灯りは、呼ぶもんだ
王都では、灯りの授業も、火をもらうところから始まる。
灯りの教官は、背筋のまっすぐな、白髪まじりの女の人だった。細い蝋燭を一本持って、机のあいだをゆっくりと回っていく。灯り番から分けてもらった火だという。
机の上には、冬至祭の行列で持つのと同じ形のランタンが、一つずつ置いてあった。教官がガラスの戸を開けて、蝋燭の火を移していく。夜ごと寮の窓の外に並ぶ街灯と、同じ色の火だった。
冬至祭まで、あと四十日。
「魔力を、そっと流しなさい。灯りが、あなたの色に染まります」
あちこちで、ランタンの火が色を変えはじめた。青。緑。橙。白い壁に、色のついた影がゆらゆらと揺れる。
前のほうで、わあ、と声が上がった。
一つのランタンから、ぱっと明るい光が広がっている。いちばん驚いているのは、持っている本人らしかった。
「いいわね、デイジー」
入学の日に、ネリネを手招きしていた子だ。名前を聞いたのは、初めてだった。
隣で、ごう、と音がした。
ローワンのランタンの中で、火が赤く燃え上がっている。ぴしり、とガラスにひびが入った。
「染めなさいと言ったの。燃やせとは言っていません」
「わりい。……すみません」
ローワンは、焦げた袖で額をぬぐった。
俺は、魔力を一滴も流さなかった。流せばどうなるかは、わかっている。ランタンの火は、街灯と同じ色のまま、行儀よく揺れていた。
「色が出ませんか。まあ、そういう人もいます」
教官は、二つ前の列でも、同じことを言った。
ネリネのランタンも、少しも染まっていなかった。両手をかざしたまま、大真面目な横顔で、じっと火を見つめている。火は、ぴくりとも色を変えなかった。
ゲームのネリネは、杖の先に、部屋ごと明るくするような灯りをともした。
ネリネが振り返って、俺のランタンに目をとめた。
「シオンさんも、ですか」
「……ああ」
「わたしの灯りは、昔から、言うことを聞かないんです」
教室じゅうの灯りの中で、染まらなかったのは、二つだけだった。
授業が終わっても、ネリネは席を立たなかった。両手をかざしたまま、もう一度、火を見つめている。
片づけをしながら、デイジーがネリネの肩をつついた。
「ねえ、知ってる? 冬至祭の夜は、ノクスの人が紛れこむから、一人で歩いちゃだめなんだって。うちの母さんが言ってた」
ネリネは、ランタンから目を離さずに答えた。
「ノクスの人は、灯りがなくても見えるそうですね」
「でしょ。だから、こわいの」
ノクスは、王国の隣にある、獣人の国だ。村に来ていた獣人の行商人も、たしか、ノクスから来ていた。王国とは、もう長いこと、争いらしい争いもしていない。
獣人は、夜目がきく。それだけのことで、いちばん長い夜には、こんな噂が立つらしい。
俺は、何も言わなかった。
ひびの入ったランタンを抱えて、ローワンが聞いてきた。
「お前の村じゃ、灯りはどうしてたんだ」
「母さんが、指を鳴らしてつけてた」
「指?」
ローワンは、自分の太い指を、まじまじと見下ろした。
休みの日、ローワンに連れられて、王都を歩いた。
市場で、ローワンは干し肉を、俺は薪を七本買った。七本でいいのかと薪屋のおやじに聞かれて、一晩一本なんで、と答えると、変わってるな、と笑われた。
城の丘のふもとに、灯り番の詰所があった。白い壁に、長い棒が何十本も立てかけてある。
「夕方になると、親父たちが塔から火をもらって、街に配るんだ」
ローワンは、自分の手柄みたいに胸を張った。
「塔の火を守ってるのが、番人様だ。親父が、いちばん尊敬してる人だ」
見上げると、塔のてっぺんに、白いローブの小さな人影があった。
知っている。ゲームの中で、何度も見た。
あの夜、王都じゅうの灯りが消えたあと、塔に火をともし直して、闇を終わらせたのは、あの人だった。
肩から、少しだけ力が抜けた。
日が傾いて、路地に影が伸びはじめたころ、ローワンが足を止めた。
「なあ。お前の母さんの、指を鳴らすやつ。教えてくれ」
「……灯りか」
「俺の火は、でかくなるばっかりなんだ。冬至祭の行列で、ランタンを割りたくねえ」
ローワンの目は、真剣だった。
「やってみろ」
ローワンが指を鳴らすと、指先から、ぼっと火が噴き出した。灯りではなく、火だ。白い漆喰の壁が、少し焦げた。
ローワンの火には、強火しかない。とろ火のつまみが壊れたガスコンロみたいだ。
もう一度。今度は、もっと大きな火が出た。力むほど、火は大きくなる。ローワンは顔を真っ赤にして、自分の指先をにらんでいた。
灯りを習いはじめたころの、ミモザと同じ顔だった。
「にらむな。灯りは、呼ぶもんだ」
母さんが、灯りをにらむミモザに、いつも言っていた言葉だ。
「呼ぶ?」
「指を鳴らすのは、火をつけるためじゃない。灯りに、ここだって、教えるためだって」
ローワンは、わかったような、わからないような顔で、また指を鳴らした。火。もう一度。また火。
何十回目かで、ローワンの指の上に、豆粒ほどの灯りが、ぽつんと浮かんだ。
熱くない。揺れもしない。母さんの灯りの、十分の一くらいの、小さな灯りだった。
「……ついた」
ローワンは、息をするのも忘れたみたいに、それを見つめていた。
「ついたぞ、シオン」
ローワンが、自分で呼んだ灯りだった。
そのとき、通りの先で、街灯が一つともった。また一つ。長い棒を持った大きな男が、こちらへ歩いてくる。ローワンと同じ、赤みがかった髪をしていた。
男は、ローワンの指先の灯りに気づいて、目を丸くした。それから、歯を見せて笑った。
笑い方まで、ローワンにそっくりだった。
寮に戻ると、ミモザから手紙が届いていた。
返事が来るまでに、二十日あまりかかった。既読がつくのを待って、何度もスマホを見ていたころより、ずっと長い。それなのに、待っているあいだ、一度も怖くなかった。
封を切る前から、怒っているのがわかった。宛名の字が、やけに太い。
『一行って、なに。村でいちばん高い木には、もう登った。足は、もう平気。今年は受けられなかったけど、来年は受ける。学園の木の高さは、自分で登って確かめるから。おじさん、毎晩一本くべてるよ』
思ったとおり、怒っていた。思ったとおり、登っていた。
談話室の暖炉で、脇の火打ち石を打つ。市場で買ってきたばかりの薪を、一本くべた。
今ごろ、村の暖炉でも、父さんが一本くべている。ミモザが、そう書いてきた。
窓の外には、塔から分けた、同じ色の灯りが並んでいる。
授業のあとの、デイジーの声を思い出していた。冬至祭の夜は、ノクスの人が紛れこむから。
ゲームでは、あの夜のあと、ノクスとの戦が始まった。




