【第一章】その8
「我が社を選んだ動機は?」
「モンスター退治したらお金くれるから」
「よしっ!採用!」
目の前には牙が生えた熊のような面接官と、尖った耳に銀縁眼鏡を掛けた書記係が座っている。
面接官は私に採用を告げると、満足げに頷きながら腕組みをしていた。
書記係の方はずっと俯いて何かを書いたままだ。今の会話がそんなに時間をかけて書くほどの内容か?
博物館みたいな古い大きな建物。ここはそこの3階の一室、ギルド内の面接室だ。
面接室に入って僅か10秒で、私はどうやら正社員として採用されたらしい。なんの書類も書いてない。せめて最初に名前位は聞いてくれ。
「では、明日は朝7時半に出勤して下さい。1階フロアで朝礼が有りますから」
書記係から会社概要の書類や簡単な社員証と社宅の鍵を受け取る。社宅はギルドのすぐ裏で最低限の家具は揃っており、今日からすぐ使えるらしい。
「失礼しましたー」
挨拶して面接室を後にする。外には心配顔のナヴィが廊下で待っていた。
「どうでした!」
「採用に決まってるだろ。就職活動もせず、親のコネも使ってないのに一流企業に簡単に入れるなんて、嬉しくて苦笑いするよ」
「ミョッ!そうですよね…就職活動するとか、入社のハードル上げた方がいいですよね…」
「ゲームのメインじゃ無いからこれでいいよ。なんなら飛ばしてもいい」
私達は1階に降り、広いフロアに並んだベンチソファの一つに座った。
フロアは待合室になっており、モンスター退治を頼みに来ているお客で溢れかえっている。
私はもらった企業ガイダンスを読み始め、ギルドのシステムを確かめる。
「なるほどね…ギルドが依頼を受けた仕事以外にも、個人でモンスターを倒したら歩合制で基本給に加算されるのか…」
「はい。土、日は休みですが休日にモンスターを退治すると、休日手当が付きます。勿論出勤時間外にモンスターを退治したら残業手当が付きます」
「なら残業しまくれば貯金できるな」
「あっ、駄目ですよ。残業上限が決まってますので、上限超えると国がうるさいから反省文書かされますよ」
「んなの本人の勝手だろ。国が口をだすなよ」
「ギルドもブラック企業のレッテルを貼られたくないので、残業は余り勧めません」
「モンスター出てても5時回ったら倒さなくていいのかよ。まるでお役所仕事だな」
「そうですね。国が援助してるし、モンスター討伐の役所と考えて下さい。そのぶん安定してますし、老後も安心です。細く長く地道に生きましょう。ミョミョ」
………ゲームの中の世界だよな。確かここ。
「ミョーミョー。そんなに慌てずゆっくり楽しみながら貯金しましょう」
「出来るだけ最短で行きたいんだけどな…とりあえず塒を見る前に武器屋に行きたい。場所を教えてくれ」
「分かりましたミョミョ」
さっき書記係から貰ったギルド社員の証明バッジを胸に付けて外に出る。何かの猛禽類が模られていてカッコいい。
外に出て建物を見ると、ギルドの飾り看板にも同じマークが彫刻されている。何の鳥だろう?
そういえば建物にはおしゃれな飾り看板が多い。見渡しただけでパン、ハサミ、花、コーヒーカップ…それぞれ何屋さんかが一目で分かるようになっている。しかし凝ってるな…
「なぁ、ナヴィ…このゲームの〝開発者〟って何人のチームなんだ?」
「ミョ?〝開発者〟は一人ですよ」
「一人?!これ、一人で作ってるのか?CGグラフィックにプログラム…このゲームの世界全部だぞ!?」
「はい、デザインとかお借りしている物も有りますが、一人で作ってます」
「魂操る能力といい…何者だよ〝開発者〟は?」
「普通の専門学生です」
「専門学生?まだそんなに若いのか?はぁぁぁぁ天才だな…そいつ」
「ミョー…それほどでも……」
「……何でお前が照れるんだ。ナヴィ」
「ミョッ!あっ…〝開発者〟はナヴィを作ってくれた方なので自分のコトのように嬉しいのです。ミョミョ」
「…ところでナヴィ。お前にはAIが備わっているのか?」
「ミョッ?な、何でです?」
「街に着いてから色々違和感を感じた。街の人達にな」
「街の人達?…」
「よく出来ている。本当にまるで生きてるかのようだ。だが感情に限度が有るようだな」
「感情に…ですか?」
「例えばカメムシとの戦い。悪臭が出た時に審判も含めて観衆全員が判を押したように同じ行動をした。中にはお前のように鼻を摘まんだり、息を止めたりしている奴が一人位は居てもいいのにな」
「そ、それは、ナヴィだけ重要キャラなので別プログラムがされているのです」
「公園のアベックも、今の面接官もよく出来てるが、反応に不自然な所が有る。当然だ。ゲームのCG何だから作られた人形感はどうしても消えない。行動もセリフもプログラムされた事以外は出来ないだろうからな。けど、お前は違う。生きた人間のようだ。まるで魂が入り込んでるかのようにな」
「バ、バレたら仕方ないですね。これは企業秘密ですので現実世界に出ても黙ってて下さいね。そうなんです。ナヴィは超高性能AIと繋がっていて、このゲームはその性能を試す為の試作品なんです。び、びっくりしましたか?」
「ふーん。そんな科学の最先端の奴が、魂の存在を肯定するとか非科学的なことを語るとは皮肉だな…」
「ミョッ!…………」
「まぁいいや、暗くなる前に武器屋に行こうぜ」
「そ、そうですね。暗くなると手強いモンスターが出るかも知れないので急ぎましょう」
槍と刀の飾り看板の武器屋は、ギルドのすぐ近くに有った。
ショーウィンドウには『オータムバーゲン、秋の二大武器祭り』という文字が貼られており、猟銃と鎌のような農具にも使えそうな武器がメインで飾られていた。
中に入ってすぐの所にエクスガリバーやデュランダルなどの伝説の聖剣が、有り難みも無く普通にショーラックに飾られている。せめて岩に刺しとけ。
聖剣の値札には五千金貨の文字が。うん、買えるか!ボケッ!
