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 にこにこにこにこ。


「……」

 おかしい。私はいつから他人の表情が音で聞こえるようになったのだ、いやそんなわけはないなんぞ頭の隅で考えながら、必死で広げたノートに集中しようとしているのだが。


 にこにこにこにこ。


「……はぁ」

 思わず出るため息。いつちらちらと覗き見ても、私の向かいに座っている彼……フォルは笑顔でこちらを見ている。

 うん、集中できるわけがない。

「……なんですか?」

「うん、一緒に勉強しようと思って」

「はぁ……」

 ため息とも返事ともつかない声を上げて、私は再度がっくりと頭を落としノートを見つめた。

 フォルはさっき稽古場で私に水をかけられてから、自ら風と水の魔法を用いて髪や服を乾かしたあと、ずーっと私の傍から離れない。

 それこそ、食事の時も、食事を終えた就寝までのわずかな時間の今も。

 貴族と共に食事は取らないだろうと思っていたのだが、あろう事か本人がごねた。「僕は彼らの友人のフォルとして食事を共にしたいのです……大勢で食べるのは憧れます」と寂しげに、若干泣き落としに近い状態でうちの父を納得させたフォルは、それはもう嬉しそうに共に食事をしていた。

 確かに、こんな賑やかな食事は始めてです、ととても嬉しそうに笑顔を浮かべたフォルを見た時はよかったのだろうと思ったが、如何せん貴族様と食事するのは自分のマナーに自信がないとなかなかできない。食べたけど。

 彼はものすごく洗練された動作で食事をしていた。それこそついじっと眺めてしまったほどに所作が綺麗だったのだ。私もマナーはいろいろと母に厳しくしつけられているが、同じようにできている感じはしない。……マナーは大事だ、今後の為には今までサボリがちだったものの考え直したほうがよさそう。


 そして、ガイアスとレイシスが、レイシスの今後の武器について彼らの父親と話し合う為に席を外した今も、フォルは私の傍にいてにこにこと私を見続けているのである。なんか小型犬に懐かれた感があるのは気のせいか。

 ちなみに先程彼は一緒に勉強なんぞ言っていたが、彼は私を見るばかりでまったく何かしようとしているわけではない。

 仕方ない、と私は広げたこの国メシュケットの土地について書かれた本を捲る。


 この本には、国内至る所にある主要都市や町、農村だけではなく小さな集落まで事細かに書かれていて、それぞれどのような特徴や特産品があるのか、どんな歴史があるのか記してある。ようは日本で言う地理の教科書のような感じである。

 例えば私の住んでいる町マグヴェル領レイフォレスは織物商売が盛んで、国内だけではなく国外にもその名を知られているとある。言うまでもなく、我が家、ベルティーニ商会が代々築いたものであり、実際街に出ても針屋(衣服を作る店)や布屋、機織工場などが多いのが特長だ。

 いつか、お菓子も有名なのだと記して貰えるようになればいいなぁと思いつつ自分の街について調べた時は楽しかった。地理を学ぶのは、異世界を強く意識しつつも自分がこれから生きていく世界を学ぶという事であり、楽しい。気になる事を纏めるノートにもつい字数が増えていく。

 他にも、漁業が盛んな港町、たくさんの野菜が取れる農村など特徴は様々。ただ、そうした様々な地名を見つつも気になるのはその土地の名だ。

 大体が、どこの領地の何とか町、と書かれている。例えば私の町であればマグヴェル領レイフォレスと記載されているように、その土地の領主の名が書かれる事によってその街はどこの領地にありますよとわかるようになっているのだ。つまり、日本で言えば領主の名がそのまま都道府県名になっているのだろう。

 都道府県名に町名。わかりやすいのであろうが、前世の記憶がある為慣れない部分があると混乱する。実は、公爵や侯爵などの高位な貴族が治めている領地には、地続きではなく離れた土地にも領地があったりするところがある。

 たとえて言うなら北海道と沖縄が、両方北海道もしくは沖縄と呼ばれるような、極端な離れ方をされると訳がわからない。

 ジェントリー公爵領のほとんどは北に位置し、工芸品や漁業が盛んだったりするのに、南にも果物が有名な町があったりするし、ラーク侯爵領は西の隣国に近い位置にあり交易が盛んながら、北山に囲まれた小さな集落があったりと離れたところに数箇所領地となっている土地がある。

 正直言って、土地を頭に叩き込むのは商人の基本だが、ただでさえ覚えにくい領地名があっちこっちに存在していれば混乱はする。

 これも書き込んでおこう、と、果物で有名なジェントリー領の隣にあるヒードス領ヒードス(領地がそこの街しかない為領地名と町の名前が一緒らしい)をメモしたとき、私の横でにこにこと黙って見ていたフォルが「あ」と小さな声を上げた。

「アイラ。このヒードス男爵領は、今はジェントリー領なんだ。ちょっと前にここの男爵家の当主が、子が幼いうちに亡くなってね。だから正解はジェントリー領ヒードスになるよ」

