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【第一章】その9

古いテラスハウスの一室をガスランタンで灯すことにより、幻想的な空間がそこに生まれた。

2階建てになった2LDKの間取りは結構広く、アンティークだが家具も一通り揃っていて、ナヴィと二人だけで暮らすには勿体ない位に寛げる。

流石に退屈しのぎのテレビやパソコンは無いが、このヨーロッパ風の異世界は海外旅行でも来たかのように飽きを来させない。


「ミョー!景色がいいのでナヴィ、こっちの部屋!」

1階はリビング、ダイニング、キッチンが全部一緒になっており、2階の2部屋が寝室になっている。寝室は私とナヴィで振り分けることにした。

「ツインベッドだから一緒の部屋で寝れば良いのに…」

「あいさんの心は男何ですよね…変な行動したら即、戻り道(リセット・ロード)ですが、それでよければ」

変なことする気は無いが、勘違いされてスタートの森に戻されても困るので仕方がない。いや、ほんと、これっぽっちも無いよ。


「さあ、男の手料理とやらを、ナヴィに思う存分振る舞うが良い」

「どこのお姫様だ、お前は」

1階に降りるとナヴィはダイニングテーブルに座り、ナイフとフォークを持って「まだか、まだか」と急かしてくる。少しは手伝え。

「簡単だからチキンのシチューにするぞ」

「ミョー!ナヴィ、シチュー大好き!」

買い物袋から鶏肉、玉葱、人参やらを取り出す。

「あっ!ワイン買うの忘れた」

「ミョッ?!ナヴィ飲めないから要らないですよ」

「馬鹿、味付けに使うんだよ。まぁ、いいや。牛乳有るからクリームシチューにしよう」

銅製のペティナイフを手に取り、玉葱を切りだすと涙が出てきた。

「しっかし、よく出来てるな。どう見ても本物の玉葱だ。でもコレ。実際は只の絵で、偽物なんだよな…」

「あんまり〝偽物〟〝偽物〟思わない方がいいですよ。思い込みで逆に味が無くなるかも知れません」

「あっ!それは困る」

「昼間の街の住民の話もですが、感情が不自然と思わずに、ああいった人達だと思えば、普通の人達と感じ得るんじゃないでしょうか…」

「そうかもな…私もクリエーターの端くれだから、どうしても穿った想像力が働いちゃうんだよな」

「あいさんクリエーターなんですか!?何の?」

「正確にはクリエーターを目指しているが、夢破れて彷徨っているフリーターだよ。一応は小説やシナリオ作りとかいった作家系のクリエーターに成りたいとは思っている。応募しても選考に残ったことさえ無い無能だがな」

「ミョー!作家ですか…だからミョーに鋭いんですね。どんなの書くんですか?一度作品を読ませて下さいよ」

「この世界(ゲームの中)のキャラクターがどうやって現実世界の作品を読むんだよ…」

「ミョッ!あっ、で、ですからこの世界で暇な時に作品を書いて下さい。勤務中以外は時間に余裕有ると思いますので…」

「……暇な時は剣の練習して、経験値上げるよ。一応剣士だからな」

「そ、そうですか。あっ、お鍋吹いてませんか?」

「まだ水なんか入って無いぞ。これから材料炒めるとこだし…」


〝ジュッ〟という音と共にオリーブ油の香りが立ち込める。

食材を炒めながら、私はナヴィの正体を推測していた。

この世界(ゲームの中)と現実世界に時間差が有るのが本当なら、外からの操作は無理だろう。ならここに居るナヴィの中には誰かが入っている。

最初は私と同じで、このゲームをプレイしようとして魂を吸い込まれた人物なのかと思った。だが、それにしてはこの世界を知りすぎている。

だいたい現実世界に出ずに、案内係をしている理由が見つからない。

次にオカルトだが、死んだ人間の魂を開発者(デベロッパー)がナヴィに憑依させたと考えた。

魂を操れる話が本当なら、死者の魂も閉じ込めることは恐らく出来るだろう。

これなら現実世界に体が残って無いのだから、戻る必要も無い。長くこの世界に居て詳しくなったとも考えられる。案内係も退屈しのぎなんだろう。

と、考えたが…それならモブキャラも全員死んだ魂を入れた方がリアル感が増すのに、なぜナヴィだけなのか?

