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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
終章・竜堕とし
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終・竜堕とし 1

「参ったな。……手がかりらしいものは何も無さそうだ」


「貴方のお爺さんだもの。そう迂闊なことはしないでしょう」


「酔った勢いで新聞記者に恋唄を明かして、全国紙に掲載されるような爺さんだぞ?」


 紅は埃よけの為に口元に巻いていた布をずらすと、長い溜め息を吐いた。


「どうする、お嬢?」


 さして深刻に悩んだ様子も無く、紅は首を傾げた。隅々まで調べ尽くした書棚と家具、次いで床板、壁、おまけに天井裏。誰もいなくなった竜殺しの村に戻り、一族中の家屋を引っ繰り返してみても、竜殺しの一族の〝真実〟に関する情報は何も得られなかった。


「そうねぇ……」


 風花は開かれた窓の外に視線を移し、遥か遠くの、キラキラと輝きながら崩れていく世界に苦笑を浮かべた。


「私達は誇り高き竜殺しの一族よ。私は今でもあの男の話は信じない。だから誰も死なずにこの世界を繋ぐ方法を探すわ。それから……彼のことも」


「そうか」


 棚の上に置かれた写真を横目に、紅は頷いた。そこには、未だ行方の知れない風花の婚約者の笑顔があった。すると風花は紅を振り返り、穏やかに微笑んだ。


「ねぇ。もちろん一緒に来てくれるでしょう、紅? もし世界が終わるとしても、その瞬間に貴方といるなら悪くないって思うもの」


「……っ!」


 紅は驚いたように目を見開くと、風花を凝視した。風花はニヤッと悪戯っぽく口の端を上げた後、泣き笑いのように表情を崩した。


「私、貴方の気持ちは知っていたの。応えられなくてごめんなさい。それでも――……」


 言い淀んで口を閉ざした風花に、紅は半開きのままポカンと固まっていた口を、やがて優しい笑みの形に変えた。


「あぁ、傍にいる。俺は貴女の為に在るのだから」


 ……そこまで〝視た〟ところで、私は思わず熱くなった頬を片手で抑えながら、もう片方の手で目の前をパパッと払った。


「何やってるんだ、カナタ?」


「あぁ、えっと……」


 両手に桃の実を一つずつ持って私を覗き込んできたロイヒテンに、私は慌てて首を横に振った。別に敢えて覗き見をしているわけではないのだが、この竜の記憶とやら、最近は魔法を使わなくても、ふとした拍子にこういう光景を私に見せてくる。恐らく死した竜の悪あがきだろうと、先日ロイヒテンが言っていた。どれだけ世界の存続が望まれているのか、それを私に見せたいのだろうと。


「また何か見えたのか?」


 尋ねられて頷くと、ロイヒテンは盛大な溜め息をついた。


「俺の追っかけも結構だが、程々にしてくれよ? まぁ、俺のことを深く知りたいという気持ちはわかるがな」


「いや……ロイヒテンのことについては、特に見てないかな」


 苦笑しながら言うと、ロイヒテンは不服そうに口を尖らせた。


「何だ、つまらん」


 冗談とも本気ともつかない不平を漏らしてから、ロイヒテンは私に大きな桃の実を差し出した。


「ありがとう。どうしたの、これ」


「イチが見つけた。あいつは欲張って、木の上で食ってる」


「あはは、イチらしいね」


「まったくだ」


 ロイヒテンは頷き、服で桃の実を擦ってから、皮のまま齧り付いた。


「木に登った時に少しだけ見えたが、世界の崩れっぷりは以前とさして変わらなかった。土地が無くなって飢えたという話も聞かないし、本当にあの先はどうなっているのだろうな」


「……でも、視える頻度は前よりずっと多くなってるんだ。何となくだけど、多分、そろそろなんだと思う」


「ふーん、そうか。……あんたも大変だな」


 ロイヒテンは何でもないことのように軽い口調で言うと、小さく肩を竦めた。私は桃の実を両手で包み、少しだけ目を伏せた。


「ねぇ、ロイヒテン」


「ん?」


「…………」


 話しかけたところで言葉を失い、私はその先に迷って吐息を漏らした。イチの話が本当なら、私が死ななければこの世界はバラバラになってしまう。そしてそうならないように、今までたくさんの犠牲が払われてきたのだ。繋がれて来たそれを、私がこれから断ち切ろうとしている。


 するとロイヒテンが鼻を鳴らして笑った。


「例えカナタが望んだって、イチはもうあんたを殺そうとは思わないだろう」


「でもイチは……たくさんの人達がこの世界の為に死んでいった姿、ずっと見てきたんだよね。きっとイチ、シオウ様のこと――」


 シオウ様が亡くなったあの日、イチは私のことが大嫌いだと剣を向けてきた。あの時口にしていた理由は出任せだったのかもしれないが、多分あの言葉は、イチの本音だったのだろう。


「馬鹿。それを悩むのは無粋ってものだろう」


「そうなのかな……」


「そうだよ」


 ロイヒテンは頷いて、指から手首へ滴った桃の汁をペロリと舐め取った。


 あの時――イチの手にした銀の剣が貫いたのは、私ではなくハウィンだった。全く予想していなかったのか、或いは敢えて避けなかったのか……それはわからなかったが、刃は真っ直ぐにハウィンの左胸に突き刺さった。するとハウィンは苦痛に顔を歪めるでもなく、愉快そうに笑いながら消えてしまった。引き抜いた刃の傷口から、サラサラと崩れる砂のように。


 そしてそれきり……二度とハウィンが私達の前に姿を現すことはなかった。


 イチは「やめた!」と一言。涙を一杯に溜めた顔で笑って、そのまま声を上げて泣いた。


 その後は、異変を察知したらしいイチの父親――すなわちローズガルド王国軍に追われながらも、好きにあちこちを回っている。軍に追われていると言っても、王国は未だにメイヴスのことを伏せているようで、それほど大規模な進攻があるわけでもない。事情を知ってか知らずかの者達が数名送り込まれたところで、今や私は人外の魔法使いで、イチは恐らくその次。適当にいなして、軽傷程度でお帰り頂いている。そのうち犯罪者として指名手配されてしまったが、幼少の頃の経験があってかロイヒテンのサバイバル術が異様に高く、町に入れなくても生きるのには大して困らなかった。風花と紅とは途中で別れて、今は多分、先刻の竜の記憶の通りだ。


「なぁカナタ、何であんたを殺すのがイチなのかって、考えたか?」


「え?」


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