二回目の会見
第3章
義彰と二回目の会見の場でも、あの女性が側に控えていました。目を伏せ、目立たないように背後に座していましたが、前回と同じように紙を束ねたものを小さな机の上に拡げ、あの筆、とかいう変わった筆記具を手にしています。
パオロは密かに、あの女性は義彰と、特に親しい間柄なのではないかと考えていました。男女の関係云々はともかく、公式の場に同席させるということは腹心の部下であることは明白で、義彰が信頼しているお気に入りであることは確実でした。そこから、彼女が喜ぶことは義彰も喜ぶことではないかと推測し、今回は彼女が面白がるような土産も用意していたのです。
パオロは通辞から習った、この島国の言葉で挨拶とご機嫌伺いの台詞を述べ、義彰から型どおりの返礼の言葉を受けると早速、前回依頼された商品見本を広げて、通辞を通して説明を始めました。
「これは、鉄砲に使う鉛玉です。これはポルトガルではなく、タイで作られたものですが、品質に問題はございません。鉄砲の銃身を痛めないのでお勧めしております。」
「それに銀より安価であるからな。タイの鉱山で取れた鉛ならば、鉄砲の弾のほかに、鉛そのものも取引できるだろうか? そちらが欲しがる銀の精錬にも、鉛が大量に必要なのでな。」
「可能でございます。それでは次に、志那の絹織物をご用意しました。」
「いや、それは必要ない。我々はマカオとも直接取引をしているから、志那で作られる絹製品は直接取引している。絹織物より暖かい毛織物が欲しい。」
「それは失礼いたしました。それではこちらをご覧になってください。目の詰まった暖かい羽織を義彰様のために特別に仕立てました。これは私からの贈答品としてお受け取りになってください。」
「なるほど、私の趣味を把握していたのだな。では、こちらもお礼として、高蒔絵の文箱をお贈りしよう。」
義彰が伊都のほうに顔を向けると、伊都は一礼して部屋の奥に行ったか思うと、艶やかに黒光りする漆器の箱を手に戻り、そのままパオロの座る前に置きました。
「これは・・・素晴らしい意匠でございますね。花と、これは何かの植物の葉でしょうか。漆黒に金の装飾が実に美しい。」
「櫻と紅葉の意匠だ。雲錦手と呼ばれている。この国では桜は春を、紅葉が秋を表現しているのだが、この意匠は季節を問わず使えるからな。」
「季節を問わず?」
「ああ、この国は季節ごとに調度類を使い分ける風習があるのだよ。着る物や使う器など、その季節ならではの風物を楽しむのだ。」
「それは、なんとも贅沢な風習でございますね。」
「その中で、この雲錦手は華やかでかつ一年中ずっと使える意匠ということで、人気のものだな。ぜひ蓋を開けて、内側も見て欲しい。これは梨地という漆の代表的な技法を用いている。」
義彰に言われるまま、パオロが蓋を開けると、中には白く美しい手漉紙が納まっていたのでした。
あまりにこの国の美意識の高さと手工芸品の技術の高さに圧倒されたパオロは、しばらくの間ずっと文箱をじっくりと眺めてしまっていました。
『こんな美術品のようなものを日常に使っているとは…。』
「伊都、今回はぜひパオロ殿に、この紙にちょっと文字を書いていただこうではないか。お渡しする筆を持ってきてくれ。」
という義彰の言葉にはっとして、パオロが顔を上げると、珍しく伊都が微笑みながら、小筆を差し出していたのでした。
「ああ、それでしたら、実は私たちが普段使う筆記具を、前回のお礼として、そちらの書紀のかたにお渡ししようと持ってきたのです。インクと紙も持って参りました。ぜひ試していただけないでしょうか?」
結局その日の会見は、義彰ものぞき込んで、パオロと伊都がお互い文字を教え合うという無礼講な展開となり、そのままお開きとなったのでした。
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「いきなり、そこまで親しくなられたのですか? きっとパオロ殿は義彰殿に気に入られたのですよ。」
「やはり、そう捉えてよいでしょうか。まずまずの滑り出しで安心しました。」
義彰の城から戻り、礼拝堂権兼宿舎でいつも通りマテオと食事をとしながら、会見の様子を報告したパオロは、とりあえず商機をつかめたという実感でほっとしていました。そして今日知った日本の風習について、マテオに話したのです。
「季節の移り変わりに敏感な感性を持っているのですね。確かにこの国は、感覚的に四季の変化がはっきりしているかもしれません。」
季節はいつのまにか秋から冬へと移り、木造の建物では、しんしんとした冷気を感じるようになっていました。
「それにしても、この建物で冬が越せるのだろうか? この国の冬は雪が降るくらい寒くなりそうだ。」
「マラッカは一年中ずっと夏のような気候でしたからね。確かに朝晩冷え込むようになってきましたね。」
次回の3回目の会見の約束も取り付けることができたパオロは、今までの緊張が少し解けたせいか、その晩は遅くまでマテオと話し込んでいました。
このときはまだ、この東方の複雑な情勢と、ポルトガルやスペインといった国々の思惑をパオロまだ深く理解していなかったのです。




