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第22筆 デビュー 

 「ご報告」・・・?

 俺は内容を知るため独創書荘のグループチャットを開いた。メッセージの発信主は村上君のだった。


 「ご報告


  突然のLINE失礼します。この度、僕の執筆した小説『その一戦に全てを懸けて』が、第26回文壇界小説大賞を受賞し、本日から発売されることになりました。これもひとえに皆様の独創書荘の皆様のご指導ご鞭撻のおかげです。ありがとうございました。本屋に行った際はぜひ、探してみてください!」


 ・・・え?


 「おー、おめでとう!」

 「すごいです、絶対買います!」

 「村上すげー。しかも、賞に出すの初めてなんだろ?」


 グループチャットでは村上君のメッセージに気付いた島本君や彩菜ちゃんが賛辞の言葉を送る。俺は携帯電話を手に持ったまま動けないでいた。

 

 村上君が、小説大賞を受賞して、発売?

 それってつまり・・・つまり、“プロ”になるってこと?


 ・・・・・・・・・

 噓。

 

 背中から頭部にかけて薄ら寒い感覚に襲われる。あまりの衝撃に頭の中が一瞬、空っぽになった。

 そして、その意味を唐突に理解した。

 俺は後輩に先を越されたのだ。しかも、俺のようにプロを目指して何度も小説の賞に応募していたわけではない村上君に。

 何だよ、それ。村上君、賞に出すとか、賞取ったとか、一言もそんなこと言ってなかっただろ。

 何だよ、それ。

 

 俺が今までやってきたことは一体何だったんだよ。


 俺はBOXで小説の2話目以降を書こうとしたが、書くことができなかった。

 これ以上パソコンを付けていても仕方がないので、パソコンをシャットダウンした後、椅子から立ち上がった。歩こうと思ったが足が動かず、そのまま直立不動の姿勢を崩せず金縛りにあったかのように棒立ちになった。時折、頭がくらくらして立ち眩みしそうになった。

 それから暗くなるまで、外のトイレの便座に座って、両手で頭を覆っていた。それからやっとの思いで家に帰り、風呂と晩御飯と歯磨きの後は一目散に布団に逃げ込んだ。背後で弟が呼ぶ声がしたが、それを聞いている余裕はなかった。

 

 翌朝、LINEを見ると、島本君が村上君の受賞祝いをやろうと言い出していた。飲み会を開くということだ。「期末試験が終わった後の2月7日に村上君のお祝い会をやろうと思います!参加希望の方はスタンプを押して下さい!」と、LINEのノートに書いてあった。

 行きたくない。


 それから数日経っても俺は小説の続きを書くことができなかった。まだ第1話しか投稿していないにも関わらず、エタる危機に晒されていた。レポートは授業が最終回に近づくにつれ増えていったが、面倒ながらも順調に消化していった。むしろ、レポートに集中すれば小説のことを考えなくて済むから、意識的にレポートに時間を割いた。

 あっという間に2月がやってきた。

 

 「執筆は順調?」

 キャンパス建物内の丸テーブルの向かいに座った金田が、暖かいココアを音を立てて(すす)りながら訊いてきた。俺はどう答えるか少し迷った。

 「そうでもない?」

 答え方を模索している間の沈黙で、金田に感づかれてしまったようだ。俺は嘘をつく生き方に向いていないかもしれない。それとも彼の察しがいいのか。

 「・・・実は、こないだ、後輩がプロ作家デビューしたんだ。それで、俺、ショック受けて、それ以来書けなくて・・・」

 「えっ、すげえ!・・・あ、ごめん、ごめん!そんなつもりじゃなかったんだ」

 「いや、大丈夫。その子がすごいのは本当のことだから」

 「うん、でもさ。『小説家になろう』に投稿してる本多の小説読んだけど、悪くないよ。だから、頑張ろうぜ」

 “悪くない”・・・か。また、それか。いい加減、聞き飽きた。っていうか、あんなのでも悪くないっていう評価なのか。一生懸命考えて趣向を凝らした話でも、読者受けだけを狙ったクソ適当に書いた話でも、読者から見れば同じなのか。

 「・・・ああ、うん・・・ありがとう」

 金田の精一杯の気遣いに返事した俺の台詞はきっと棒読みに聞こえたと思う。

 「本多って今、暇?」

 「レポートは昨日で全部終わったから、暇になったとこ」

 「それじゃ、どっか行く?」

 そうだな・・・。

 「本屋、行くか」


 大学から自転車で少し行ったところに、そこそこ広めのチェーン店の本屋があるので、そこに二人で向かった。

 「これだな」

 村上君の言っていた本は、本屋に入って10歩ほど真っ直ぐ進み、その右手にある新書のコーナーに平積みされていた。表紙に巻かれた帯の煽り文には、『新進気鋭の現役大学生作家』とか『文壇界小説大賞受賞』とか書かれていた。裏表紙側には著名な作家の推薦文が書かれていた。

 どれもこれも、俺には手に入らないものだった。

 手に取るだけで、手が震えた。

 「おい、大丈夫か」

 金田の心配そうな声が聞こえる。

 「別にそんな無理して見なくても・・・」

 「いや、大丈夫」

 「でも、お前、顔が青白いぞ。手も心なしかちょっと震えてるじゃん」

 「大丈夫だから!!」

 周囲の客がこちらに視線を送る。迷惑そうな顔の中年男性もいた。思わず大声を出してしまっていた。

 「あ、ごめん・・・」

 金田がばつが悪そうに呟いた。

 「いや、ごめん、俺が悪かった。何で怒鳴っちまったんだろ。何かちょっと・・・情緒不安定かもしれん。ほんと、すまんかった」

 俺は村上君の本を手に取り、レジに向かった。涙が(こぼ)れないように、上を向いて歩いた。店員の前で、声が震えないようにしなきゃな。

 「読み終わったら、貸すよ」

 俺は下を向いて、金田と目を合わさずに言った。

 「・・・分かった」

 金田は答えた。たぶん、俺が泣いているのはバレている。


 帰ってから、村上君の小説を読んだ。彼の『その一戦に全てを懸けて』は、毎年1回戦すら突破できない弱小高校の剣道部に所属する主人公が、みんなで一回戦突破を目指す話だった。スポーツを題材にしているが、敗者の悔しいという心や、勉強との両立との大変さ、周りの部員との温度差といった様々な困難とそれに立ち向かう主人公の姿が赤裸々に描かれていた。文章は読みやすく、頁をめくるのにそれほど時間はかからなかった。

 

 読み終わって、俺は泣いた。色々な意味で泣いた。

 今まで俺は、後輩だからと思って無意識に村上君を下に見ていたのだと思う。俺が教えてやるんだぞ、っていう先輩風を心の中で吹かせていたのだと思う。

 とんだ思い上がりだ。

 勘違いも甚だしい。

 彼は去年の文化祭の部誌に掲載した時よりもずっと成長していた。

 追い抜かされたどころの話じゃない。


 俺は完全に、負けたのだ。

 いや違う。

 

 俺と村上君とでは、勝負にすらなっていなかった。

 

 


いつも読んで下さっている方、ありがとうございます。もう22話まで来たのかと思うと、結構書いたなあと思います。最後まで、お付き合い下さい。


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