五・過去と鎖と薔薇の毒 8
宣言通り、シオウは翌週も私を落札した。あの男から話が行ったのかどうかはわからないが、規定額未満だった。
先週と同じく彼は何もせず、少し強張った表情と声で言った。
「リーンの映像、見た」
「……そうですか」
「君達は、いつもあんなことを?」
「まさか。私はリーンの映像を見たわけじゃないけど、普段からあんなことをされたら死んでしまいます」
よほど残虐な内容だったのだろうか。シオウは唇を噛んだ。
「逃げようと思わないのか?」
「逃げる? 逃げても同じです。もしかしたらもっと酷いことをされるかもしれない」
思わず笑ってしまった私に、シオウは目を見開いた。
「自殺しようとしたり、別の子に殺してもらおうとした子もいたんです。でも、そうすると何故か必ず見つかって、部屋の皆が酷い目に遭うの。きっと私達、監視されているんだと思います」
「……そうか」
シオウは難しい顔で頷き、私に手を伸ばした。
「カナタ、おいで」
「はい」
言われるままにシオウの傍に行くと、彼の大きな手が私の頭を撫でた。
「心配するな、必ず助ける」
「なぜです?」
「なぜって――」
シオウは穏やかに微笑むと、私の目をじっと覗き込んだ。
「君は、特別だから」
「……?」
優しい表情で歯の浮くような台詞を口にしたシオウに、私は上っ面だけの笑みで応えた。するとシオウは、ニヤリと笑って首を傾げた。
「君、私に嘘を吐いただろう」
「あぁ……バレましたか」
「私に赤札を付けさせる気だったのかい?」
頷いた私に、シオウは溜め息を吐いた。
「嘘を吐いてすみません。……殴らないんですか?」
「君の挑発には乗らないよ。女の子を殴るのも、趣味じゃない」
「…………」
こんなところにいながら、女の子を殴るのは趣味じゃないなんて。白々しいにも程がある。
「赤札っていうのは、割と頻繁に付くのかい?」
「その時々によります。誰かの赤札に触発されて立て続くこともあるし、ずっと間が空くことも」
「君はここで長いの?」
「皆の中では、長い方です。どのくらいかはわからないけど」
「産まれた場所は?」
「知りません。私、孤児院から売られてきたんです」
「孤児院から……」
目を見開いて微かに身を震わせたシオウに、私は笑った。
「孤児院もここも、赤札で死ぬこと以外は変わりません。激しく暴力を振るわれるのがいつなのかわかる分、こっちの方が気持ちとしては楽なくらいです」
言うと、シオウは少し強張った顔で口を閉ざした。
「すみません、つまらない話を」
私が頭を下げると、シオウは首を横に振った。
「いや、そんなことはないよ。ありがとう。……さぁ、もう遅い。休もう」
シオウに促され、私は彼と共にベッドに入った。シオウは先週と同じく私に何もしなかったが、彼が目を閉じた後も、寝息は聞こえてこなかった。
しばらくの沈黙の後、シオウが私を窺うように名を呼んだ。
「……カナタ」
「はい」
返事をすると、彼は少し言いにくそうにしながら、なぜか私に謝罪した。
「すまない。来週、君には赤札が付く。私を紹介してくれた人が、君に赤札を付けたがっているんだ。それも……私が付けることになる。本当にすまない」
「あぁ……。構いませんよ。お気になさらないでください」
「本当なら今すぐにでも君を助けたいのに」
「私は奴隷。誰かに助けてもらえる立場ではありませんから。そう言って頂けるだけで、嬉しいです」
そうは答えたものの、まさか嬉しいわけがない。痛みと苦しみの中でただの肉塊に変えられることが、嬉しいわけがない。
大体、紹介者に圧力をかけられたことに逆らえず、自分で私に赤札を付けるくせに「助けたい」なんて。びっくりするほどくだらない。
というか、私を殺したいお客がシオウをここに紹介したのだとすると――シオウは私を刺したあの男に紹介されて来たのだ。やはりシオウも同じ穴の貉。私を刺したあの男と、本質は同じだ。
私は言った。
「私達の間には、ちょっとした希望があるんです」
「……希望?」
「えぇ。死ぬ時に苦しければ苦しいほど、次に生まれ変わった時に素敵な人生になるって」
「生まれ変わる? 何だい、それ」
怪訝そうに眉を寄せたシオウに、私は言った。
「死んでも次があるってことです。私が死んだら、次はきっと貴族のお嬢様になって、美味しい物を食べて、ふかふかのベッドでぐっすり眠る――とか、そんなことを考えると、少しは怖くなくなります。今が終わらないと、次の幸せが来ないから」
「君達は皆そんなことを考えて過ごしているのか?」
「それくらいしか考えることが無いんです。信じているかどうかは別として」
シオウは再び黙り込み、それきり何も言わなかった。私は彼の隣で丸くなり、うつらうつらしながらその晩を過ごした。
そして翌週、特に騒ぎ立てるでもなく迎えた水曜日。私は規定額未満でシオウに落札された。実のところ抱いていた淡い期待は消え去って、今までより少しだけ険しい顔をしたシオウと、無言のまま一夜を過ごした。お金を払ってこんな時間を過ごして、この人は一体何が楽しいんだろう。――不思議だったが、最早どうでもよかった。
本来苦痛であるはずのこの時間を、何事もなく三週間も過ごせただけで奇跡だ。この変わり者に感謝すべきだろう。




