七・竜と真実 7
「悪いが、あんたに殺されるほど甘い生き方はしていない」
唇で不敵な弧を描いたロイヒテンに、風花は構えた刀で一気に斬りかかった。連続して鳴り響く銃声を軽快に躱し、蝶のように真紅の影が舞う。しかし振るわれた刃はロイヒテンを掠めることもなく空を裂き、ロイヒテンもまた、踊るように風花の剣舞と渡り合った。
「……っ!?」
すると不意に、二人の向こう側に別の誰かの姿が見えた。紅……いや、紅とよく似た青年の姿だ。
――かかれ! 邪悪な竜を滅ぼせ! メイヴスの竜さえ消えれば、俺達は二度と生贄などという理不尽な犠牲を出さずに済む! 我ら一族がハウィンの力を得た今、恐れるものなど何もない!
彼は人々を先導し、戦いに駆り立てているようだった。その横顔は凛々しく、光る眼には一寸の迷いも無い。
「ぼーっとするなんて、余裕ね」
イチの低い囁きが聞こえて、私はハッとしてイチに視線を戻した。
「――〈スタークン〉!」
イチの指先がくるりと魔法陣を描いたかと思うと、彼女は低い姿勢から滑るように距離を詰めてきた。
「嘆きの声よ、集いて冷たき剣となれ――〈アイス〉!」
近距離で生み出された氷の刃が私と紅に牙を剥き、紅は私を庇うようにそれらを全て叩き落とした。
ヒュォッ!
すると鋭い風切り音がしてイチの脚が振り上がり、紅が僅かに目を見開いた。
「痛っ……」
小さく呟いた紅の胸元が浅く裂けて、衣服に血が滲んだ。
「ふふっ。私ね、剣と魔法だけじゃないのよ」
「そうらしいな」
「カナタを庇ってる場合じゃないかもよ?」
「…………」
無言で眉を寄せた紅に、私は短剣を握った腕を大きく動かした。
「イチ、どうせ私は何もできないと思ってる? やり返されないと思ったら大間違いだよ!」
強い口調でそう言って、私は呪文を唱えた。
「赤き星の力よ、古の眠りから目覚めよ――〈ファイア〉!」
「きゃぁっ!?」
描いた魔法陣から放たれた炎は、再び私の想像を遥かに超えた威力でイチに襲い掛かった。視界が真っ赤な獄炎に覆われ、それはあっという間にイチを呑み込んだ。炎は竜殺しの一族である紅の身すら僅かに焼き焦がし、舐めるように床の上を這い広がった。
「イチ!」
自分で自分の魔法に驚愕し、私は思わず叫んで炎の中にイチの姿を探した。赤く塗り潰された炎の中に、今度は幼いイチの姿を見つけた。同じくらいの背格好の女の子とおでこを突き合わせて、楽しそうに何かを話している。女の子の頭には、三日月と剣を模した髪飾りが付いていた。
――ねぇ、明日のお誕生日が来たら、私はイチと一つになるんだって。
――私と一つ? 何それ?
――夜にお母さんとお父さんが話していたのをこっそり聞いたの。内緒だよ?
――一つになったら、どうなるの?
――わかんない。ずっと一緒にいられるってことかな?
すると刹那、轟々と唸りを上げていた炎を突き破り、イチの一閃が私目掛けて飛び出してきた。
「カナタ!」
紅の声。私は銀の閃きを、二本の短剣で受け止めた。
ギィンッ!
甲高い音が響き、鼓膜を揺らす。乾いた血で顔を赤く汚したイチの眼が、間近で私を捉えていた。全身にはひどい火傷が広がっていて、私は先刻彼女に炎の魔法を浴びせたことを激しく後悔した。これではイチの命まで奪いかねない。
「よく受け止めたね、カナタ。凄い凄い」
「イチ……お願い、もうやめて」
嘆願すると、イチはおかしそうに笑った。
「やめるよ? 君がおとなしく殺されてくれれば、すぐにね」
「イチ!」
「嫌なら私を仕留めれば? 紅の足を引っ張らないように、ちゃんと私にやり返せるんでしょ? ……失われし力に祝福の風を――〈ヒーリング〉!」
呪文とともにイチの傷が癒え、あとには焼け焦げた衣服と血の跡が残るばかりとなった。私は首を横に振った。
「イチ、やめて!」
叫んだ私を、イチの刃が振り払った。直後に紫色の雷が辺りを走り抜け、跳躍して後退した私に代わり、紅がそれを受け止めた。
「イチ、力の差は歴然だ。貴女に勝ち目は無い!」
「じゃぁ殺せば? 私の勝ち目って、君達のその甘さだと思うけど」
ニヤリと笑ったイチは懐から本物のナイフを引き抜き、紅に斬り付けた。紅は腕を浅く切られながらもそれを叩き落とし、彼女に鋭い蹴りを繰り出した。イチの身体がくの字に曲がり、骨の折れた鈍い音がした。
「イチ……!」
さっきから私には、イチが何か助けを求めているような気がしてならなかった。
余裕ぶってふわふわしたことばかり口にしていて、そのくせ突然真っ直ぐに心を貫いてくるのがいつものイチだ。こんな風に自分を追い込むような言動や戦い方は、まるでらしくない。魔法の効かない紅を相手取っていることを考えたとしてもだ。
「いったいなぁ。折れちゃったじゃない」
イチは床に膝を着きながらも魔法陣を描こうとしたが、それよりも早く紅がイチとの間合いを詰めに走った。容赦なく紅の拳が振り上がり、しかしイチの唇は弧を描いた。彼女の周りには、キラキラと輝く光の粒が舞っている。
「炎琥珀……!?」
目を見開いた紅を嘲笑うように、イチは手にしたマッチの先端を床に擦り付けた。
「身を守れ、カナタ!」
振り返った紅の姿が、耳を劈くような爆音と共に青白い炎の中に消えた。私は咄嗟にその場を退避したものの、強い光に目が眩み、熱風が全身に吹き付けてきた。その青い炎の中から、イチは私に銀の剣を振り上げた。
「死んで、カナタ!」




