五・過去と鎖と薔薇の毒 14
紅とイチを交互に見ると、イチは封蝋をトントンと叩いて見せた。
「ローズガルドが黒幕。だからここに来るまで、国民には何の警告も出ていなかった」
「薔薇に『棘』ではなく『毒』ということは、ローズガルドの一部ではなく薔薇そのものが毒――ローズガルドの、恐らく王家だろうな。俺達竜殺しの一族を潰したのも、この国の仕業かもしれん」
「そんな……!?」
愕然とする私の前で、イチは嫌悪を露わにして顔を歪めた。
「この国の歴史はメイヴスの隠蔽云々以前に、もう根本から捏造されてたってことね。きったない現実!」
イチは吐き捨てると、長い溜め息を吐いた。
「ロイヒテンと風花、大丈夫かな」
「探る為に残るのか、拉致監禁で脅されて書いたのか――いずれにしても、明日戻らなかったら動いてくれ、っていう風には取れるわよね」
イチが言うと、紅が首を横に振った。
「少なくとも、この手紙はロイヒテン殿とお嬢が一緒に書いたものだ。二人が同じ場所にいるなら、そう心配もいらないだろう。助けが必要なら、その旨が綴ってあるはずだ」
「どうして同じ場所にいるってわかるの?」
「これがただの炙り出しではないからだ。ツキホタルのメスの体液と、オスの体液を乾燥させて練り込んだマッチを使わないと出てこない」
「ツキホタル?」
首を傾げると、イチが私にコソッと耳打ちした。
「えっちするとすっごい光る虫」
「……あー」
紅がマッチで紙を炙っていた時にチカチカしていたのは、それか。
「乾燥粉末を利用した火炙りだと、一瞬しか光らないがな。十分だ」
交尾中に捕まって体液を搾り取られるなんて、最悪だろうな……。
ツキホタルの気持ちになって顔を顰めていた私を尻目に、イチは不思議そうに首を捻った。
「でもツキホタルを使った炙り出しと、ロイヒテンと風花が一緒にいることに何の繋がりがあるの? もしかしたら、風花が道具だけロイヒテンに渡しておいたのかもしれないじゃない」
「いや、それはない」
「どうして?」
尋ねたイチに、紅は肩を竦めた。
「この字はお嬢のものではないし――何より、お嬢が自分の持ち物をロイヒテン殿に預けると思うか?」
そう言った彼に、私とイチは苦笑いを浮かべて「確かに」と頷いた。
「それで、私達はどうする?」
「宿の場所も知られていることだし、今夜は下手に騒ぎを起こさない方がいいだろう。明日二人が戻らなかったら、何か手を打つとしよう」
「そうねぇ……。よし、じゃぁ決まり。私は夕飯支度するから、カナタはシャワーでも浴びて少し休んでて。君、朝からずっと顔色悪いよ。紅はちょっと手伝ってね」
「あぁ。……だが少し荷物を整理してからでも?」
「もちろん」
立ち上がったイチに、「大丈夫、手伝うよ」と腰を浮かすと、額にデコピンされた。
「痛っ!」
「カナタってば、空気読んでよ。休んでてって言ったでしょ? 邪魔しないでくれるかな?」
「空気って……えぇっ?」
耳打ちされた言葉に仰天して、私はイチと紅を交互に見比べた。
「聞こえてるぞ、イチ。カナタ、いちいち本気にするな」
紅が呆れたような溜め息を吐いて、イチはペロリと舌を出した。
「カナタ、イチの言う通り、休んでいるといい」
「ごめんね。……二人とも、ありがとう」
引き下がると、イチは「いいのよ」と満足気に頷き、部屋を出て行った。
「さて」
紅は荷物の中から、イチの髪飾りの材料が入った紙袋を持ってきた。中から取り出されたイミテーションの翠の輝きは、店にあった本物にも劣らないように見えた。
「この金属紐を編んでおいてくれ。最後まで編んだら、この留め金をかける。こっちの部品にイミテーションを嵌め込んで、これと組み合わせる。そこまでやってもらえたら、後は俺が仕上げよう」
「わかった」
「ただ、夜中は起きて図書館だ。あまり根を詰めて寝過ごしたら、置いていく。イチの言うように、休息もしっかり取っておけよ」
紅は言いながら手早く荷物を片付けると、夕飯の材料を纏めた袋を持って、部屋を出て行った。




