脱出計画 その2
第21章
パオロの依頼内容に面食らいながらも、マテオは伊都を連れていくこと、そして五島列島に立ち寄り、島民に保護をお願いすることに快諾してくれました。伊都が京で暴徒に襲われ、右手を失ってしまったことは、見舞いに行ったジョルジョから詳しく聞いていて、心を痛めていたからです。そしてパオロから、国から出なければ命に危険があると聞かされ、キリスト教の教えを広める者として、不当な迫害を受けている人を助けるのは当然、と全面的支援を請け負ってくれたのでした。
「交易船の船主には、私から五島に立ち寄ることを依頼する。忙しいところすまないが、マテオ、もうひとつ頼みがある。取引の状況をアラン殿に報告する手紙を届けてもらえないだろうか。」
「あなたも一緒の船に乗るのではないか?」
「私は五島まで伊都殿を一緒に送り届けてから、戻って上様との商取引の交渉を行わなければならない。それからアラン殿に購入指示された積荷とともに改めてアユタヤに向かう予定だ。修道会の皆が、アユタヤからマラッカに向かう秋までに間に合わせたいと考えているが、交渉が難航して間に合わない可能性もある。マラッカで交渉状況を知りたがっているであろうアラン殿に、少しでも早く経緯とここでの現況をお知らせしておきたいから、念のために。」
二人が立ち話をしているところに、ジョルジョが通りかかりました。
「マテオさま、ここにいらしたのですね。お話中すみません、この聖具室の燭台などは、どの箱にしまえばよろしいでしょうか?」
「ジョルジョ、これはきちんとひとつずつ麻の布に包んで…。すまないパオロ殿、とりあえずアラン殿への通信は書き終わったらジョルジョに預けてくれないか。ジョルジョ、あとで指示するから、パオロ殿から書き物を受け取っておいてくれ。」
これ以上、出立の準備で騒然としている修道士たちの迷惑にならないように、とパオロはジョルジョと一緒に走り去るマテオの背中に礼の言葉をかけ、自室に戻るとすぐにアランあての状況説明の通信文を急いで書き上げた後、その日中に交易船の船長のところに出かけたのでした。
礼拝堂内の慌ただしい雰囲気にのまれたのか、自分自身も出立準備をしなくてはと焦っっていたのか、やはりパオロはあわてていたのでしょう。
アランあての現状報告の手紙を書き上げた封をしたあと、証憑として、その日伊都から渡された鉄砲売買の予約証文を同封して厚手の紙に包みました。
ただ、胴着の懐にしまった証文と一緒に、同じようにしまっていた伊都からの読めないままになっていた手紙も、気づかないうちに一緒に包んでしまったのです。
そのときのパオロの頭の中は、交易船の船長に、追加乗船と途中五島に立ち寄ることを、どう説得しようかということで一杯でした。
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一方、伊都も同じように少し慌てていました。一時屋敷を離れるということになるかもしれないとは、ある程度覚悟していたものの、さすがに明明後日とは思っていなかったのです。
召使いのとよに同行を求め、当座の荷物をまとめ、下男やほかの召使いたちを広間に集めて、動揺しないように冷静に指示を与えました。
「私が不在の間は、蔵奉行の高盛様のご指示に従いなさい。この屋敷でいつも通り暮らして、この屋敷を守っていればよいのです。高盛様から生活のための金品は支給されますし、屋敷は高盛様の差配で警護されますが、もしも暴徒などに襲われるようなことがあれば、すぐに高盛様に助けを求めなさい。」
「お館さま、いつご帰還されるのでしょうか?」
不安そうな声で、下男の一人が質問しました。
「そうですね。3ヶ月くらいでしょうか。冬の前には戻りたいと思っておりますよ。」
「お館さま、どうして。キリシタンでもないのに、こんな仕打ちを。」
下女の一人が、悲しそうな声をあげました。
「仕方ないではないですか。人の噂など、しばらくすれば落ち着きます。こういうときはおとなしく嵐が過ぎ去るのを待ちましょう。幸いなことに、昌義様以下、家臣団の方々は理解してくださっています。ご安心なさい。みなも身体に気をつけて、全員で再会を祝いましょう。」
伊都の目の前に座っていた召使い頭が、伊都の言葉を受けてこう言いました。
「こんな理不尽な目に遭いながら、なんとお優しいお言葉を。お館さま、どうぞお体にきをつけて。安寧にお過ごしくださいませ。」
パオロが交易船の船長に交渉し、伊都が召使いたちを落ち着かせ、出立の準備を粛々と進めていた頃、高盛は何をしていたのでしょうか。家臣団内での合意調整など早々に済ませた高盛は、その日のうちに左近影永に面会を申し入れたのでした。
この蔵奉行はすでに、伊都が無事に避難し、出産した“その先”を見据えていたのです。