倫理的な問題も有るし、ナヴィとの会話からもこれはしっくり来ない。

そうなるとやっぱり一番辻褄が合う答えは……

そして何故私をこの世界(ゲームの中)に入れたのか、理由がだいたい解ってくる……


「ミョー!ミョー!美味しいじゃないですか!あいさん、料理上手ですね!」

「……これ、同じ物食べてるけど、味は食べてる人によって違うんだろうな……」

「ミョ?どうしてです」

「だって人それぞれシチューの記憶は違うだろ。私は私が食べたことの有るシチューの味、ナヴィはナヴィが食べたことの有るシチューの味…」

「もー!すぐ深く考える。もっと単純にこの世界(ゲームの中)を楽しんで下さいよ」

「…そうだな。せっかく貴重な経験をさせて貰ってるんだからな」

「さぁ、そろそろディナーのメインイベントにしましょうよ」

「メインイベント?あっ!そうか。アイテムガチャが有ったな」

「ミョミョ。当たりだといいですねー」

「どうかな…私、ガチャ運無いんだよな…」

私は空椅子の上に有った袋をダイニングテーブルの上に置いた。

袋を開けると上等そうなカルトナージュが出てきた。蓋にはヨーロッパ調の杖を持った女神と鮮やかな孔雀が、細かく丁寧に描かれている。仰々しく紐で括られており、かなり貴重そうなオーラが漂っているぞ。これは期待できそうだ。

いきなりお爺ちゃんになる可能性も有るので、恐る恐る蓋を開けた。

中には茶色い皮表紙の薄い手帳のような物が入っていた。

単行本位のサイズだが……

おっ!これはひょっとして…

そうだよ!隠された秘宝の場所を示す地図、もしくはミッションが書かれたメモだよ!

