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 私が驚きのあまり大きな声を出したせいで、しっかりと室内にいるガイアスとレイシスには聞かれてしまった。

 二人とも、すぐに表情を険しいものに変える。……当たり前の話ではあるのだが。子爵が、自分の領地の専属医に平民も見てもいいとさえ言ってくれていたら、サフィルにいさまは……

「あいつがここに何のようがあるっていうんだ」

「どうせろくな話じゃないと思うけれどね」

「まぁ、同意見だけど……でもなぜ子爵がきたのか、気になるわ」

 視線を上げて二人を見れば、二人とも険しい表情のままにこくりと頷いた。父はここから出るなと言ったが……むしろそれがおかしいのだから。

「お父様の様子だと、フォルを会わせたくなかったのかしら」

「そりゃあいつがどっかの貴族の子息なら、なんでいるんだ、とか思うだろうけど」

「……もしかして、昨日の怪しい男達って子爵の……?」

 レイシスが呟いた言葉に、ガイアスと二人ではっと顔を合わせた。

 もし、もしフォルの命を狙ったのが子爵なら……?

「確かに、フォルと会わせられないし、ここに来た理由も想像つくな。ただ子爵がフォルを狙う理由はわからないけど」

「どうしよう、フォルどこにいるんだろう」

「探しましょう! 見つけたらこの部屋で匿えばいいわ」

 頷きあった私達は、すぐに窓から飛び出した。ここは二階だけれど、レイシスの風の魔法を使えば着地の衝撃をなくすくらいはできる。


 ふわりと地面に降り立って、私達は見つからないように家の壁に張り付きながら部屋を覗き探し回った。広い屋敷だが、二階建ての二階の部屋は家族それぞれの部屋か子供部屋だし、客室はあるがフォルに貸している部屋以外は鍵がかかっている。

 重点的に一階を探してしばらくたった時、遠目にも窓の傍に隠れるように立つ人影を見つけた。フォルだ。

 私が声をかけようとした瞬間に、後ろから伸びたガイアスの手に口を塞がれる。なんだ、と思って見れば、前に向かって何か合図をしていて、視線を戻して理解する。

 フォルが、口元に人差し指を立て「静かに」と訴えていたのだ。

「どうしたの」

 こそこそと中腰で近づいて小声で問えば、フォルは静かに傍の窓を指差した。カーテンがかけられている、のだが。

「隙間から覗いてごらん」

 そう言われて窓の端から覗くと、見づらいながらも誰か……

「……子爵かしらあれ!」

 全体は見えないが、あの大きくでっぷりとした身体とごてごてと悪趣味な服装は間違いない、マグヴェル子爵だろう。

「本当だ、あれ子爵だな」

 後から確認したガイアスが頷いて、私達に「やばいかも」という空気が流れる。

「ふぉ、フォル。行きましょう? あなたが見つかったらやばいんじゃない?」

「そうだよ、昨日のやつら、子爵の手先じゃないのか?」

 詰め寄って手を引こうとする私達に、フォルは少し首を傾げて「え?」と小声のままに聞き返してきた。

「違うよ。まぁ、確かに僕は子爵には何も言わずにここにいるし、見つかったらよくはないだろうけど……昨日の人達は違うかな」

「え? そうなの?」

 断定して話すフォルに、じゃあ一体誰が……と問いそうになるが、今はそんなゆっくり会話していられる状況じゃない。

 やっぱり離れようかと思った時に、黙っていたレイシスがとても低い声で「ねぇ」と私達の考えを止めた。

「聞いてみて」

 そう言うとレイシスは少しだけ手の平を窓に向けるような動作をした後、すうっとその手を引いた。ふわりと風が舞った後、私達の耳にねっとりと気味の悪い声が届く。


「ですから、ベルティーニ殿。この地域の民の健康の為に、貴族専属医を解放しようと思っているんですよ。そこで、その分の維持費やら経費はもちろん、民の為ですからね、裕福な層から少しばかり集められればと思いまして」

「おかしいですね、マグヴェル子爵。貴族専属医の費用支払いは国から領主に支払われているはずですが」

「ええですから、『私の』専属医を貸してやろうというのですよ。民に私のものを貸してやるんだから、もちろん、私にも支払いがあってしかるべきでしょう、医師の貸付料をね」

