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伊都の屋敷にて

第29章

 「高盛殿、早速おいでいただき、ありがとうございます。こちらに控えておりますアユタヤ人のデーンが、今後通訳をいたします。彼は私が個人的に雇いましたので、何事も口外しないことを保証しますのでご安心ください。」


 伊都の屋敷の客間で、パオロは高盛と向かい合っていました。五島から戻って伊都の屋敷に向かうと、意外なことに門前に使いの者が待機しており、すぐに屋敷内に案内されるとともに、『明日朝、高盛殿がお話を伺いにくることになっております』と告げられたのです。


 「承知いたしました。パオロ殿、旅の疲れはとれましたか。よろしければ、五島での状況を早速お聞かせ願いたいのですが。」

 「そうですね、伊都殿のことはご心配でしょう。とくに、あのような身重の身では。」


  いきなりのパオロの鋭い指摘に、一瞬表情がこわばり息をとめた高盛でしたが、すぐにゆっくりと息を吐き、落ち着いた声で説明を始めました。

 「やはり、気づかれましたか。おっしゃるとおり、伊都は今、子を宿しております。義彰殿の遺児であり、当家の跡取りとなります。ご正室は子宝に恵まれなかったので、ご理解いただけないかと存じますが、後継者がいないということは、ここでは領地を狙われ奪われるということを意味するのです。後継者不在は国を滅ぼすことになるのです。」

 「分かります。それについては私の国でも同じです。」


 なぜ妊娠を黙っていたのか、そんな大切な存在を無理に遠方に追いやることなどしたのかと、本当は高盛を非難したい衝動を堪えて、パオロが黙っていました。下手に口を出して、義彰亡き後のお家騒動に巻き込まれるのを避けるためでした。今は何より、いち早く鉄砲に関する取引を完了させて五島に戻り、アユタヤに向かいたかったのです。


 高盛は続けました。

 「義彰という当主を突然失い、当家内は多少混乱しておりました。あのときはかなり微妙な状況であったため、念のため、彼女を安全なところに避難させる必要があったのです。今はかなり状況が落ち着いてきましたので、安定期に入り次第、戻ってもらうことになります。それで本日は、伊都の滞在先の詳細をお伺いし、彼女の当座の安全のために私の配下の者を五島まで派遣させるために、伺いました次第でございます。」

 

 しばらく考え込んでいるパオロ。高盛もじっとパオロが口を開くのを待っていました。

 「分かりました。伊都殿は修道会の方々を慕う島の信徒達の施設を間借りさせていただいております。宣教師のリーダーが彼女を保護してほしいことを直接お願いししたころ、信徒の方々も伊都殿を非常に好意的に受け入れてくれたと聞いております。五島は交易で成り立っている町ですので、今のところ領主の宇久氏は、南蛮人も信徒たちも排斥するような動きは一切なさっておられません。」

 「それを聞いて、安心いたしました。」

 「現時点では伊都殿の存在は、宇久氏はご存じないはずです。しかし、高盛殿の部下が複数名で五島にいらっしゃることとなったら、必ずや宇久氏の耳に入ることでしょう。五島は交易の町であり、広さもあまりありません。ということは、町中に情報網が発達している、ということです。私の故郷の国も貿易で成り立つ国でしたから、情報の重要性を熟知しています。おそらく宇久氏がこちらの国の内情を把握するのは時間の問題になるかと。」

 「それは、厳しいご指摘ですな。それでは、宇久氏と友好関係があるとはいえ、できるだけ早く伊都を呼び戻したほうが良いということでしょうか。」

 「まずは島内で目立つ行動を避けることが一番でしょう。それと信徒の方々との信頼関係を構築しないと、よそ者として警戒される可能性が高いです。金銭的な援助だけをしたところで、信徒たちの信用を得ることはできませんからね。修道会の方々はすでにアユタヤに向けて出発してしまったので、仲介もお願いできませんし。」

 「なるほど。貴重が意見を感謝いたします。」


 今度は高盛がしばらくの間考え込んだあと、再び口を開きました。

 「いや、貴重なご意見をいただいたところで、お礼に私からパオロ殿に商売に役立つかもしれない情報をお伝えしましょう。」

 「何でしょうか? ぜひお聞かせください。」

 「以前、上様のお好みの品をお教えいたしましたが、上様が今、もっと欲していらっしゃるとおぼしき品を思いつきまして。」

 「チンタやカパのほかに、でしょうか。動物の皮はございませんが、ビードロならございます。それとも時計のような知的好奇心をそそられるものでしょうか?」

 「ビードロは、チンタと一緒に贈られたら大変喜ばれるとは存じますが、そうではなく、お薬です。」

 「上様は何か持病などお持ちなのですか?甘草や大黄といった生薬か、それとも軟膏…」

 「いえ、上様にではなく、上様の奥方への贈りものとして。実は、上様のご正室も子宝に恵まれず、大変悩んでおられましてな。妊娠を促す薬があれば、それこそ上様は大喜びされるかと。」

 「妊娠を促す薬ですか。そのような…」

 

 『そのような効果のある薬は持ち合わせてない』と答えようとして、ふと、パオロは思いついたのです。

 「なるほど、上様を喜ばせればよいのですね。そうですね、上様が喜びそうなものであれば心当たりがございます。」


 このパオロの言葉に、高盛も意味ありげに微笑みました。

 「それは良かった。我々も上様との取引が首尾良くいっていただかないと困りますのでね。パオロ殿が五島にいらっしゃる前に、こちらで預かっておきました荷の中にお心当たりの品があるのであれば、何よりです。」

 「いえ、その中にはないのですが、調達できております。五島は、いろいろな物産が入手できる町ですから。」

 「おや、そうでしたか。とりあえずパオロ殿の荷はすべてこちらの屋敷の蔵にしまっております。あとで蔵の鍵をお渡ししますので、中身をご確認ください。」

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