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アランの命令

第5章

 久しぶりに酒を口にしたせいなのか、この東方の島国の酒というものが身体に合わなかったからなのか、義彰との面会の翌日、パオロは頭痛のため午前中はずっと部屋で休んでいました。するとそこへ、マテオが様子を見にやってきました。


 「大丈夫ですか、パオロ殿。昨晩は遅かったようですが、お風邪でも召されたら大変です。朝晩は冷え込んで参りましたからね。」

 「ありがとう、マテオ殿。ご心配かけて申し訳ない。少し疲れているだけだから。」

 「そうなのですか? お仕事上のお悩みを解決して差し上げることは出来ませんが、お話を聞くぐらいはできますよ。いつでもおっしゃってください。」


いつも明るく前向きで、親切なマテオの姿に、パオロは少しうらやましくなってしまいました。

 「そちらは順調そうですね。いくら領主公認の布教活動とはいえ、住民から不審がられたり、煙たがられたりすることもあるでしょうに。あなたのお人柄のおかげかな。」

 「いえいえ、私はただ人々の中に入って、神の教えを説きながら、彼らの作業を手伝ったり、一緒に物を運んだりしているだけです。私のほうから声を掛けて一緒に過ごせば、自然と礼拝堂にも足を向けてくれるようになります。おかげで、この国の言葉にもかなり慣れましたよ。」 

 「それは素晴らしいですね。私はまだまだ通辞の方を通さないと会話ができませんよ。」

 「そういえば、お聞きになりましたか? マラッカ総督のアラン殿が近々、ここにいらっしゃるそうですよ。」

 「アラン殿が? わざわざここまで?」

 「ええ。おそらく状況視察だとは思いますが。パオロ殿もいろいろ質問されると思いますので、ご準備されておいたほうが良いかと存じます。」


*****


 マテオの情報通り、その一週間後にアラン・デ・アルブルケがやってきたときパオロはかなり驚きました。あまりにも身分にそぐわない質素な出で立ちで突然、礼拝堂に併設された食堂に現れたからです。


 「アラン殿、港までお迎えにもあがらず、大変失礼いたしました。」

他の修道士たちと一緒に昼食をとっていたため、慌てて立ち上がったパオロに、アランは

 「構わぬ。わざと目立たぬように上陸したのだ。できればパオロ殿とじっくり話したいことがあるのだが、午後にでも客間で良いかな。ここの修道会会長の許可はいただいてある。私はこれから無事に到着できた感謝の祈りを捧げるので、後ほど」

 とだけ行って、去ってきました。

 

 ――マラッカ総督が身を隠してやってきた。――

 今は一商人でしかないパオロも、かつては商館長として公務をこなした体験から、この隠密行動に何か大きな策謀が動き出していることを感じずにはいられませんでした。


 その日の午後、人払いした客間で向かい合った二人は、アランが手土産にと持ってきたポルトガル北部ドウロ地方原産の黄褐色の甘いワインを楽しみながら話を始めました。


 「ここの領主の義彰殿は、総じて我々に好意的です。布教活動については私の管轄外なので省きますが、マテオ達の話では、順調に信者が増えているようです。商売につきましては、相当したたかな交渉相手ではありますが、相互利益が成立するならば、かなり積極的な姿勢ですし、何より、すでにマカオルートを確立されていますので、そのことを上手く交渉材料にして、マラッカルートと比較検討しているところ、ということでしょうか。

 現時点での重点施策としては、タイで産出する鉛ですね。これについては、圧倒的にマラッカのほうが輸送という点で優位ですので、鉄砲の鉛弾についてはまず大口の取引が始めることが決まるでしょう。さらに鉛は銀の精錬にも大量に必要だということで、義彰殿自身の口から取引をしたいと言質を取っております。」

 「なるほど。上手く商機をつかんだようだな。義彰殿という領主は、どのような人物なのかな。」

 「義彰殿は、洗礼を受けたクリスタン信徒です。非常に聡明で理解力も高く、論理的に物事を判断し進める方なので、商売の交渉相手としてはとてもやりやすいですね。しかもこんな東の果ての島国の一領主でありながら、大陸の情勢などの情勢も的確に捉えているようで、感服いたしました。好奇心も非常に旺盛で、先日私が義彰殿の書記のかたとお互いの文字を教え合ったときなどには、興味深そうに側でのぞき込んで、私どもが使っている筆記具やインクのことなど質問してきました。」

 「なかなか興味深い人物のようだな。探究心が旺盛なのだな。」

 「はい。領主だけでなく、この国は領民も優秀なようです。驚いたのですが、庶民の識字率が高く、農民の中にも文字が書ける者がいるのだそうです。勉強熱心な国民性なのかもしれませんね。」

 「やはり、そうか…。」

 そう呟いたまま、しばらく黙って何か考え込んでしまったアランでしたが、グラスに残ったワインを一気に飲み干したあと、意を決したようにパオロに次のような依頼、いえ命令をしたのです。


 「パオロ殿、次に義彰殿と会見する際に、私を商売仲間として同席させて欲しい。今回、義彰殿への献上品として、最新式の鉄砲を10挺ほど持ってきたのだ。そしてその鉄砲がその後どのように使われるのか注視し、探って欲しいのだ。そしてそれを逐一報告するように。」

 

 パオロの心臓は高鳴り、彼はこれが極秘任務だということをすぐに察しました。

 「アラン殿は、ある程度予想がついていらっしゃって、確かめたいのですね。最新式の鉄砲がどのように扱われるか、ということを。」

 「さすがサンマルコ共和国で商館長を務めた経験のあるお方だ。まさにその通りだよ。この国は探究心という点で、非常に優れている。我々の技術を解明し、真似て、それと同等が、それ以上ものを作ってしまうというおそろしい技術を持っているようなのだ。」

 「え?」

 「普通は新しい武器を手に入れたら、それを使い、有用ならもっと欲しいと思うだろう。ところがこの国の人間の発想は違う。それが何で作られ、どういう仕組みのものなのか、ということに真っ先に関心が向かう。そして貴重なはずの武器を解体し、どうやったら同じものが作れるのか、と探求するのだ。そしてあっという間にその技術を会得し、恐ろしいことに、さらに優れたものが作れないかと試行錯誤するのだ。」

 「まさか…。」

 「「この国には、もともと高い製鉄技術を持つ職人集団がいることもわかっている。驚いたことに、すでに彼らは自分たちで鉄砲を作り始めているらしい、という情報が入ってきた。現状を確かめなければならない。」

 「もしそれが本当なら、いずれ我々は彼らと戦うことになるのでしょうか?」

「この島国を領土として占拠するということか? いや、ポルトガル王の戦略は違う。少なくとも今は。今、我が国が狙うべきなのは、大陸の帝国、明なのだ。」

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