「それは……!」

 聞こえてくる会話に、ぞくりと背中に寒気が走った。

 間違いなく目の前の窓の向こうで話されている会話だ。片方はよく聞く父のもの。もう片方は大嫌いな……子爵の声に間違いなかった。

「なんてこと……!」

「自分の専属医を貸してやるから自分にもっと金をよこせってことか!」

 怒りをあらわにする私とガイアスに、フォルがぽんぽんと肩に触れながら静かに口を開いた。

「馬鹿げた話だ。貴族専属医はその領地の領主のものではない、国が雇い国で派遣している形になる者たちの事だよ」

「むしろ国から借りているのは子爵って事だよね」

 皆が嫌悪感を滲ませた表情をしている中、部屋の中の声の主は留まるところを知らない様子で話し続けた。

「貧しい民から、治療費以上に経費などの支払いもしてもらおうとはさすがにこの私も思えんのだよ。だから、同じ領地の商人達で出し合えば丸く解決だろう」

「しかし! 子爵、数年前からがけ崩れで通れなくなった道の修繕など、我ら商人が行っているのですよ!?」

「あれは、我が領民達があまり通らぬからいらぬ道と判断したのに、商人らが勝手に直したのだろう? 馬鹿を言わないでくれたまえ。いらぬ道に大事な運用費はかけれんのだよ」

「確かにあの道は領民はあまり通らないかもしれません。ですが、各地を渡り歩く商人にはどうしても必要な道でした! あの道を通る商人は隣の領地の者がほとんどでしたが……それに数年前から突然の飢饉に備えてとそれこそ領民の税金が上がったばかりではありませんか」

「もちろん、仕方がないことだ。ベルティーニ殿。先程から聞いていれば、私に文句があるというのかね。何より数年前に金を積んででも使用人風情を見てもらおうとしてたのは君達だったと思ったが」

 今の言葉に、父も、そしてここにいるガイアスとレイシスも、息を呑んだのがわかった。

 私の脳内に今の言葉がまるで打った鐘の音のように反響している。

 足元から氷が這い登ってくるかのように冷たくなっていくような気がする。知らず、がたがたと手が震えたのが視界に入った時、更なる爆弾が落とされた。

「あの病が流行った時は専属医からも連絡が来ていたが、私も王都に出かけなければならず忙しくてねぇ。その時君達の話を聞いたものだから、せっかくそちらに金額の交渉に使いを出そうと思ったところでもう遅いといわれたんだよ、こちらとしても残念だったよ。今後はそんなことがないように、ほらわかるだろう」


 横でもごもごと「っのやろう」とガイアスの声が聞こえてはっとする。見れば、我慢できなくなったガイアスの口を慌ててフォルが塞いだようだ。

 レイシスは真っ青になって唇をかみ締めている。そこで漸く、私が気付かないうちにがっくりと膝をついていたことに気がついた。

「あ……の日、子爵はうちが病人の為にいくらまで金を出すか交渉しようとしていた……の……事前に流行り病の話は知っていたのに……」

「あいつが王都に行く用事なんて、いつもただのギャンブルじゃないか……! どうせ病がうつるまえに逃げようとしたんだろ!」

 呆然と事実確認を呟いた私に、珍しく荒々しい声でレイシスが告げる。本当に人命救助してくれるのだったら交渉だなんだと言っている暇があったら医師をよこしてくれた筈だ。流行っていると聞いた時点で対策を練ってくれていた筈なのだ!

 だが、彼は流行り病と聞いて王都に逃げようとしたのだ。そこでお金があるうちの使用人が病だと聞いて、金儲けを閃いて実行しようとしていた。間に合わなかったから知らないふりをした。

 握り締めた手が痛い。いつの間にか、お守りとして持ち歩いているサフィルにいさまが遺した桜の石をポケットから出して握っていたらしく、手のひらには赤く丸い痕がついているが、そんなことはどうだっていい。

 あふれる怒りにわなわなと身体を震わせ赤くなっているガイアス。青ざめてかみ締めた唇から少し血を流しつつも何かに耐えているレイシス。

 そして呆然と手のひらを、三人を見回す私を見て、フォルははぁと息を吐いた。

「聞きしに勝る外道っぷりだったな、マグヴェル子爵は。皆、戻りましょう。ここにいてはいけない。ここまで聞ければ十分です」

「じゅう……ぶん……?」

「彼については、城でも調査が入っていると聞きました。悔しいでしょうが、一旦ここは引きましょう。ライアン殿……アイラの父君がいるではありませんか。任せましょう」

 何か言いたげにガイアスが目つきを鋭くしたが、そのままガイアスは黙り込んで私の腕の自らの首の後ろに回し立たせてくれた。

 レイシスがもう片方の手を支えてくれて、それを確認したフォルを先頭にその場をそっと離れる。

 地面にはぽたぽたと雫が降り注ぎ始めていた。



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