「へ?」

 彼が指差す地図には、確かにヒードス領と書かれているのだけど……なるほど、最近変わったのなら本が追いついていないのか。

「……でも、幼くても子がいるのになぜジェントリー公爵領に? 他に当主を務められる親類もしくは手伝ってくれる方はいなかったの?」

 大抵の場合は、当主が亡くなったらそこの長男が継ぐ。残念ながら女子が当主になる事はないが、息子がいない場合は娘に相応しい相手を婿として向かえ領主を継続するのがこの世界の貴族だ。どうにもならない場合、当主の兄弟だとか遠方でも親戚がつく事が多いというのに、領地名が変わるというのは珍しい事だ。

「ここの幼い当主跡継ぎは男子なんだけどね、いろいろあってこの子が大きくなるまではジェントリーで助けるという契約が当主が生きている間になされていたんだ。つまり、領の名が変わるのは数年の間だけとなるね。それでも、一応」

 そう言ってフォルはすっと隣のジェントリー領を指で丸く囲った。

 なる程、「いろいろあって」に何があるかわからないが、普通でない何かがあったのだろう。そして領地を明け渡す程なのであれば、それは恐らく良い事ではない。

 つい次代の領主を心配して、無事であればいいなぁと小さく口にしたときに、フォルが一瞬驚いた後笑顔でそうだね、と同意してくれる。

「お父様がここの果物が欲しいと言っていたのだけど、仕入れる場合はジェントリー公爵領との取引になるのね。うちは公爵領から仕入れるのは初だわ」

「あれ? ベルティーニでは服飾の飾りの一部にジェントリーのものを取り入れていたと思うけれど」

 私がつい口にした言葉にフォルが不思議そうに首を傾げ、しまった、と目を泳がせる。

「そう……だったかしら。ああ、そういえば金細工のボタンとかそうだったかも」

 慌てて付け足す。確かにベルティーニでは意匠をこらした美しい飾りボタンや、服にあったアクセサリーの類を北のジェントリー領から仕入れている。だがしかし、私が言った「うちで公爵領から仕入れるのは初」というのはあくまで『ベルマカロン』の話だ。

 跡継ぎであるカーネリアンは父からいろいろな商売の事を教えられているが、私は自分で企画しているベルマカロン以外の事は、あくまである程度といった程度しか聞いていない。さすがに時間がないのだ。その代わり、ベルマカロンに関しては各地に出している店舗から新作メニューまですべて把握しているが。

 あいまいに頷きつつもう一度本に目を落としたとき、フォルの綺麗な手が伸びてくる。

「少し貸して……うん、他はすべて合っているみたいだよ。結構新しい本で勉強しているんだね、さすがベルティーニ家だ」

「ありがとう」

 どうやら他に現在の情報とは違うところがないか調べてくれたらしいフォルに御礼をいいつつ、うちですごいなら細かい地理情報を本も無しに把握しているフォルはどうなんだという質問が出かかったが、止める。彼のファミリーネームに繋がる話は聞かないほうがいいだろう。

「どういたしまして、アイラ」

 にっこりと笑う彼に、今度は私も笑みを返したのだった。




「アイラ! ここにいるかい!」

 フォルがやってきた次の日の昼過ぎ、またしても父がばたばたと子供部屋になだれ込んできた。二日連続父の慌てた姿を見るなんて珍しい事もあるものだと思っていると、室内を見渡した父の様子がおかしい。

「フォルくんは、ここにはいないのか」

「フォル? 昼食の後は見ていないわ、お父様」

 私の言葉に少し考え込むように顎に手をあて俯く父を見ながら、同じく室内にいたガイアスとレイシスと顔を見合わせる。

 サシャとカーネリアンはこの時間家庭教師と勉強をしている時間だし、私達は丁度レイシスの新しい武器の話をしていたところだ。これから稽古場にでも行こうかと話していたのだが、フォルは昼食の後から姿を見せていない。てっきり客室にでもいると思ったのだが違うのだろうか。

「仕方ない。いいか、アイラ、ガイアス、レイシス。今お客様が来ているんだが、君達はここにいるんだ。いいね? フォルくんが来たら、一緒にここにいてもらって」

「は? お父様、お客様って」

 私の質問に答える暇もないのか、父は「後で説明するからとりあえずここにいるんだ、いいね!」といいつつ部屋を飛び出していった。

「なんだろうね?」

「フォルがいないと困る、のかな?」

「むしろフォルにもここに閉じこもってろって言いたかったようだけどな」

 首を傾げつつ、せっかく天気がいいのになーと窓を開けたとき、だった。


「うん? どうしたの薔薇の精霊さん」

 窓から飛び込んできた、深い緑の洋服に赤い鮮やかな髪の小さな精霊に微笑みかける。

 薔薇の精霊はとても仲良くしている精霊で、柔らかな癖のある髪の毛がそれこそ薔薇のようにも見える、少しやんちゃな男の子だ。

 この部屋では私にしか聞こえない声で、その子は私の耳元で内緒話をするように囁いた。……すぐにその内緒話を私がぶちこわしてしまうのだが。


「ええ!? マグヴェル子爵が来てる!?」


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