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どこかの世界の兄の話

※流血表現あり

  アイリスの部屋に訪れたのは、初めてだな。


  ベッドの中で目を閉じ、動かない妹から室内へと視線を移し、そんなことを思った。


  妹の部屋は貴族令嬢の部屋と呼ぶには、可愛げが無かった。まるで書斎のように大きな本棚が並び、そこには様々な分野の専門書が並べられていた。


  無駄な物は無く、何も知らずにこの部屋を訪れた者がいたなら、狂気的なまでに熱心な探求者の部屋と勘違いするはずだ。


  天才的な妹の並々ならぬ努力を垣間見た気がした。


  もう一度妹に目を向ける。

  初めて見る妹の寝顔は、あいにく顔色が悪かった。


  殿下から婚約破棄され、倒れたそうだ。


 目を覚ます気配の無い妹を置いて、僕は父と母が集まっている居間へと向かった。


  最近の妹は、異常だった。

  異様なまでに殿下に執着し、ある少女を苛むことに躍起になった。


  既に学園を卒業している僕には、詳しい内情は知り得ないが、平民上がりのその少女は、貴族社会での礼儀を知らないのか、妹の婚約者である殿下と大層仲良くなったそうだ。


  妹がどうしてあんなにも狂ってしまったのか、到底理解出来ないが、狂う程執着していた殿下から見放されたことには、流石に同情した。


  居間に着くと、父と母がそれぞれ席に着いていた。空気は重苦しく、 僕は内心でため息をつきながら、空いた席へと腰を下ろすのだった。


  いつぶりかに集まった家族の会話は、当然アイリスについての事だった。


  話し合いの結果、ほとぼりが冷めるまでは、アイリスを領地の屋敷で静養させるという事になった。その際は、母も付き添う事にしたようだ。


  冷めた家族だと思っていたが、父も母も分かりにくくはあるが妹を心配していることが窺えた。斯く言う僕自身も、こんなに胸がざわつき、落ち着かないのは初めてだった。これを心配しているというのかは、僕には分からないが。


「アイリスの様子を見て来ます」


  そう口実をつけて、居間から出た。実の所は暗い表情の両親が出す空気に耐えかねたのだ。


  妹の私室までの廊下を歩く。


  思えば、妹の事をこんなに意識したのは最近になってからだ。


  父に認めて貰う事に必死になって、周りを見ずに生きてきた。学園を卒業し、プライレス家の跡取りとして、父の元で働くようになってから、ようやく周りを見れるようになった。そして気づいた。


  天才的で聡明だった妹は、理性を無くした狂人になっていた。


  最初は妹に怒りを覚えた。誇り高きプライレス家の者でありながら、家名に泥を塗るなど言語道断だと。それに、妹に関しては“泥を塗る”の域を超えていた。


  しかし、今となっては怒る気にもなれなかった。怒るにしては、妹の行いは度が過ぎていた。


  今はただ、慰めてやろう。


  そんな想いを抱きながら、僕は妹の部屋の扉をノックした。返事は無かったが、特に気にすることも無く、取っ手に手をかけた。


  まだ、目を覚ましていないのだろう。


  そう思い、扉を開いた。とたん、噎せ返るような鉄の匂いが鼻腔に流れ込んできた。


「――っ!!」


  思わず鼻を手で押さえる。

  嫌な予感がした。


  ベッドに目をやるも、そこに妹の姿はない。ベッドだけでは無い。ここから見た限りではその姿はどこにも見当たらなかった。


  視線をさまよわせながら、部屋の中央まで来たところで、僕は息を詰まらせた。


  人は予想外の出来事に見舞われた時、声が出ないものなのかと、頭の片隅で現実逃避でもするように思った。妹は簡単に見つかった。



  血溜まりの中で。



  母親の子宮の中で眠る胎児の様に体を丸め、血溜まりに沈む妹はこちらに背を向けている。その背中からは銀と斑な赤がキラキラと反射した刃が突き出ていた。


  覚束無い足取りで、妹の元へと向かう。血溜まりに膝をつく。ズボンに染み込んできた赤は温かった。そんな温もりとは対照的に、触れた妹は冷たかった。触れた指先から伝染するように、自身の体も冷えていく錯覚に見舞われた。


  顔に被さる髪をそっと退けてやると、妹の表情が窺えた。表情と呼ぶにはあまりにも無機質だ。


  これまでの妹は確かに人形のような一面があったが、今の姿に関しては本当に精巧な人形としか思えなかった。


  剣の柄を握りしめる妹の手は思ったよりも強固で、傷付けずに外すのに苦労した。細い体を貫く剣をゆっくりと抜き取り、血溜まりから妹をすくい上げる。


 ぐったりと、自身の腕の中で完全に身を任せる妹の体は驚く程に軽かった。


  妹を連れて、まだ父と母がいるであろう居間に向かう。


  赤い足跡と妹から滴る赤が、不本意にも血溜まりへと繋がる道を作った。


  廊下ですれ違う使用人が何か言っているが、僕の耳には届かない。


  居間の両扉の傍に控えていた使用人が目を見開き、息を詰まらせた様子に、先程の僕もこんな感じだったのかと思った。


「開けろ」


  職務を放棄し、硬直する使用人を無理やり動かす。開かれた扉の先では、こちらに視線を向けた父と母の姿があった。


  目をこれでもかと見開き、一声も発しないその様子に、皆そうなるのかと知りたくもない発見をした。


  その場で固まる父と、こちらに駆けてくる母を茫然と眺めながら思った。


「……馬鹿だよな、僕達」

閲覧ありがとうございます。


どこの世界の兄なのかは明白ですね!

どこかの世界のアイリス亡き後のプライレス家のその後についてや、それぞれの人物視点の話も途中途中に挟んでいけたらと考えています!

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― 新着の感想 ―
[一言] とても面白いです!一気に読んでしまいました……楽しい時間をありがとうございます!
[良い点] どこかの「その後」の世界線を交えたストーリー展開、とても好みです! [一言] 大変楽しく読んでいます! 登場人物、みんな不器用で可愛らしいですね。 続きを楽しみにしています!
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