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二人の邂逅

第1章


同じ目をしていた。

私と同じ目。

色や形は違うけれど、何かを渇望する目。

この世に生まれた自分の価値を欲する目。

ひと目見たとき、この人は私と同じ渇きにあえいでいる、とすぐわかった。


*****


「伊都、一昨日頼んでおいた書状は出来ておるか?」

「はい、御前さま、文机の上の高蒔絵たかまきえの文箱の中にございます。」

「写しは?」

「いつも通り、茶道具の棚の一番下、螺鈿らでんの文箱(株)ふばこ)に入っております。」

「相変わらず手際が良いな。ポルトガルからの使節たちと会う前に片付けてしまおう。すぐに書状を取り出してくれ。確認次第、お館様のところに届けさせる。墨と筆を用意してくれ。花押かおうを据えなくては。」

「かしこまりました。」


伊都は、この城の城主に仕える右筆。ここに勤め始めてから季節が一回りし、やっと慣れてきました。主人の生活習慣や癖、好み、性格も把握でき、最近やっと自分でも主人から評価されていると感じることができるようになっていたのです。


 「そうだ、伊都、今日の会見、そなたも側に控えていよ。どのような会話がなされたのか、書き記しておいてほしい。おそらく新たな商いの話になるだろうから、条件などをきちんと残しておきたいのだ。」

 「私でよろしいのですか?」

 「おそらく通辞が同席する。バテレンの言葉はわからなくとも良い。ああ、できれば会話以外にも、相手の表情や所作なども参考までに記録しておいてもらうと助かるな。」

 「はい、承知いたしました。」


 『この仕事は他言無用。私的なことから公的なこと、内密にしておくべきことなど、この城主に関すること、城主の考えを誰よりも早く知ってしまう立場にある。もし敵方に情報を流したり、交渉相手に内情を悟られるようなことをしたら、御前さまは躊躇なく私を切り捨てるだろう。いや、疑いをかけられただけで、命はないかもしれない。』


 そんな緊張を強いる日々でも、伊都はここでの暮らしが気に入っていました。高貴な家の出であろうと、親に捨てられた身、尼寺でただただお経をあげるような生活は、平穏かもしれないが、彼女には耐えられなかったのです。後見人のいない自分を拾い上げてくださった御前さまに、心から感謝をし、裏切る気など毛頭ありませんでした。


 『丈夫ますらおに生まれてきたのならば、この乱世、腕力と胆力でもって戦場で身を立てれば、下克上できるかもしれないが、いかんせん私は女子おなごで生を受けた。ご落胤と噂されようとも、父親に捨てられたことには変わらない。後ろ盾のない娘など、よい縁談など望めぬのだから、手持ちの武器や道具を用いて身を立てるしかない。尼寺で受けた知識と教養が、私の生きる術となった。もし御前さまが城を失ったら、私も生きる術を失う。もう私は御前さまと一蓮托生なのだから、商いが、戦が上手くいくようにお支えするしかない。』


 心の中でいつもそのように考えている伊都でしたが、別に自分を不幸だとも感じていないし、哀れんでもいません。むしろこの状況を楽しんでいたのです。特に今日のように、新たな役目を仰せつかると、自分の才覚がどこまで活かせるのだろうか、と胸が高鳴りました。御前さまが大陸のクメールの王だけでなく、遠い南蛮人とも交易していることは知っていたものの、伊都はそれまで南蛮人に直接顔を合わせたことはありませんでした。街中で、宣教師と呼ばれる黒い装束に頭もひげも剃った男達を見かけたことはあったものの、話したことなどなく、彼らがどのような人物なのか、どのような考えをもっているのか、実は興味津々だったのです。



 伊都は花押を据えた書状を綺麗にたたみ、控えていた隠密の従者に手渡すとすぐに、昼過ぎからの会見の準備にかかりました。

 会見の間に香を焚き、粘葉装にしておいた紙束を取り出し、愛用の硯で墨をすり始めたのです。墨をする時間は、彼女にとって至福の時間でした。心が落ち着くと同時に、何か頭が冴えてくるような感覚がしたからです。


*****


 その日、通辞と宣教師とともにやってきたポルトガル王の使節は、簡単な挨拶だけは習ったのか、この国の言葉で話し、そのあとは全く聞いたことのない言葉だったので、伊都は、御前さまの斜め後ろに控えて、ただただ通辞の話す言葉を必死に書き取っていたのでした。

 鉄砲、弾薬、絹、銀、そういった単語が飛び交っていたのですが、支払い条件がなかなか歩み寄れないのか、会話が膠着してしまったところで、ふと伊都が目を上げると、その使節と目が合ったのです。


 彼は驚いたような、不思議なものでも見るような目をして通辞に何か熱心に話しかけていました。

 それに対し、通辞は彼に何か詳しく説明をしているようなので、御前さまも不審に思ったのか

 「何か、気になることがあるのだろうか?」

 と通辞に問いかけました。


 「いえ、そちらに控えている女性が、文字を書かれているようなのですが、パオロ・バリバリーゴ殿が、あまりに自分の国の書き方とは違う、と驚かれたようなのです。」

 

 それが、二人の邂逅の場面でした。








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