第27筆 俺のやりたいこと
才能がないことを言い訳にして、簡単に諦められる夢なんて夢じゃない。
なあ、西野。お前はそう言ったよな。
分かんのかよ。才能の違いを見せつけられた人間の気持ちが。
お前に分かんのかよ。
何だよ、夢って。子どもの頃の夢なんて、どれくらいの人間が大人になって叶えてる?どれくらいの人間が20歳を過ぎたらただの人になる?
俺は簡単に諦めたのか?
そんなわけないだろう。ずっと、目指してきたんだぞ。そりゃ、中高は勉強とか部活が忙しくて本格的に賞とかに応募してたわけじゃないけど、実際ずっと作家になりたいって思ってきたし、大学入ってから、俺、めっちゃ書いたじゃん。頑張ったじゃんか。親との約束だってあったし、できることは精一杯やってきた。たとえ村上君があの時期にデビューしていなくても、俺は親との約束を守れなかっただろうと思うし。
『そういうのを自分に言い訳してるって言うんだろ』
いないはずの西野の声が脳の奥から聞こえる。いや、これは俺の声か。
ああ、そうだよ。
でも誰だって言い訳くらいするだろ。作家になれなかったことを言い訳しちゃ悪いかよ。言い訳しない人間が偉いみたいに言うなよ。人はみんな現実の中でできることをできないことを理解していくんだ。言い訳っていうのは、できることとできないことを確認するための作業だろ。
もう、いいや。どうでもいい。西野の言う通りだったとしても、そうじゃなかったとしても。
俺が夢だと思ってたものが夢じゃなかったっていうなら、俺はもう、二度と夢なんて見ない。
現実の中で自分が出来そうなことだけを、選んでやっていけばいいんだろ。
*
「では、今から就職説明会を開催します」
その短く刈った頭から清潔感を漂わせるスーツ姿の男性が、マイクを持って開始を告げる。説明会に参加している人間は当然、全員スーツを着ていた。もちろん、俺もだ。普段着慣れていないせいか、ネクタイを結ぶのに時間がかかり、母に手伝ってもらってしまった。やれやれ。
何から手を付けてよいか分からず途方に暮れていたら、学内の立て看板に大学主催の就職説明会の開催のお知らせが書いてあったので、とりあえず参加することにした。最初は、たかが説明会なんだから私服でいいやと思ったが、母から止められて「スーツにしときなさい」と言われたので、こうなった。
参加企業は10社ほどあり、午前中それぞれの企業が簡単に自分たちの企業をPRして、午後からは個別のブースを設けた広めの別室で、自分が興味を持った企業により詳しく話を聞きに行くという流れになっていた。
一発目の企業の担当者が登壇すると、周囲が一斉に筆記用具とメモを取り出して、彼の口から出る言葉を逃すまいとするかのように待ち構えていた。これが競争社会か。ちょっと怖いな。
「ふう・・・」
トイレに入って一人の空間ができたせいか、思わず溜息が漏れる。それぞれの会社の大まかな説明を聞くだけでも、集中していれば結構疲れる。
IT企業、食品メーカー、海運会社、ベンチャー企業、銀行、百貨店とまあ、色々な種類の会社が集まっていた。説明会を聞いても全体的にいまいちピンとこず、今の時点で具体的なイメージが持てるのは銀行くらいしかない。百貨店はそんなに行くわけでもないし、銀行は一番利用することが多いからだろう。概要説明によれば、大きく分けて法人総合営業と個人総合営業の二種類があるらしい。というわけで、我が地元が誇る古都銀行のブースに話を聞きに行こうと思う。
「あの、すみません・・・」
「はい」
ブースの向かって右側の椅子に座っている若い女性がにこやかに答える。これが営業スマイルか。これを毎日やっていると思うとすげえな。俺も銀行員になったら客相手にこんな感じの顔をしないといけないのだろうか。ちなみに左側にはベテラン感のある男性が座っていた。
「その・・・僕、文学部出身で、全然金融の知識とかないんですけど、それでも大丈夫ですか」
なぜか緊張してしまい、喋り方がたどたどしくなる。華やかな顔立ちの人とはどうも目を合わせて会話するのが苦手だ。
「私どもの銀行は、全学部全学科を対象としておりますので、特に問題はございません。ですからご安心ください」
女性は営業スマイルを全く崩すことなく丁寧な言葉で回答した。
「なんか、簿記・・・っていうのが要る、って聞いたことあるんですけど・・・」
「それは入行後に受けていただくので、持っていなくても構いませんよ。少なくとも内定の条件ではございませんので、ご安心ください」
「分かりました。ありがとうございます」
それから概要で説明していた業務内容について、いくつか質問した。大変なことはあるが、総じてやりがいのある仕事だと説明してくれた。まあ、そりゃ悪い面を学生に見せるわけないだろうが。ただ、金融の仕事は覚えることが多いらしく、仕事が5時ごろに終わって帰れても、自分で勉強をしないといけないことがあると言っていた。面倒臭い。
ただ、優しい先輩が多いから働きやすく、同期とも常に切磋琢磨しあうので、刺激があるというフォローもあった。
「あー、どうしよー」
俺は家に帰った後、自分の部屋に寝っ転がって独り言ちていた。話を聞く限り、銀行は大変そうである。やってみないと分からないという側面があるのは間違いないから、働けば楽しいのかもしれない。しかし、肝心の業務内容である、金貸しや信託等の金融商品の紹介にどうもあまり興味が持てなかった。この間まで自分の書いた小説で儲けようと思っていた人間の言うことではないとお思いの方もいるかもしれない。どっかには就職しないといけないわけだし、ただでさえ他の学生に後れを取っているのだから、そんなに選り好みすべきでないのは理解しているが。でもどうせ就職するんだったら、長続きする方がいいよな。近年の新卒の離職率は3割程度もいると聞いたことがあるし。
「やりたい仕事かー・・・」
脳をスッキリさせるため、俺はとりあえず風呂に入った。
もし作家になれなかったら、というのは、実は頭の片隅で少しずつ芽生えてきた考えだった。ただそれを見ないようにしていただけだった。
ほんの少しだけ考えていたこと。俺は地元の市役所だったら、そう悪くないんじゃないかと思っていた。公務員は安定しているとよく聞くし、定時もきっちり決まっている。土日は休みだし。それに地域を直接動かしているという感じがするし。
「安定か・・・」
そこで初めて気が付いた。実は俺は小説に自分の人生なんかを懸けていなかったのではないかと。本当に人生を懸けるというのなら、自分の中に逃げ道なんて用意しないから。自分に保険を掛けているうちは、夢を語る資格はないのかもしれない。
ああ、やっぱり西野の言う通り、作家になりたいなんて、最初から夢なんかじゃなかったのかもな。お前はすげえよ。悔しいけど。
俺が浅はかだったよ。
風呂上がりの後、ふと思いついて、大学を卒業した浅野先輩に「公務員試験って今から間に合うと思いますか?」というメッセージをLINEで送った。先輩は公務員ではないが、周りに公務員試験を受けた人がいて、何か聞いているかもしれない。
晩御飯を食べ終えてしばらくすると、携帯がぶーっ、ぶーっと音を立てて震えた。見てみると先輩がLINE電話を掛けてきていた。俺は電話マークを横にスライドした。
『よう、久しぶり』




