第24筆 約束の日
「はああああ・・・」
俺が顔を洗って洗面所を出ると、我が弟・本多心が家の中をせわしなく行ったり来たりしながら、辛気臭い溜息をついていた。朝から暗い気分にさせるんじゃない。
「どうした」
「今日は俺の大学受験の合格発表日だから、落ち着かないんだよ。てかお前も経験しただろ」
「あー・・・」
弟の合格発表か。正直大した興味はないが、これ以上この男が浪人していても俺にメリットはないので、不合格よりは合格であってほしい。ちなみに弟が受験したのは、去年と同じ地元の国立大学である。俺も3年前同じ大学を受験したが、不合格になった。また、後期日程で併願した隣の県の国立大学にも落ちている。したがって、第2志望の近所の私立大学に入学することになり、今に至る。
「心はナーバスになってるんだから、あまり刺激しないであげて」
母が俺を窘める。俺の大学受験の時も、弟に同じことを言っていたかどうかは覚えていない。
「はいはい」
俺は適当に返事をした。
みんなで朝食を食べた後、俺はボードゲームサークルのBOXに遊びに行った。合格発表は昼頃らしいので、それまで弟は家でそわそわしているのだろう。合格発表前のピリピリした人間と一緒にいたくはないので、そういう意味でも学校に行く意味はある。
「そういえば、就活どうする?」
将棋を指し終わって駒を片付けていると、盤上が訊いてきた。
「どうしよう」
作家になることを信じて疑わなかった頃には考えもしなかったことだ。疑い始めても考えるのを避けていた。だから俺は未だにその手の話題について真剣に考えたことがなかった。
「あんま考えてない感じ?」
「・・・うん。盤上は?」
「企業の説明会とか参加してるよ。前から色々見てはいたけど、銀行とか受けようと思う」
「銀行・・・」
盤上は経済学部所属であるため、金融機関への就職が選択肢に入りやすいのだろう。実際、彼は、経済学部出身の学生は銀行に就職することが多いと言っていたことがある。対して俺は文学部国文学科所属である。当然ながらと言ってよいかは分からないが、銀行に就職するというイメージは全く持てない。ちなみにうちの学科で就職先として多いのは、国語の教員と研究職である。だが俺は大学で教職(教員免許を取るには教職という授業を履修しなければならない)を履修していないため、教員という選択肢は消える。じゃあ研究職になりたいかというと、それもあまり俺の中では現実味を帯びていない。
全然考えてないじゃん。俺。今まで何やってたんだ?
小説を書いてたんだ。
「本多も就職するんでしょ?」
「分かんねえ・・・」
「いやお前、就職浪人はヤバいって。新卒のうちにどっかは入っといた方がいいぞ」
え?俺ヤバいの?マジかよ・・・
「うん・・・」
どっか他人事と考えていた『就活』『就職』というワードが俺の中に次々と重みを持って侵入してくる。自分の名前でもある『言葉』に苦しめられる。
そういえば、母に聞いたことがあるな、自分の名前の由来。その時母は、『口は禍の元というように、言葉は人を喜ばせもするし、悲しませもする。だから、言葉っていうものを大事にしてほしいと思って、あなたの名前をつけたの』と言っていた。作家は言葉が全ての職業だから、自分の名前に相応しい。作家を目指したのはもちろん武田先生の影響によるところが大きいが、自分の名前の由来も、俺が作家を目指した理由の一つである。
もっとも、名は体を表してはいなかったようだが。
「お帰り、言葉!」
「ただいま」
母が何やらはしゃいで玄関まで出迎えにきた。
「心が、合格したのよ!だから今夜はすき焼き!」
母はとても嬉しそうだった。うちは家族の誕生日などのめでたいことがあると、何らかのご馳走を母が作るのが習慣になっている。定番はすき焼きや焼肉で、クリスマスなんかはチーズフォンデュだったこともある。
「そうなんだ。良かったね」
「言葉もお祝いしてあげて」
俺は母に言われた通り、食卓の俺の席の斜め向かいに座っている弟に声を掛けた。
「おめでとう」
弟は浪人したとはいえ、俺がかつて不合格になった大学に合格したのだから、実力は認めざるを得ない。
「うお、お前も俺にそんなこと言うんだ。兄貴ってあんま俺に関心ない癖に。どうせ母さんに言われたんだろ。棒読みだぜ」
「おめでとうって言ってんだから素直に受け取れや。俺だって弟が不合格になるよりは合格してくれてた方がいいに決まってんだろ。家に浪人生がいると気ぃ遣うんだよ」
「いやお前は気を遣ってなかったと思うけどな」
「はいはい、食べるよ」
お互い悪態をついていると、母が具を取る用の器を持って来て言った。ジュウゥ、という肉の焼ける音を確認すると、俺達は家族そろって手を合わせた。
「いただきます」
弟の合格祝いの数日後、俺は「小説家になろう」のユーザーページを開き、まだ1話しか書けていない異世界転生チートハーレム俺TUEEEEの小説情報を見た。アクセス解析をクリックすると、ここ1か月のアクセスは全くなく、50くらいでアクセス数が止まっていた。ブックマークも当然ない。また、驚いたことに感想が1件届いていた。
『また金太郎飴の異世界転生。もうチーレムは飽きた。チョロインばっかりでつまらん。さよなら』
感想は以上である。
全くもって貴方の言う通りです。ぐうの音も出ません。俺だって自分の書いたこの作品がつまんないって思ってます。たぶん誰よりも思ってます。
そもそもさ。物語っていうのはずっと昔からいっぱいあってさ。この世に既に存在する全ての物語を読み尽くしたら、もう新しいものなんて生まれないんじゃないか。
じゃあ、俺が物語を書く意味はあるのか?
誰かと似た話しか書けないなら、もう俺書く意味なくない?
俺は風呂に浸かりながら、水滴が張り付く天井を、ただ何をするでもなく眺めていた。
本当の天才というのは、それまで存在しなかった物語を思い描くことのできる人をいうのかもしれない。でも俺は天才じゃないからできない。
自分がどうすべきか、どのように生きていくべきか、もうそろそろ答えを出さなければならなかった。
でも、何となく、答えはもう見えてしまった。
3月31日になった。本棚の上に置かれた松岡修造氏の日めくりカレンダーは、俺の気分なんて関係なく、いつでも笑っていた。母が浪人生だった弟のために買ってきたものだった。
ついにこの日が来た。約束の日が。
「言葉」
父と食卓を挟んで、向かい合った。
「うん」
「一応聞くが、賞とかは取っていないんだよな」
「うん」
「書籍化の話とかもないよな」
「うん。俺はデビューしてないよ。する予定もないよ」
「俺が去年言ったこと、覚えてるよな。4年生になるまでに作家デビューできなければ、普通に就職すると。だから、ちゃんとどこかに就職してくれるよな」
「・・・・・・」
俺は目を瞑った。そして軽く息を吸って、吐くと同時に目をゆっくりと開けた。
父の目を、真っ直ぐに見た。
「俺、作家諦めるわ」
感想等お待ちしております。いただけると喜びます。




