08 仕送り仲間【モーリス視点】
【モーリス視点】
その日、私は仕事の休憩時間に同僚から「モーリス」と声をかけられた。
「今、タイセン国から使者が来ているが、その目的を知っているか?」
「私は知らないな」
「だよな、みんな知らないと言うんだ。まぁなんでもいいが、リオ様とセレナ様の結婚式の邪魔だけはしないでほしいよ」
「そうだな。それにしても、タイセンか……」
そう言いながら無意識のうちに暗い表情をしていたのか、同僚は不思議そうな顔をした。
「何か気になることでも?」
「あっ、いいや。何もない」と言いつつ先日、セレナ様に無礼を働いたことを謝罪する場で、焦って母がタイセン国出身だと話してしまったことが気になっていた。
それまでは、自分がタイセン国とかかわりがあることを必死に隠してきたのに。
あのときは、間近で見るリオ様の迫力やセレナ様の神々しさに圧倒されてしまい、つい口がすべった。
同僚と別れた私は、なんとなく気になってタイセン国から来た使者について調べた。資料室で使者の名前を見て、思わず驚きの声を上げてしまう。
「アイリーン=タゼア……。タゼア家の者が、どうして?」
タゼア家が表舞台で活躍していたのは戦時中のことだ。今は失われてしまった書物を捜すことを一族の使命としている。
だから、タゼア家の者は、生まれたときから一生捜し物をすることが決まっていた。それが嫌で逃げ出したのが、私の母だった。母から話しを聞いたとき、「そんな人生は私も絶対に嫌だ」と幼いながらに思ったものだ。
そのときに、母が寂しそうな顔で「私は自由に生きたかったのよ」と言ったのを今でも覚えている。
父は私が幼いころに亡くなったらしい。実家を頼ることができず、困窮していたところ、近所に住んでいた裕福な老夫婦が手を差し伸べてくれた。
その老夫婦の紹介で、母は貴族の家で家庭教師の職につけた。
泊まり込みの仕事だったため、家にはほとんど帰ってこなかったが、その老夫婦が私のことを実の孫のように大切にしてくれたので少しも寂しくなかった。
ときおり母が家に帰ってくると、朝から晩まで勉強をさせられた。
もう貴族でもないのに、なぜか貴族の礼儀作法も徹底的に叩きこまれた。あのときは、すごく嫌だったけど大人になってから、その勉強のおかげでいい職にありつけたので、今としてはとても感謝している。
お世話になった老夫婦の穏やかな最後を看取ってからは、母の金銭的な負担にならないために、タイセン国を出てバルゴア領で就職した。
バルゴア領は、他国の者でも犯罪歴がなければ受け入れられる。そして、騎士団が優秀なので治安がいい。さらに実力主義なので、仕事さえできればその分評価してもらえる。ようするに、居心地が良かった。
仕事に慣れてきたころ、タイセン国に残してきた母に私は手紙を書いた。
『母さんもバルゴア領で暮らさないか?』と誘ったものだったが、送られてきた返事には、『仕送りをしなさい』とだけ書かれていた。
元より恩返しをするつもりで送った手紙だったので、すぐに母宛てに仕送りをした。
それからずっと続いている仕送りのことを考えると、つい暗い気持ちになってしまう。
「母さんには、感謝しているんだけどな……」
感謝しているのだが、年々要求される仕送り額が上がっていくのには困っている。残ったわずかなお金では、自分が日々暮らすだけで精いっぱいだ。
そのせいか、いまだに結婚できていないし、それ以前に恋人すらいない生活をしている。
母さん、いったい何にそんなにお金を使っているんだよ。
家庭教師の仕事を、やめてしまったのかな?
そういえば、また母から仕送りの催促が来ていたことを思い出して、私は資料室から出た。
大丈夫だと思うが、念のためタゼア家の使者には会わないように気をつけよう。血の繋がりがあると知られたら、私まで本捜しを命じられるかもしれないから。
今の生活でいいことといえば、仕事が楽しいことと、バルゴアの城に出入りしている商人は信頼できるので、仕送り金を盗まれる心配がないことくらいだ。
商人のもとに向かうと、先客がいた。
メイド服を着た女性が、商人にずっしりと重そうな袋を渡している。
「これを私の故郷までお願いします」
商人に「仕送りかい?」と尋ねられて、女性は小さく頷いた。
「両親は、もう送らなくていいと言ってくれているんですけど、私が使うより故郷で使ってほしくて」
「お嬢さんはえらいねぇ。うちの娘なんてあれ買ってくれ、これ買ってくれって」
商人の愚痴を、メイドはクスクス笑いながら聞いている。
「さぁ、お嬢さん。ここに名前と金額を書いてくれ。受取先でしっかりと金額まで確認してもらうから安心してほしい」
メイドは『アレッタ』と記した。
アレッタさんか、きれいな字だな。性格も良さそうだし、何より親に仕送りをしている者同士だから勝手に親近感が湧いてしまう。
手続きを終えたアレッタさんが振り返った。そのとたんに、セレナ様付きのメイドだと気がついて、私は慌てて謝罪した。
「その節は、申し訳ありませんでした!」
向こうも私が、セレナ様に無礼を働いた者だと気がついたようだ。
「あのときの……。こちらこそ、勘違いしてしまい大変失礼いたしました」
「いえいえ、こちらこそ」
謝り合っていると、アレッタさんの視線が私の服の袖にあることに気がついた。長く着続けている服の袖は、黒ずんで布が擦り切れている。
急に恥ずかしくなってしまい、私は「では!」とその場から逃げだした。
しばらく走ってから、そういえば自分も仕送りをしようと思っていたことを思い出す。戻ろうかと思ったが、アレッタさんに会ってしまうと気まずい。
「……明日にしよう」
そう呟いて、私は仕事に戻った。




