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社交界の毒婦とよばれる私~素敵な辺境伯令息に腕を折られたので、責任とってもらいます~【書籍化&コミカライズ】  作者: 来須みかん
【第三部】

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04 アイリーン様の捜しもの

 私の視線に気がついたアイリーン様は、小さく会釈してくれた。


 彼女のライトブラウンの髪がサラリと流れて、エメラルドのような緑色の瞳が優しく細められる。しかし、その表情はどこか暗い。


 アイリーン様は、リオ様に礼儀正しく2通の手紙を差し出した。


「カルロス陛下より、バルゴア辺境伯とその子息様に手紙を預かって参りました」


 手紙を受け取ったリオ様は、隣にいる私にだけ聞こえるように「父だけではなく、俺にもか」と呟いている。


 儀礼的な挨拶を終えると、リオ様はアイリーン様にソファーに座るように勧めた。


「俺宛ての手紙を、今ここで確認してもいいだろうか?」


 リオ様の問いに、アイリーン様は「はい」と答える。


 ここからは、きっと外交の話になるのね。まだ正式にバルゴアの一員になっていない私が聞いてはいけないわ。

静かに部屋から出ようとすると、予想外に呼び止められた。


「セレナ、待ってくれ!」

「セレナ様、お待ちください!」


 リオ様とアイリーン様の声は、ほぼ同時だった。戸惑う私にリオ様が「セレナにも関係がある話だ」と深刻な顔をしている。


 リオ様の隣に座ると、つい先ほどまで読んでいた手紙を私に見せてくれた。


「私が読んでもいいのですか?」

「ああ、セレナも読むべきだ」


 手紙にサッと目を通した結果、私はリオ様たちがどうして私を呼びとめたのか理解した。

 カルロス陛下からの手紙には、銀食器に反応しない毒について書かれていたのだ。


 手紙の内容を簡潔にまとめると、『毒の販売元の手がかりを調べていたが、その実態を未だつかむことができていない。バルゴア領にも協力を求めたい』といった内容だった。


「銀食器に反応しない毒……」


 あの毒で、私の祖父と母の命が奪われた。苦しむ家族を助けることができず、ただ母のやせ細った手を握り、涙をこらえながら祈ることしかできなかった日々が私の脳裏によみがえる。


「セレナ」


 リオ様の声で、私は我に返った。


「つらいことを思い出させてすまない」


 優しく肩を抱き寄せてくれたその手の温かさに、私の心は落ち着きを取り戻していく。


「……もう大丈夫です。ありがとうございます」


 リオ様から離れると、アイリーン様が心配そうに私を見ていた。


「取り乱してすみません」

「いいえ、セレナ様がつらい目に遭われたことは聞いています。こんなに恐ろしい毒が……すでに世に、出回ってしまっていたなんて……」


 アイリーン様の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。


「アイリーン様?」

「も、申し訳ありません……」


 どうして、アイリーン様が謝っているの?


 リオ様も理由がわからないようで、私たちは困ったように視線を交わす。


 私が遠慮がちにハンカチを手渡すと、それを受け取ったアイリーン様はかすれた声で話し出した。


「我がタゼア家は、文官や医師、学者などを多く輩出してきた家柄で領内に国一番の図書館があったのです。でも、戦時中の混乱に紛れて図書館が破壊され、多くの書物や貴重な資料が心ない者たちによって盗まれてしまいました」


 それは、以前アイリーン様から聞いたことがある話だった。


 私が「タゼア家の方たちは、盗まれたそれらを今も捜しているのですよね?」と続けるとアイリーン様は苦しそうに俯いた。


「……実は、失われた書物の中には、禁書と呼ばれるものが含まれていました」

「禁書?」

「決して世に出してはいけない、危険なことが書かれた書物です。私たちが今も必死になって捜しているのは、本当はその禁書なのです」


 私の脳裏にふと、タイセン国で聞いたタゼア家を称える言葉が浮かんだ。


 ――不可能すら可能にするタゼア家。


 それは戦時中のタゼア家があまりに有能だったため、ついた呼び名だそうだ。


 不可能を、可能に……。


 銀食器に反応しない毒があるなんて、それまでは誰も考えたことがなかった。

 そんなことは不可能だと思われていた。でも、毒は存在する。

 それは、不可能を誰かが可能にしたということ。


 私は、かすかに震える手を握りしめた。


「もしかして、その失われた禁書に、銀食器に反応しない毒の作り方が書かれていたのですか?」


 コクリと頷いた彼女の頬に、大粒の涙が流れていった。

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