「ナヴィ。やっぱりこれ使うと強くなる?」
「勿論。魔王も簡単に倒せます。一応ローンでも買えますよ」
毎月十金貨づつ返済するとして……四十年以上か。ふざけんな!
「そうだ!魔王倒したらローンも踏み倒して、現実世界に逃げればいいんだ!」
「ミョッ!魔王倒してもローンが残ってたら、返済するまで現実世界には戻れませんよ」
「魔王倒してから破産宣告しても駄目?」
「計画破産の詐欺罪で逮捕され、ゲームオーバーで初めからやり直しです」
「ハァ~…現実世界よりシビアだ……」
一応私は剣士だから剣でないと技の効力無いだろうな…ナイフなら二、三金貨でいいの買えそうだが、剣は五金貨以上でどれも高い。
「竹刀が十銀貨。塩化ビニールの刀が一銀貨。コイツら持っていて意味ある?」
「気休めには成ります」
「要らないな。武器は給料入るまで我慢するか」
武器屋を出てすぐの所にリンゴ、人参、オマール海老が装飾された看板が目に入り、スーパーだと推量して入ってみた。当たりだ。
自炊の方が安く済むだろうし、ここで食材調達しよう。
「社宅にかまどや包丁有る?」
「有りますよ。あいさん料理出来るんですか?」
「ああ、こう見えても毎日自炊してるぜ」
「ミョー!スゴーイ!彼女居るのに自炊してるんですか?あっ!ひょっとして彼女の分も作ってあげてるんだ。本当に優しいですね」
あれ?そうだったけ?まぁ、そうなんだろうな…
「誰かー!万引きでーす!捕まえて下さい!!」
入り口付近でカゴを取ろうとした時、いきなり女性店員の叫ぶ声がした。
来た。イベントの始まりだ。
「万引き犯か…捕まえた報酬は何だ?」
「スーパーから金貨かアイテムの謝礼です」
「上等…」
商品棚の陰から猿のような毛むくじゃらな獣人が、こちらに向かって走って来る。
「チッ!ギルドの社員か…」
猿の獣人は嫌そうに私の胸元を見ながら言った。
見ると手にボイル蟹とウスを抱えている。なぜ万引きでそれらをチョイスした?おにぎりか柿だろうが、そこは…
身を翻し、猿はショーウィンドウに飛び込み、体当たりでガラスを割って逃げ出した。
「待て!コラッ!」
私は入り口から後を追ったが、逃げ足が速い!
「ナヴィ!あの猿、ウス抱えてるのに速いぞ!」
「猿の獣人ですからね…」
「足止めを頼む!」
「かしこまりましたミョー」
ナヴィは杖を回すと、私と猿が走っているストリートに術を施す。
「寄り道!!!」
杖からは青、橙、黄色の光が伸び、道に当たる。
…………んっ?別段変わったことが起きないが…いや、まて、猿が止まっている。
前方の万引き猿は、ピアノの飾り看板の建物に、両手をショーウィンドウにへばり付けたまま止まっていた。
「寄り道に触れると自分が欲しい物の幻覚が現れて、必ず足が止まります」
なるほど…そういう事だったのか……
だから私の目の前に、いきなり綺麗なお姉さんが出てきたんだ。
「それ!幻覚です!足を止めてないで行きますミョー!!」
名残惜しいがお姉さんの幻覚にサヨナラをして、猿の元に行く。
猿がショーウィンドウ越しに何の幻覚を見てるか気になり除き込む。
トランペットかなと、思って見たら携帯型ステレオ装置だった。
幻でもこの世界観で、そんな物が有ったら駄目だろ!
「ガスで動きますから」
動く訳ないだろ!
「油断しています。今ですミョー」
「背後から卑怯だが許せよ…」
あんまり思ってない言葉を呟いて、大きく振りかぶり…
「〝あんたなんか大嫌い〟!!!」
頭をシバいてやった。
「ウキィィィィーーー!!!」
たいしてボケてもいないのに後頭部を思いっ切り叩かれた猿の獣人は、そのまま絶叫しながら気絶して倒れ込んだ。
あっ!〝なんで、ウスだよ!〟って言って叩くべきだたっかな?
かくして私は謝礼をいただき、買い物も三銀貨サービスして貰った。ラッキー。
「謝礼は一金貨か……アイテムが欲しかったが、まぁヨシとするか」
「そういえばフェアリーファイトで貰ったアイテムは何なんでしょうね。楽しみですね」
「ああ、これか。何だろうな?軽いから武器とかでは無さそうだし、書物系かな?」
「ミョー。ご飯食べてからのお楽しみですね」
「ああ、予想もしない物が出て来るかな?」
そして本当に微塵も頭の片隅に無かった物が出て来て、私は驚愕することになる……




