第26筆 夢
「こんなとこ・・・?」
岩城が眉間に皺を寄せる。そりゃあ自分の所属するサークルを「こんなとこ」呼ばわりされたくはないだろう。
「こういう子なんだよ。悪気はないんだ。ちょっと正直過ぎるだけだから、怒るな」
俺は文芸サークルの先輩として一応、後輩のフォローを入れておく。
「本多さん、今、暇ですか?」
直球な質問。
「うんまあ・・・そうだね」
4年生であれば基本的に『就活が忙しい』を言い訳にできるが、就活で忙しい奴は同級生とサークルのブースで駄弁っている暇はないはずなので、この言い訳は通らない。そして俺は嘘をつくのに慣れていない。
「じゃあ、うち来て下さいよ。本多さん、最近来てなかったし。新入生何人か来てるんで、ブースでサークルの説明とかしてもらってもいいですか?」
「あ、うん・・・」
俺は岩城の方をちらと見た。
「いや別にいいけど。行って来いよ。うちは別に人足りないとかじゃないし」
「悪いな」
俺は顔の前で手を合わせつつ、独創書荘のブースがある場所に向かった。
「はい、じゃあ今からうちがどんな活動してるか説明するね。このお兄さんが」
島本君が爽やかな笑顔で俺を指さしながら言う。お前が説明するんじゃないんかい。
「えっと・・・4年生の本多言葉です。よろしく」
新入生たちがぺこりと頭を下げる。一人は黒縁の眼鏡をかけた真面目そうな女の子で、もう一人は利発そうな顔をした女の子だった。彩菜ちゃんを含め、独創書荘に所属する女子はこういう傾向がある。
「まず、6月に新入生歓迎合宿っていう合宿があります。これはサークルに慣れてきた1年生と上級生との交流を深めるために行っています。合宿は1泊2日で、1日目に読書会やって、その後夜にビンゴとかやって遊びます。で、部屋で飲み会をやります。って言っても、うちはみんな大人しいから、そんなに激しくないし大丈夫。で、2日目の朝にみんなで朝ごはんを食べて帰ります」
新入生たちが頷く。
「次に、夏休みに『夏の古本市』っていうのがあります。これは、いろんな大学の文芸サークルが集まって、各々のサークルが発行した部誌を売るっていうイベントです。他大にも友達ができるから楽しいです。部誌には有志が書いた小説やエッセイを載せるので、そういうのを書きたい人にとってはいいイベントだと思います。ちなみに文化祭でも部誌を発行します」
眼鏡の子が、ほほう、という顔をした。
「だいたいイベントはこんな感じです。飲み会は幹事役の人を決めて、その人が企画します。隣の島本君がその役をやってました」
島本君が手を小さく上げてにこやかに頷く。
「普段はビブリオバトルっていう、自分が読んだ本をおすすめして読みたいと思った人が多い人が勝ちっていう大会をやったり、ただただ本を読むだけの読書会をやったり、人によっては小説を書いたりしています。本の栞を自分で作って売る人もいるし、たまに大学生協の本屋から頼まれて、本屋が売りたい本に添える推薦文の作成も頼まれることがあります。それから、文化祭で漫画研究会とコラボして、原作をうちが提供して、向こうが作画をして一つの作品を作ったこともあります」
説明して改めて思うが、うちの文芸サークルはかなり活動が活発である。
「だいたいこんな感じなんだけど、何か質問ある?」
島本君が新入生たちを交互に見る。
「なんで『独創書荘』っていう名前なんですか?」
利発そうな子が訊いてきた。なるほど。
「うーんと・・・俺も先輩に聞いたことがあるんだけど、独創的な物語を作りたい集団が集まる場所にしたい、っていうのが創始者の思いだったらしいよ。だから独創書荘」
これは浅野先輩に聞いたことだ。彼はもう卒業しているが、俺は文芸サークルの連中と顔を合わせたくなくて卒業式には行かなかった。先輩には良くしてもらったのに、申し訳ないことをしたと思う。
「なるほど」
「どうかな?良かったら、入部考えといてくれる?ちなみに部費は年会費500円だけで済むし」
「活動は自由なんですよね?」
「そうそう。特に拘束とかしないし、好きな時に来てくれれば良いから。マイペースに過ごせるよ。入会もいつでも良いし」
「分かりました」
二人は席を立って一礼し、別のサークルのブースへ向かっていった。
「入ってくれると良いですね」
「そうだね」
「あれ~?本多くんじゃーん。何してんの~?」
嫌味ったらしい口調が左後ろから突如聞こえてきた。振り返るとそこにはスーツを着てネクタイをいじっている西野がいた。
「西野・・・」
「全然サークルに来ないから何してんのかと思ったら、こんなところで油売ってんのか。暇人かよ」
西野は遠慮なく悪態をつく。溜息までこれ見よがしにつきやがった。
「お前だって来てんじゃん」
「一緒にすんな。俺は見ての通り就活で忙しいんだよ。今日はたまたま面接の帰りに寄っただけだ」
面接っていうと、就活の最終段階じゃないか。そんなに進んでいるのか。
「どこ受けたんですか?」
島本君が興味津津という様子で西野に尋ねる。
「大手の証券会社」
「へえー、すげえ。内定もらえるといいですね」
「で?プロ作家を目指す本多くんは、こんなところで後輩と遊んでる場合なんですかー?」
西野が顎を突き出しながら煽るような口調で言う。
「もう、辞めたんだ。作家目指すのは」
「あん?」
「俺は普通に就職する」
「えっでも、本多さんプロの作家目指すって去年言ってましたよね?あ、そうか、仕事しながら作家目指すって感じですか?そっちの方が普通ですもんね」
島本君が善意に解釈してくれる。
「いや、違うんだ。俺はもう、二度と小説を書かないつもりだよ。小説と関係ない仕事に就くつもりだ」
「そうなんですか・・・でも、何で?まだ夢を諦めるには早すぎませんか?」
俺は村上君が近くにいないのを確認した。
「こないだ、村上君が賞取ったじゃん」
「はい」
「それ、読んだんだ。んで俺、自分にはこんなん書けない、敵わないって思って、そう思ったらもう書けなくなったんだよ。自分が才能ないってわかって、分不相応な夢を見るのは諦めようって思って。だから、諦めた」
「本多さん・・・」
島本君の眉尻が下がった。
「ふん、その程度だったのか、お前の夢は」
西野が上から声を浴びせてくる。
「何・・・?」
俺は顔を上げて西野と目を合わせた。たぶん怒っていた顔をしていただろう。
「才能がないからって言い訳して、簡単に諦めるような夢なんて、最初から夢じゃなかったんだよ」
「・・・」
「まあ、せいぜい就活頑張れや。じゃ、俺そろそろ帰るから」
「あっ、お疲れ様でしたー」
島本君が西野を見送るのが横で聞こえた。
「大丈夫ですか、本多さん」
「・・・ああ、うん。ちょっと、大丈夫じゃないかも・・・」
俺は西野の言葉を正面から受け止めるのに心を使いすぎて、後輩にサークルの説明をできるほどの平常心を保てていなかった。そのため、島本君に言って先に帰らせてもらった。
その日の夜、適当に就活情報サイトを漁っていたが、実際には画面を目でなぞるだけで、ろくに読んでいなかった。
『最初から夢じゃなかったんだよ』
西野の言葉が頭の中でずっとこだましていた。




