになっていたハイビスカス紅を蹴り飛ばし、僕をぎゅっと持ち上げた。


「もう大丈夫よ。安心して」


 絶対大丈夫ではない。僕を逃がさないという意思を手の平から感じる。

 が、僕はすぐに思いなおした。たしか、ゴリラは優しいはずだ。


 これはとある動物園での話である。ゴリラが檻の中に誤って落ちた人の子供を優しく抱きかかえ、飼育員のもとまで運んだのだ。名をビンティ・ジュアという。


 そう、ゴリラは優しい森の賢者なのだ。


「あ、ありがとうございます。その、もう大丈夫ですから、離してい頂いていいですか……」


 僕は必死に笑顔を取り繕い、ゴリラに語り掛けた。


「そう、よかったわ。それでちょっとお願いがあるのだけれど、聞いてもらっていいかしら」


「な、なんでしょうか」


 ゴリラがかっと目を見開いた。


「あなたのバナナを食べさせてくれない?」


 ゴリラは優しい。そしてバナナをよく好む。無論僕のバナナも、例外ではない。


「まあ、断っても食べるのだけれどね!」


 ゴリラが僕のズボンに手をかけ、今まさに捕食を始めようと動き出した。


「うがあああああああ!」


 そこに、最後の刺客もとい女装が、文字通り食って掛かった。


 動物は食事をする瞬間が、起きている中で一番無防備だと言われている。

 ゴリラが捕食をする瞬間を、気配を殺して待っていた、なんかもう女装かすらわからない、モノノケの恰好をした女装が、ゴリラの二の腕に噛みついた。


「なんだケン! やるのか! はなせごらー!」


 先ほどまで優しかったゴリラの面影はもうない。噛みついたモノノケの女装を、ゴリラがぶんぶん振り回す。


 その隙に先ほど蹴り飛ばされたハイビスカス紅が、意識を取り戻し、戦いに加わった。


「よくも蹴ったわね! 許さないんだから!」


 目の前で、モノノケとゴリラとライオンの死闘が、始まった。


「聖夜さん! 聖夜さん!」


 本来の目的すら忘れ呆然としていると、遠くから話しかける声が聞こえた。


「聖夜さん! 頑張って! 負けないで!」


 視線を移すと、白雪が我を忘れて必死に応援している。その姿からいつもの白雪と違う魅力を感じ、ついつい見とれてしまった。


 白雪はふと僕の視線に気づき、照れたように一度目を反らした。そして恥じらうように、上目使いではにかんだ。


 そのときだった。体に変化が起こった。


 それはまさに心が射抜かれた感触であり、雷が落ちた衝撃のようなものであった。


「うわぁ! 流石ですね、聖夜さん!」


 気づけば僕の目の前には、いつもより二割ばかり輝きが増しているエクスカリバーさんが、浮かんでいた。


「我が主よ、なんだかいつもより力が漲るぞ。一体この源は何なのだ」


「白雪ちゃんの笑顔かな」


 口を滑ってでた本音に、白雪が表情を変えた。


「それってどういう意味……」


「こらこら! お嬢なにするんや! 危うく三途の川渡るとこやったで!」


 白雪が言いかけたその時、空から銀次が降ってきた。

 如意棒くんを握っており、おそらくそれを駆使して星になる運命から脱したのであろう。


「ってなんやこの状況は!」


 しかし、時と場所が悪かった。

 銀次が降り立った先は、まさに魔物の巣窟その中心だったのだ。


「あら、いい男が空から降ってきたじゃない」


「そうね、これは天からのお恵みかしらね。仲良く頂きましょう」


「うがー」


 先ほどまで死闘を繰り広げていた三人の女装が、深山のように静かに、そして一歩また一歩と、じりじり銀次との間合いを詰めていく。


「せ、聖夜! お嬢! なんやようわからへんけどピンチや! 助けてくれ! 後生やから!」


 ただならぬ気配に気がついたのか、僕らに救援を求める銀次。


「そ、その深い意味はなくて、白雪ちゃんが相も変わらずかわいいなーって」


「そんなこと言って……もう! 聖夜さんったら!」


 彼の声が僕らに届くことはなかった。僕らは仲睦まじくするのに大忙しなのだ。


「いちゃいちゃしてわいを無視するなや!」


「あら嫉妬かしら。大丈夫よ、あなたには私たちが付いているじゃない」


「たっぷりと可愛がってあげるわ。今夜は、寝かさないぞ」


「うがー」


 背後から銀次の断末魔が聞こえた気がしたが、そんなことより今日も白雪はかわいかった。

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