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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
七章・竜と真実
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七・竜と真実 6

   *   *   *


 ひどいのは――


 ロイヒテンから妹を奪ったこと?


 竜殺しの一族の村に、毒を流したこと?


 シグルドに嘘を吹き込んで死なせたこと?


 シオウ様を生贄にしたこと?


 ……私を殺すこと?


 いや、きっと違う。


 ゆっくりと息を吐き、私は携えた二本の短剣の柄に触れた。


「ふぅん、私とやる気?」


 それに気付いたイチが、ニヤッと口の端を上げた。


 私は涙をこらえ、真っ直ぐにイチを見つめた。


「イチ。私はイチを信じてる。私、イチがただ残虐非道に力を求めたり、誰かを苦しめたりすることができるとは思えない」


 するとイチは少し驚いたように目を見開くと、困ったように指先を唇に当てた。


「嫌だなー。できるに決まってるでしょ」


「……っ」


「だって私が本当に王女様だったら、小さい頃から親と碌に会えなくて、お城の女中も執事も私を知らなくて、血と泥に塗れて戦って――そんなことしてると思う? 王位継承権なんて無いに等しい上に、元々中途半端に魔力が強かったせいで嫁に出すこともできない。だからこそこんな目に遭ってるのに、それでも王家の血が流れているが故に危険を冒してこの国を守らなくちゃいけないなんて、バッカみたい。倒す予定だったメイヴスの竜に力を借りたくもなるわよ」


「…………」


「〝王女〟だなんて、冗談じゃない」


 今までへらへらと茶化すようだったイチの口調と表情が、少しだけ暗い色を孕んだ。それが悲しくて、私は唇を噛んだ。


「風花達の言葉を借りるなら、薔薇の花弁に毒なんて無い。棘が正しいのよ。そしてその棘は、この私」


「王様や他の兄弟は?」


「この役目は裏でローズガルドを支えるとても名誉なことらしいけど、そのくせ誰もこの件に関わりたがらないから、知らんふりよ。でも私ってば演技派みたいだから、父は私がカナタと一緒に世界を救うと思ってるんじゃない? ……まぁ、あんまりここでモタモタしてたら、騒ぎになって面倒なことになりそうだけどね」


「そんな……」


 呟いて、私は俯いた。つまり誰も、イチを助けてくれなかったんだ。シグルドはきっとイチを慕っていたと思うけれど、イチが欲しかったのは、彼のような存在ではなかったのだろう。


 思わず拳を握り締めた、その時だった。


「――っ、危ない!」


 風花が私を抱え、側方へ転がるように飛び込んだ。同時に銃声が響き、先刻私達がいた場所の床が弾け飛んだ。


「痛っつ……」


 風花の足から血が滲み、彼女は忌々しげに顔を歪めた。


「ロイヒテン、何のつもり!?」


 驚いて銃声の先を見れば、そこには冷たい表情を浮かべたロイヒテンが立っていた。彼の手にする銃口は、風花へと向いている。


「故郷も無い、守りたい奴もいない。……帰りたい場所が無いんだから、惚れた女を追うくらいしかすることないだろ」


 ロイヒテンは落ち着いた声音でそう言うと、無表情に私達を見据えた。彼の双眸からは感情が抜け落ちていて、まるで雨に濡れた冷たい琥珀のようだった。


「退け。あんたを屠るなんて造作も無いぞ、お嬢さん」


「貴方の言葉は矛盾しているわ。好きになった人だからこそ守りたいんじゃないの?」


「……いや? 俺は別にイチを守りたいとは思わない。殺してやりたいとは思うけどな」


「何それ。どれだけ性格歪んでるの、貴方」


 苛立ったように舌を打った風花に、ロイヒテンは口の端を上げた。


「イチ。リズをハメた代償に、俺にあんたの命をくれるんだって?」


「あぁ、シグルドに聞いたの? あげるわけないじゃない」


 笑うイチに、ロイヒテンは呆れたような苦笑を浮かべた。ただ、二人とも目だけは笑っていなかった。


「それなら、俺からのプロポーズを受けてくれるっていうのはどうだ?」


「嫌よ。ベッドの中で首を絞め合う趣味は無いの」


「つれないねぇ。大層気持ち良いらしいのに」


 ロイヒテンは肩を竦めると、視線を風花に戻した。風花は低く唸ると、ロイヒテンに刀を向けた。


「紅、あの馬鹿公子は私が仕留めておく。カナタのこと、頼むわよ」


「あぁ、わかった」


 頷いた紅に、ロイヒテンは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「いいのか、紅? お嬢さんを命懸けで守ることがあんたの生きがいなんだろう?」


「ロイヒテン殿、そうやってお嬢を甘く見ていると痛い目を見るぞ」


 紅は言うと、私をちらりと振り返った。


「カナタ、魔法で壁を作ってくれ。ロイヒテン殿なら、お嬢と戦いながらでもこちらを狙えるだろう」


「でも……!」


「いいからカナタ、紅の言う通りになさい。どうしても嫌なら、私が馬鹿公子を殺す前にイチを改心させることね」


 きっと無理だろうけど。


 口には出さなかったが、風花はそう言ったように思えた。私は躊躇いながらも、頷くしかなかった。確かにロイヒテンは、相対している風花を狙うと見せかけて私や紅を的にすることなど、いとも簡単にやってのけるだろう。イチと話しながらそちらに気を配れるような余裕は、今の私には無い。


「揺らぐことなき光よ、悪しき刃から我が身を護りたまえ――〈シールド〉!」


 大きく描いた魔法陣が金色に輝き、私達と風花達の間に光の壁が聳え立った。今まで見たことがないほど立派な光の盾だった。


「それじゃぁ、ケーラー卿。メイヴス側に付いたからには、命を取られても文句言わないでちょうだいね」


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