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「ゲンさん、この街案内してあげたら。狭いようで広いし」
「……せやな。一つ条件がある」
純は床置きのエアコンが妙に新しい事に違和感を覚えていた。食品メーカーの営業職に就いていた為、様々な飲食店に出向いていた。当然、店内の雰囲気等はチェックする。その時とった杵柄がではないが、このエアコンはとても高価なもので、店の外見とは一致していなかった。
「聞いてるのか! おまえさん」
「すっすいません。考え事してまして。なんでしょう?」
「なんでしょうやあらへんがな。街を案内したるから条件を飲めと言うてるんや」
「条件とは?」
「わしを笑わせたら案内したるで。ミスタースミス」
「2001年の三振王!」
腹を抱えて笑うゲンさんを勝ち誇った顔で見る純。エレファンツファンで知らない人はいない超高額助っ人“エドスミス”。東京のチームにエドというファーストネームのバリバリのメジャーリーガーが来るというので当時はかなり盛り上がったが、残念ながらハズレ助っ人だった。
「にいちゃん、エレファンツ好きなんか?」
笑いを噛み殺しながら話すゲンさんの顔は、ここに来て初めて見た時とはまるで違う人のように感じた。まるで電池を新しく変えたおもちゃのロボットのようだった。
「にいちゃん、鈴木ノリに会いたいか?」
「鈴木ノリて、エレファンツの捕手ですね。僕がまだ大学生だったかな」
鈴木徳人──反社と野球賭博でつながり、永久追放となった男。最高年俸1億2千万円。右投げ右打ち。
「この街におるがな」
純はまるで初恋の人に何十年ぶりに対面するかのような緊張感と期待感に包まれる。当時はそのニュースで相当なショックを受けたが、彼も色々あったんだなと用意に割り切りれる。毎日緊迫した中で試合をして、心ないヤジに耐えながら成績も残さないといけない。並大抵の事ではない日々に、魔が刺す事もあるだろうと──。
「あれからこちらに?」
「いや、しばらくは用心棒みたいな事してたけどな。ヤクザの親分の女に手出してもて」
「またそんな無茶な事を」
「ほんまや。右手の指全部取られてもてな」
純は血の気が引く音を聞く。テレビドラマや小説の話しではない。リアルの世界にそんな事がある事が信じられなかった。