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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
五章・過去と鎖と薔薇の毒
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五・過去と鎖と薔薇の毒 9

 朝が近付いて、別れ際、シオウは言った。


「辛い思いをさせることになってごめん。必ず迎えに来る」


「ありがとうございます」


 ……あぁ、そうか。


 彼はこの薄っぺらな台詞を吐いて、正義漢を気取るのが好きなのかもしれない。そして救えなかったと、悲劇のヒーローである自分に酔いしれるのだ。そういうお客は、少なからずいる。


 その日、私はいつもの部屋ではなく、小さな独房へ連れて行かれた。部屋には手枷と足枷の付いた簡易ベッドがあるのみだった。なるほど、最後の一週間はここで過ごすのかと思っていたら、後ろに立っている主人が何かを取り出した。


 振り向こうとして、視界の端に注射器と針が見えた。しかしそれに目を見開いた刹那、首にブツッと鋭い痛みが走り、猛烈な眩暈に目の前がぐわんと歪んだ。


「……!」


 崩れ落ちた私の身体を主人が支えて、そこから先の記憶は無い。気付いたら私は天井から吊り下げられていて、全体重を支える天蚕糸で結ばれた親指に、焼け付くような激痛が走っていた。


「やぁ、カナタ。目が覚めたか?」


 聞こえた男の声は、一月前に私を刺した男のものだった。


「あ……」


「我慢強いおまえのことだ。そう簡単には死なないだろう。今夜はよく啼いて、楽しませてくれよ?」


 ニヤニヤしながらそう言われて、ようやく、私が薬を盛られて眠っている間に一週間が過ぎ、赤札のオークションの結果、目の前の男が私を殺すことになったということに思い至った。


 シオウが「必ず迎えに来る」と言っていたのがつい先刻のことのように思えて、何だか笑えてきた。同時に視界が熱く滲んだ。


「……めて」


「ん?」


「やめて、ください……死にたくない……お願い……」


 自分で、自分の懇願に驚愕した。けれど涙はボロボロと溢れた。胸の奥が闇に沈むように冷たくなっていき、底知れぬ恐怖に身体が震えた。


 男は意外そうに眉を上げた後、ニタァ、と嫌な笑いを浮かべた。


「心配するな。すぐに『死にたい、殺してくれ』と懇願するようになる」


 ……私はシオウに期待していたのだろうか。


 男は私の口に硬いボールのようなものを噛ませ、ベルトで固定した。喋ることができなくなった私の胸に、男は鈍く光るナイフを突き付けた。


「あぁ、白くて綺麗な肌だ」


 男はそう言って、刃をゆっくりと私の肌の上に滑らせた。


「ぐぅっ!」


 胸元から腹部へと、刃が皮膚を薄く切り裂いて、血の筋が流れていく。そうしてから、彼はやけに嬉しそうに棚の中から器械を取り出した。大きめの銃のような形をしていた。


「体内に異物が残るのは面倒だからとここの主人に止められていたんだが――前からこれを試してみたかったんだ」


 彼が私の前に掲げたのは、釘打ち機だった。


「ふっぐ……!?」


 恐怖に慄き、私は目を見開いた。男はニヤニヤ笑いながら、鋭い釘の付けられたその先端を、私の脚の間へ捻じ込んだ。無理矢理中が押し広げられて、引き裂くような痛みが走った。だがその程度の痛みなど、どうでもよかった。


「さぁ、何本入るかな?」


「ふーっ!」


 ガシャンッと乾いた作動音がして、同時に私の体内で激痛が走った。反射的に身体がビクリと跳ね、涙と涎がダラダラと胸元まで伝い落ちた。


「痛いか? あぁ、かわいそうにな、こんなに震えて」


 言いながら、無情にも次の作動音が鳴り響いた。与えられる苦痛に身を捩る私の身体を愛撫しながら、彼は溢れた血を私の肌へ塗り伸ばしていく。釘は何本か連続して打ち込まれ、私の視界は赤と白に激しく点滅した。痛みの為に強張った身体から意識が離れようとすると、男は私の髪を掴み、頭から水をかけた。


「ちょうど十本だ。刺激が強過ぎるみたいだし、これはまた後で続きをしようか」


 彼は私の中から釘打ち機を引き抜いて、今度は鞭で私を嬲り始めた。


 鋭く皮膚を切り裂く革鞭に肉が抉られ、血が飛び散った。そして鞭を振るうことに疲れると、今度は大振りのナイフを使って、私の腕や足の肉を少しずつ削ぎ取り出した。抉られていく身体は焼けるように熱く、突き抜けるような激痛が全身で鳴り響いた。


 意識が切れそうになる度に水をかけられて、痛みの種類を変えられる。彼は様々な道具で私の肉体を痛め付け、私の悲鳴と溢れ出す血液に、恍惚の表情を浮かべ身を震わせていた。


 ……そのうちに、もう何をされたのか、自分がどうなっているのかもわからなくなった。とにかく身体中が痛い。バラバラに引き裂けてしまいそうだ。始まってから、どのくらいの時間が経つのだろう。いつもなら、このくらいで終わり。これ以上は死んでしまうから。


 ――でも、今日は終わらない。死ぬまで。これが死ぬまで続く。


 何度目かの釘打ち機が、私の中に入ってきた。一体何本打ち込まれたのだろう。男は興奮のあまりか既に理性を失っていて、「ひひひひひ」と気味の悪い笑い声を漏らしている。


「………」


 駄目だ。多分、これ以上は私が持たない。いつもはただこの嵐が去るのを耐えることができていたけれど……もう、壊れる。


「さぁ、そろそろ縛られた指が辛くなってきただろう? 腕を切り落としてあげようね。そうすれば、横になって休めるよ」


「ふっぐ……」


 男の手には鋸があった。尖った刃が剥き出しになった肉に触れ、私は低く呻いた。その時だった。


「そこまでだ!」


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