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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
終章裏・暗き法
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暗き法 2

「君のことも、そう。君は私が何を選んでもいいと言うけど、君自身では何も選ばない。ただ私の選択に続くだけ。それで私を愛しているだなんて、本当に笑っちゃう」


 言いながらもイチは顔を歪めると、片手で顔を覆い隠し、「ごめん」と呟いた。ロイヒテンは肩を竦め、小さく笑った。


「いいんだ。……でもカナタのことは恨むな。あいつにできたのは、あれが精一杯だったんだから」


「……――ごめんね」


「俺には謝らなくていい。あんたに何をされても、俺は傷付いたりしない。もしもあんたにこの身を切り裂かれるなら、溢れる血すら愛おしく思えるほどだ」


「……君は本当に相変わらずだね」


 イチは苦笑すると、ロイヒテンの胸にそっと手を置いた。


「ありがとう、ロイヒテン。私、君には甘えてばかりだね」


 驚いて目を見開いたロイヒテンを見上げ、イチはニコリと微笑んだ。


「私、前に進むわ。カナタのしてくれたこと、無駄にするわけにはいかないもの」


「イチ……」


 トン、とロイヒテンの胸にかけた手に体重を乗せて、イチは少しだけ背伸びをした。彼の唇に自分のそれをふわりと重ねてから離れると、ロイヒテンは真っ赤な顔で口元を覆い、一点を凝視したまま固まってしまった。その反応に、イチはおかしそうに笑った。


「言ってることはキザなのに、何でそんなにウブなのよ」


「う、うるちゃい!」


 動揺のあまり噛んでしまって、ロイヒテンはますます赤くなってむくれた。しかしもちろん微塵も怒っているはずがなく、結局は嬉しくて、思わず目頭に涙が滲んだのは隠せなかった。イチは少し困ったように笑った。


「ロイヒテン……」


「いや、えぇと……あぁ、そうだ。小麦が切れていたんだ。ちょっと町へ行って買ってくる!」


 滲んでしまう涙や真っ赤な顔を隠したくて、ロイヒテンは咄嗟にそう言った。イチはクスクスと笑うと、頷いた。


「わかった、待ってる。行ってらっしゃい」


 イチは慌てたようにバタバタと出かけて行くロイヒテンの背を見送りながら、ふと、切なそうな表情で自分の唇に触れた。そこにはしっとりとした温もりが残っていたが、その奥の口腔は、吐き出した嘘のせいでカラカラに乾いていた。


「前に……進まなきゃ」


 呟くと、イチは手にしていた本を本棚へ戻した。名残惜しそうにその背表紙を指でなぞり、間も無く、離れた。


「さよなら、ロイヒテン」


 交わした言葉も、口付けも……全て別れの時間を稼ぐ為。


 普段は驚くほどの早さで出先から帰ってくる彼は、きっと今日はいつもと違うことを考えているに違いない。もしかしたらケーキかワインの類でも選んでいるかもしれない。


 そしてイチのその予想はピタリと当たり、ワインを抱えながらいつもより少し遅れて城へ戻ったロイヒテンの顔は、たちまち不安と恐怖に歪むこととなった。


「イチ……?」


 二人が使っていた生活空間の全てに静まり返った空気が流れていて、まるで抜け殻のようだった。


「イチ、どこだ……?」


 堪らず声が震えた。荷物を放り出して城中を探し回ったが、どこにも彼女の姿は無い。遂には埃と蜘蛛の巣を掻き分けながら地下牢まで見に行ったが、やはりそこには冷たい空気が漂っているばかりだった。


「待ってるって、言っただろう……」


 イチと最後に言葉を交わした部屋へ戻り、ロイヒテンは呆然と自分の唇に触れた。


「前に、進む……」


 呟いた言葉の意味を噛み締めて、ロイヒテンはその場に崩れ落ちた。


 代々ひっそりと世界を繋いできた竜殺しの一族に代わり、今度は誰が世界を――竜となったカナタの命を繋ぐのか。


 ロイヒテンは、それをイチに訊かなかった。だが訊かずとも答えがわかっていたから、彼女を連れて逃げたのだ。


 その現実から敢えて目を逸らしていたせいで、やはり打ちのめされることになった。イチはもうここへは戻らないだろう。


 壁に背を預けて頭を抱え、しかしすぐに、彼は固く拳を握り締めた。


「見つけてやる……絶対」


 立ち上がり、彼は死臭の漂う血濡れた城を後にした。


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