第八十五話「追う者」
幸か不幸か、神域へと至るための忌まわしき人体実験場だった施設は跡形もなく、きれいさっぱり痕跡も残さずに消し去られていた。
「なんて馬鹿げた威力。最後のアレは、明らかに私を殺そうとしていたわね」
エイヴェリーはかなり離れた山の中腹から、施設のあった場所を遠望する。
魔物も跋扈する、人里離れた秘密の研究施設だったため、それが消えたとて誰に知られることもなかった。
「殺戮本能だけで無差別に近くにいる人間を襲うだけと思っていた銀甲冑が、志向性の殺意を私に向けてきた。それとカインとかいう子供を守った方といい、どちらも明確な意志を示したのよね。……なかなかに興味深いわね」
と、エイヴェリーは一人微笑む。
「けれども、その前に裏切り者を消さないと。さすがにこれくらいで死ぬわけはないでしょうから」
精神干渉のため、総魔力量の八割近くを消費する極大精神魔法を使っていなければ、エイヴェリーもわざわざ瞬間移動など使わずとも、あの程度の爆発ならたやすく防げた。万全の状態であれば、あの場でイーディスを圧倒することもできたのだが。
「銀甲冑とイーディスを相手にするには少々魔力量が足りなかったわね」
一人エイヴェリーがぼやく。
銀甲冑を拘束する縛鎖の魔法は、イーディスのものだった。また銀甲冑が出現した際には、彼女が銀甲冑の身柄を拘束する手筈であった。だが、イーディスはそれをしなかったばかりか、四六時中発動させていた階下の銀甲冑を捕縛していた縛鎖魔法も解除した。
「魔力量が急減した私を狙いにきたのね。もし、仮に失敗しても逃げて再起を図れるように。けど、それがあなたの甘さね、イーディス。後先考えず、ここで死力を尽くして、私を殺しに来なかったあなたの。次なんてないのに」
わずかに残念そうな表情を浮かべるエイヴェリー。
「でも、私もすぐには動けない……そうだ!いいことを思いついた。今、読んでいる偽本タブラ・スマナグディナの解読にも行き詰まっていたし。ランドール・グウェンをイーディスにぶつけてみたら、何かいい反応が起こるかもしれないわ!」
そう目を輝かせ、エイヴェリーは帰路についた。
一方、イーディスは半日経って、土中から姿を現す。土壁をアレンジした土魔法による防御結界術式で、あの爆発を凌いでいた。
「………………」
何もない土くれだけの大地を見つめ、イーディスはしばらくそこに佇んでいた。
罪深き人体実験場は跡形もなく消し飛んだ。残された罪もない子どもたちをも巻き込んで。
「私も含め、報いは受けるべき」
そうイーディスは呟くと、やがて静かにその場を後にした。
カインはというと、細身の銀甲冑に背負われていた。その銀甲冑はカインを背に、大柄な銀甲冑を追い、森の中を疾走していた。
冷たい背の感触。時折聞こえるシーナの声。
(暗くてこわい……けど、もう寒くはなくなった)
(カイン兄ちゃんを近くに感じる)
(だから、私は神境の番人の意志には負けない。私が私でいるために)
(こちらからの声はシーナには届かない……けど)
「俺はずっとお前の傍にいる。いつかそこから助けてやる!」
奇しくもカインに生きる目標ができた。
(あたたかいや……だから、私は大丈夫)
声は届かなくても、確かに通じ合う二人。
(何も見えなくて寒くて暗い中、ひとりぼっちのあの子は耐えられず、神境の番人の意志に飲み込まれてしまった。神境の番人がこの世界に顕現したら、世界がカタチをなくしてしまう。だから、神境の番人の依り代を破壊しないと!)
「あいつを破壊しないといけないんだな、シーナ。わかった!!」
(でも、どうやって破壊する?イーディスの極大物理魔法を喰らってもほぼ無傷)
(今の神境の番人の魔力はほぼ空。この世界に顕現するための魔力を集めるために、多くの生き物を殺して回る。止めなきゃ)
「わかった!とにかくヤツを追ってなんとかする!」
と、カインは誰とはなしに一人声を上げた。
そうして、彼は偶然にも、イーディス・ケリーを追うランドール・グウェンに出会ったのであった。




