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「今はこちらに?」
「いてるよ。パトロールしてるんちゃうか」
「パトロールですか。ちょっと意味が分からない」
「ゲンさん、とりあえず案内したり。にいちゃん困惑してるし」
一体この街はどうなっているのか──逃げるように訪れた場所だが、意外にも肌にあっているかもしれないと感じていた。まだこの街の端っこに触れたに過ぎないが、興味が泉のように湧いてきていた。
「とりあえず、鈴木のところへ行くか」
ゲンさんはくしゃくしゃの千円札を整える事もせず、カウンターに置いて店を出た。純も後を追うようにゲンさんについていく。店の外は言うまでもなく蒸し風呂のようで息がしにくい。先を行くゲンさんの足元をみると、右足にビーチサンダル、左足にくたびれた白のデッキシューズという初めて見るスタイルに困惑はしなかった。むしろ、ゲンさんを追い越してツッコミを入れたいという衝動に駆られた。
「すみません。ちょっとストップ!」
「何や若旦那」
振り返ったゲンさんを見て微かな記憶が蘇る。確か、今飛ぶ鳥を落とす勢いでテレビ番組のMCをつとめる“江古田六郎”が漫才師の時に組んでいた相方の“前田源太”ではないかと──。
「いっいや、ちょっとツッコミを入れようとしたんですが」
「何やねん。死ぬほどツッコミやすいやろが。入門編やぞ」
「それは分かっているんですが……」
聞いてはいけない気がした。何故なら、生きていてこれほど分かりやすい対比に出会う事など稀だからだ。だが、聞かない事には前に進めないような気がした。
「間違っていたらすいません」
「間違ってたら罰金な」
ゲンさんはビーチサンダルとデッキシューズを入れ替えて履き出していた。この人は根っからのお笑い馬鹿なんだろう。それなのに、どうしてこんな所にいるのか──。
「前田源太さんですよね? あの漫才コンビの」
「せやで。あんさん、物覚えよろしいな」
あっけらかんとしているゲンさんを見て、この世の果てにいたような、コールタールの川を裸で渡るようなそんな生き地獄から一筋の光が見えた。
「ゲンさん、大変すね」
「何が大変や。わいは今ノッてるんや。久々にな」