ここからがこのゲームの核。クエストの始まりなんだ。

まてよ…魔法の秘伝書の可能性も有るか。

どちらにせよ私と魔王の因縁に関係有る物には間違い無いだろう。

このゲームの物語りの謎が少し解明される訳だな……

やっとロールプレイングゲームらしく成ってきたじゃないか。

期待感溢れながら、震える手でその本を取り出して裏側を見た。

そこには目を疑う、信じられない文字が書かれて有った………


          『母子手帳』


「?????????………」

「ミョー!やりましたね、あいさん!当たりですよ!」

「何これ?」

「母子手帳です。大人の女性の必須アイテムです」

「謎解きの暗号?」

「ミョ?何の事です?これはお腹に赤ちゃんが出来た時に必要な手帳ですが……」

「私…妊娠したの?」

「いいえ。でもこの先必ず必要です。その時のために残しておいて下さい。近所の保育園や幼稚園の場所、子育てのポイントなどが詳しく書いて有ります」

「妊娠してから貰う物だよね…母子手帳って……」

「ミョー。何冊有っても困るもんじゃありません」

「いやいやいや。子供居ないのに有っても困るわ。これ売ることできる?」

「ミョツ?!何言ってるんですか?あいさん!母子手帳を売る気なんですか?!」

「いや……いらないからね…」

「はぁ?あいさんは母子手帳がどんなに大事な物か解ってます。何の知識も無く、記録も付けずに子育てが上手くいくと思ってるんですか?」

「いや、だから子供いたら少しは考えるけれど、今いらないから売りたいんであって…」

「あいさん!ネットオークションで母子手帳が売られているのを見たこと有りますか?」

「無いです」

「ほら!みなさい!誰も売らないでしょ!母子手帳ってそれだけ大事なんですよ!あいさん男だから大事さが解って無いんですよ!」

「じゃあ!言葉返すがお前はロールプレイングゲームのアイテムに母子手帳出てくるの見たこと有るか?!」

「さ、探せば有るかも知れません……」

「有るか!!ん、とうに…何だよ!何でロールプレイングゲームのアイテムに母子手帳出てくんだ?クソゲーにもほどが有るだろ…」

「クックッ…クソゲー?………」

「ああクソゲーだよ!変な設定が多すぎる!だいたい……」

〝バアァーン〟

いきなりナヴィがダイニングテーブルを両手で叩きつけた。

明らかに顔が怒っている。

こちらに目を向けずにナヴィは、黙って2階に続く階段の方へと飛んで行った。

「おい!ナヴィ!まだ飯残っているだろ!」

「いりません」

「飯食わないとHP溜まらないんだろ」

「…やっぱり…このゲームもクソゲー何ですね……」

「はぁ?」

「先に寝ます。ご飯いりません」

「おい!待てよ!」

イタチの道(ブロック・ロード)!!」

ナヴィの後を追おうとしたら、いきなりナヴィの杖が橙と黄色に光った。

〝ガンッ〟

「痛ッ!」

何だ?見えない壁でも有るのか?階段の方へ行けない…

「そこから階段までにイタチの道(ブロック・ロード)を付けました。ナヴィ以外は2階に上がれません」

「おい!ナヴィ!」

ナヴィはそう言って2階に消えて行った。

てか、2階には私の寝室も有るんだぞ。参ったな…


「ウ~ン。クソゲーはまずかったか…思わず言っちまった」

仕方ないので私は腹ごしらえを済ませると、後片付けをして暖炉前の古いソファで寝ることにした。

振り子時計の針は、まだ夜の8時半だと教えてくれる。

明日はギルドに7時半か…

朝起きたら現実世界に戻ってくれないかな……

淡い期待をしながら私は眠りに付いた。____





_____ぼんやり頭で薄目を開けると暖炉が目に入った。

現実はそんなに甘くは無く、現実には戻してはくれなかった。

起き上がり、顔を洗って朝食作りに入る。

ダイニングでパンとチーズを切って、サラダと一緒に並べているところで、ナヴィが2階から降りてきた。


「おう。おはよう!しっかり寝れたか?」

「……これ、ナヴィの分ですか?」

覇気の無い顔のナヴィは、テーブルの二人分の朝食を指差しながら聞いてきた。

「ああ。朝ごはんはちゃんと食べろよ。今日は初出社だからな。バリバリモンスター退治してやるから、アシストちゃんと頼むぜ!」

「……クソゲーなのにバリバリやるんですか?」

「ああ、そうだが」

「本当は続けたく無いんでしょ?仕方なくやるんですよね…」

「誰がそんなこと言った。始めた以上は最短で魔王倒してクリアしてやる。私は一度始めたら最後までトコトンやる主義何だよ!」

「クソゲーでも?」

「ああそうだ。いいか、小説でも読み始めは詰まんなくて『何だよ駄作じゃないか!』って、思っていてもだな、最後に鮮やかな大どんでん返しで自分の浅はかさに気付かされる時がよく有るんだぞ。このゲームも最初はクソゲーだと思っていても『ウワーッ神ゲーだった!』って思うかも知れないじゃないか。だから私は最後まで全力でやる。もしクソゲーのままなら私もクリエーター志願者だ。自分で面白くしてやる。解ったら飯食ってHP満タンにして付いてこい!」

「…このゲーム……楽しんでもらえますか?」

「当たり前だ!でないと早起きなんかするか!お前も一緒にバリバリに楽しめよ!辛気臭い顔せずにな!」

「ハ、ハイ!ま、任せて下さい!ナヴィも全力でバリバリアシストしますミョー!!!」

ナヴィはリスのように頬いっぱいにパンを溜めながら、愛らしい笑顔を取り戻していた。

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