交易船内のこと
第22章
修道会の人々は、礼拝堂で最後のミサを行ったあと、列をなして聖歌を歌いながら街中を練り歩くように徒歩で港まで向かいました。伊都は、その行列のしんがりを歩いていました。
「伊都さま、大丈夫ですか? 無理をならさないでくださいね。」
付き添うように横を歩くとよは、小声で伊都を気遣います。
「ありがとう、とよ。大丈夫よ。ゆったりとした歩みだし、積み込む荷物は先にジョルジョが運び入れてくれたし。でも船の中では横になりたいわ。海が荒れないといいけれど。」
パオロはアユタヤ人の通訳とすでに港に到着していて、ひと目につかないうちにすでに乗船して、マテオたちを待っていました。そのうち遠くから聖歌が聞こえてきて、港にもだんだんと人が集まってきます。
『この港のどこかに、高盛の手下や、上様お抱えの密偵が隠れて混じっているのだろうな』
そう思いながら、乗り込んできた修道士たちに船内の居住場所を案内していたところ、いまにも倒れそうな伊都が、付き添いの召使いの肩をかりて、ふらふらになりながら入ってきたのです。顔は蒼白く、いかにも気分が悪そうな様子に、パオロはすぐかけつけ、優しく言葉をかけながら自分に用意されていた個室に誘導しました。
「パオロ殿、お手数をおかけして申し訳ございません。」
弱々しく詫びる伊都。パオロが自分に何か必死に訴える召使いの言葉がわからず戸惑っていると、向こうからジョルジョが駆けつけてきてくれました。
「パオロ殿、ここは私が手伝いますので。あちらで船長とマテオ修道士が呼んでいらっしゃいます。」
天気と海上の状況から、平戸に立ち寄ったとしても五島列島の福江の港には3,4日で着くだろうという船長の説明にパオロは安堵しました。
「福江には、飲料水の補給で1日は停泊する予定だが、パオロ殿は小手ノ浦のほうも行かれるのか?」
「そうですね、いくつかの島を回ろうと思います。」
「おそらく、王直殿も寄港しているだろうとの情報だ。毎年この時期に宇久氏と会談をして情報交換しているらしいとの噂がある。」
「前回滞在したとき以上に、多くの商船が集まっているかもしれませんね。」
「ポルトガル船も来ているはずだ。アユタヤに直行したいなら、そちらに乗り換えたほうが早いかもしれない。」
*****
パオロが船長らと行き先の状況や今後の行動を相談しているとき、伊都はひたすらじっと、つわりと船酔いに耐えていました。やっと少し体調が落ち着いたところで、ジョルジョが心配そうな声で尋ねました。
「伊都さま、パオロ殿に、まだ黙っていらっしゃるおつもりですか?」
「ジョルジョ、彼は気づいてしまうかしら。」
「時間の問題だと思います。パオロ殿には国に残していた奥様との間に男の子がいらっしゃると伺っています。ご婦人の妊娠による体調の変化についてはご存じでしょう。」
「そうね、一緒の船の中に数日間一緒に過ごしていたら、わかってしまうかもしれないわね。」
「そうですよ、伊都様。匿ってくださる方々にもそのことをお伝えしておかないと。まだ安定期ではないのですから。」
ジョルジョが日本の言葉で話してくれるので、召使いのとよも会話に入ってきました。
「伊都さまが言い出しにくいのであれば、私がお伝えしましょうか?」
「ジョルジョ、気遣ってくれてありがとう。でも、お世話になるのはほんの2,3ヶ月のことですし、わざわざご心配をおかけしなくても…。」
いつも明確な判断を下すお館さまが、妊娠のことだけは態度を曖昧なままにしている様子に、とよは不安で落ち着かない気持ちになっていました。
ジョルジョが修道士たちのもとへ戻ってからも、何度も伊都に説得するのですが、彼女は頭を縦に振りません。とよは、不調でだるそうな伊都にこれ以上負担をかけてはよくないと説得を諦めますが、うとうとし始めた彼女の横で、筆をとり、手元にあった懐紙に文字を書き付けました。
*****
「伊都殿、ご体調はいかがですか? 夜もお食事をおとりになれなかったようですね。だんだんと波が落ち着いてくるとの船長の見通しですから、どうぞお気を安らかになさってください。」
アユタヤ人に通辞を連れて、パオロが伊都のいる船室にやってくると、横になっていた伊都は上半身を起こして弱々しく礼を言いました。
「パオロ殿、船室を占領してしまい、申し訳ございません。明日には快復していると思いますので。」
「いや、私はどこでも大丈夫ですから。ぜひ五島までここをお使いください。一番広い船室ですし、お付きのかたと一緒でも快適でしょう。今日はもうお疲れでしょう。これで失礼いたします。安心してお休みください。」
そう言って、伊都が横になったのを確認すると、パオロはすぐ船室を出て行きましたが、伊都に気づかれないように、とよは船室を出て、彼を追いかけたのです。
慣れない船内を歩き回っていると、パオロは宣教師の一人と何か立ち話をしている後ろ姿を見つけました。なんと声をかけて良いかわからないとよでしたが、宣教師が彼女の姿に気づいて、パオロに何か言いました。パオロが振り向くと、とよは、小さな懐紙を差し出したのです。そこには「伊都」と「腹」と「子」とだけ書かれていました。
それは、伊都との稽古で、パオロが覚えた文字ばかりだったのです。
パオロはそのまま脱兎のごとく、伊都の船室に走って行きました。突然走り込んでいたパオロの物音に驚き、伊都が身体を起こすと、
「まさか、いや、お腹、子、わたしの・・・」
パオロはそう言うと、伊都の前に跪き、彼女の両肩をつかんでじっとその目を見つめました。
伊都は、パオロの目をみつめてから、微かに微笑み、ゆっくりと首を横に振りました。
「違います・・・」
と呟いて。
しかしパオロは伊都を優しく抱擁し、伊都はそれを拒みませんでした。頭の中では、もっと強く否定しなければと思いながら、その抱擁の暖かさと、守られているという安堵の思いに、伊都はパオロに身体を預けてしまったのです。
パオロに優しく頭を撫でられながら、伊都はそのまま寝入ってしまいました。




