脱出計画
第20章
「パオロ殿もおわかりのことと存じますが、上様から布教活動を中止させるようにとの厳しいお達しが改めて下りました。昌義殿も含めた家臣団で協議いたしましたが、上様との関係上、我々は従わなければなりません。宣教師の皆様が今、出立の準備をなさっているのでしょう。」
「マテオ修道士から聞いております。」
「実は昨晩、追って司令が出まして、領内の一般信徒たちも拘束し、棄教させるか追放するように、と。」
「それは・・・」
「特に領内で地位のある人物については見せしめのためにより厳しく処分せよ、と。」
「確か、義彰殿の正妻は、洗礼を受けられましたね。」
「ええ、キリスト教に入信することは上様から強く反対されましたが、それは夫に心酔していたことが大きかったのでしょう。とはいえ上様の妹御でいらっしゃいますので、我々も処分などできませんし、上様もそれはお望みではないと判断しております。ただ、やっかいなことに…。」
話がどういう方向に進むか見えないパオロは、少し言いにくそうな口調になった高盛に
「どうぞ、私を信頼して事情をご説明ください。これからお取引をする相手には真摯な対応を貫かなければ、我々の国でも取引を継続していただけません。」
「取引条件については、他言無用ですぞ。漏らした場合は容赦なく対応させていただきます。」
「当然のことです。私は商人として身の危険も顧みずここまできた人間です。」
しばらくパオロをじっと見据えてから、高盛はふっと肩の力を抜いて話を続けました。
「左様ですな。では申し上げます。ここにいる右筆の伊都が、殿の側近としてつねにお側で親しく仕えておりましたことから、内外に彼女も信徒に違いない、と受け取られているのです。用事で礼拝堂に行く機会も何度かありましたゆえ、なおさらそのように受け取られたようです。上様も認識されているようで、我々としては、周りに納得させるために、伊都を目に見える形で追放しなければならなくなりました。」
「伊都殿は信徒ではありませんよ!」
驚いたパオロは、思わず強い口調で返してしまいました。
「もちろん我々家臣団は承知しております。しかし、そのように申し開きしたところで、今この状況で信じていただけるでしょうか? 重要なのは、真実かどうかではないのですよ。上様の命令に従ったという事実が重要なのです。」
パオロがさっきから何も話さない伊都に視線を向けると、昨日の堂々とした態度とは打って変わった、弱々しく下を見つめたままの姿でした。
伊都を心配そうな顔つきに見ているパオロに、ここで高盛が切り出しました。
「パオロ殿、あなた様との取引を今後継続していくには、双方にとって伊都は必要な人材です。だからこそ殿もわざわざあなた様との言葉の稽古を伊都に続けさせておりました。そこで、この国から追放した伊都を、あなた様のほうで、しばらくの間安全に匿っていただけないでしょうか。」
修道会の客間の窓から、西陽が差し込んできて、パオロの頬を照らしました。昼間は暖かった部屋も、少し冷え込んできました。
伊都も高盛も黙ったまま、パオロが口を開くのをただ待っていました。
しばらくして、伊都は、ゆっくりと顔を上げ、パオロと目が合うと、一言呟きました。
「ポル ファヴォール(Por favor)…」
「わかりました。高盛殿、伊都殿、私にひとつ考えがあります。三日後にここの修道会の宣教師たちが、アユタヤ行きの交易船に乗船することになっていると聞いています。この船に伊都殿を同乗してもらえるよう、交渉してみましょう。修道会の人間と一緒なら、表向きも一緒に追放されたと映るでしょう。」
「アユタヤですか。そんな遠くに? 確かに日本人村があるとは聞いておりますが。」
「修道士たちは、日本人村の隣、チャオプラヤー川を挟んだところにあるポルトガル村に滞在するようですが、伊都殿はそこまで行かず、五島列島で下船して、そこの島民に匿ってもらうよう、私も五島まで一緒に行って交渉しましょう。」
「五島に?」
「ええ。ご領主の宇久氏はキリスト教を保護し、宣教師を招いていましたので、ここの修道士も布教活動をおこなっていましたから、修道士を通じて伊都の保護をお願いすれば、島民たちは無下にはしないでしょう。私も、商用でしばらく滞在しておりまして、宇久氏はもちろん、島民とも交流がございます。私も一緒に行って、伊都殿が快適にかつ安全に滞在できるよう配慮いたしましょう。」
「なるほど、五島であれば、商船が頻繁に行き交う重要拠点でもあるから、状況次第で私が迎えに行くことも目立たないだろう。」
「王直殿などの倭寇たちの拠点となっていますが、いろいろな人が行き交う場所だからこそ、人の出入りも多くそれがかえって目くらましになるかと。」
伊都の脱出劇の計画はとんとん拍子で話が進み、パオロは急ぎマテオと話をつけることになり、伊都は屋敷に帰って準備を、高盛は家臣団内での合意調整のために客間を後にしました。
もしこの会見の場に、アランが同席していたらパオロに忠告していたでしょう。商取引のために、政治闘争に巻き込まれる危険性はないのか、と。実際のところ、もしパオロが高盛の提案に躊躇を示した場合、伊都と高盛は、伊都の妊娠を明かして、パオロの道義心、同情心を動かすことも考えていたのです。しかしそれは、こちらの弱味も見せることになるので、できる限り隠しておこうという算段だったのでした。
-その女性は聡明なだけではないぞ。上手く彼女を利用しているようだが、利用されないように充分気をつけられよ。-
アランの警告を思い出せないほど、この時のパオロは焦っていたのかもしれません。




