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パオロと義彰

第4章

 その日、義彰に呼び出されてパオロが通辞とともに城に赴くと、会見の間に書紀の女性の姿は無く、ひとり義彰が待っていました。しかも先日贈りものとして受け取ったのと同じような黒塗りの、箱の形をしたような脚の低い小さなテーブルの上に酒や肴が並べられています。


 「急に呼び立ててすまなかった。今日は仕事の話ではなく、個人的にそなたとゆっくり話したいと思い、このように馳走の膳も用意させた。これから永い付き合いになるだろう相手と腹を割って話したい。」

 突然の酒宴の誘いに一瞬面食らったパオロでしたが、すでに義彰がマカオのルートでの商取引を確立している現状を理解していたので、新規参入の自分が食い込むためにも、彼と親しくして損はない、いやむしろ関係を深めなければと判断、笑顔で「喜んで」と返したのでした。


 「今日は、お互い話したことは一切書き留めないから安心して欲しい。それに少し個人的なこともお互い話そうではないか。おそらく、そなたは何故私が洗礼を受けたのか、不思議も思っておられるのではないか?」

 箱膳の前に、お互い脚を崩して板の間に座り込んだ義彰とパオロは、早速話しを始めました。


 「マテオ修道士から、何となく伺ってはおりますが…。」

 「決して商売のためだけではないぞ。心からそなたの国の宗教に帰依している。そのことについて私からきちんと話そう。その代わり、私もそなたに少々おたずねしたいことがある。」

 「何でございましょう?」

 「そなたは、ポルトガル王の推挙状を持っていらしたが、そなた自身はその国の人間ではないと伺った。それがとても不思議だったのだ。あなたの祖国はどういう国で、何故そなたは祖国を頼らずに、異国の王の支援で来られたのか、よろしければ経緯を聞きたい。」

 「なるほど、当然疑問に思われることですね。取引する相手がどのような背景を持っているのか、お知りになりたいと。」

 「パオロ殿、私は商いというものは、お互いの信用の上に成り立つものだという信念がある。どんんなに入り用と思う物があろうとも、それを商う相手が信じられないのであれば、買おうとは思わない。その物が確かなものであるかどうかは、それを扱う人にかかっている。その人を信じられなければ、その物も信じることができないからだ。」

 穏やかな落ち着いた声で、パオロの目を見ながらそうはっきりと宣言した義彰の言動は、パオロに亡きジェローム王を彷彿とさせたのでした。

 「私も商いに関しては、義彰殿と同じ考えを持っております、義彰様。少々込み入ったお話をしなければなりませんが、どうかお聞きください。」



 その晩、通辞を介しながらも、パオロはじっくり義彰という人物と語り合ったことで、この東の果ての島国の領主の一人が、大局観を持って世界を俯瞰していることに、畏敬の念を感じずにはいられなくなりました。そしてさらに驚いたことには、この国では、農民でさえ、ある程度の小作農の集団をまとめる立場にある者であれば、領主に要望を伝えるための手段として、ある程度読み書きができるというのです。

 

 「庶民でも読み書きができるものがかなりいるということですか?」

 「まあ、伊都のような・・・私の書記を任せられるほどの教養と知識は別格だが、庶民の中にも、ある程度の手紙が書ける女性もいる。そもそも宮中では、そういう役職の女性が存在するからな。」

 「大変驚きました。」

 「ふふ、ここは決して遅れた国などではないのをご理解いただけただろうか。対等の立場での交渉ができる相手ならば、これから喜んで取引をしよう。」

 「もちろんです。ポルトガル王もそのようにお考えで…」

 「パオロ殿は本当にそうお思いか?」

 それまで陽気な声で話していた義彰の声の調子が突然変わったことに、パオロ焦りました。

 「え、それはどのような…。」


 義彰はパオロの本心を見透かそうとしてか、しばらくの間じっと目を見つめた後、

 「まあ、確かにこの場では口にしないほうが賢明だろう。ポルトガル王の真の目的といった政治向きの話は、な。

 さて、すっかり夜も更けた。今日は実に有意義であった。感謝する。手下のものに礼拝所まで送らせよう。」

 そう言って義彰が話しを打ち切ってしまったので、通辞とともに帰途についたパオロでしたが、『ポルトガル王の真の目的』という言葉が気になって、その晩はなかなか寝付けなくなってしまったのです。


――「この国が産出する金銀の資源や、そのほか珍しい交易品がポルトガル王目的なのではなかったというのか? 政治的ということは、この国を支配下に抑えようということか? しかしここまで本国から離れた遠い島はキプロス島のようにおいそれと占領できるという話でもないように思うのだが…。こういった考え方はサンマルコ共和国ならではの価値観で、ポルトガルやスペインという国はまた違った考え方をするのだろうか。」――


 それまで良くも悪くも地中海世界という枠組みで世界を捉えていた常識を根底から覆される事実に、まもなく気づかされることになるパオロ。

彼が新天地と思って飛び込んだ世界もまた、さまざまな事情や古くからのしがらみ、権力争いにしばられた世界なのだと痛感させられることとなったのです。


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