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異世界で家政婦はじめました  作者: kiki
1st Chapter
9/20

Story 07

 ニーナ嬢へ


 拝啓 花がほころび、春の日差しを感じる季節となってまいりました。

 ニーナ嬢におかれましては突然の見知らぬ世界で戸惑いや不安が多々あるかと思います。心中お察しします。

 つきましては……堅苦しいの面倒臭くなってきちゃった。


 えーとね、ニーナ嬢が第零隊騎士館寮の家政婦をするにあたっていくつか説明と条件があるから、しっかりと覚えて守ってね。


 1.急ぎニーナ嬢の部屋を用意したよ。もともと物置小屋だったから、多少窮屈に感じるかもしれないけど必要なものはある程度揃えたから、あとは自分で好きなようにしてねー。

 あ、化粧品類、下着類とかは妻子ある私からは用意できない為、アンに頼んでね。アンの事だから喜んで用意してくれると思うよ。


 2.家政婦の仕事内容については3日後に帰国するダグラスっていう騎士に聞いてね。ニーナ嬢が来るまでの間、大体のことはダグラスがやってたから、仕事内容は本人に聞いた方が早いんじゃないかなー。ダグラスが帰ってくるまで騎士館の片付けやら掃除をしてたら余裕で3日は掛かると思うから、気長に待っててねー。


 3.ニーナ嬢の部屋の本棚にパールホルム公国についての本をいくつか用意させてもらったよ。パールホルム公国出身っていう設定だから、ボロが出ないように熟読しておくこと。もし聞かれても分からないことがあったら「ナニ言ッテルカ分カラナイ」って言えば当分、通用するよ。

 あと、この世界での常識や歴史、この国のこと、知識として必要だと思うものを、私の独断と偏見で本をいくつか本棚に入れておいたから、こっちも時間がある時に読んでみてね。


 4.生まれはパールホルム公国アモナ村育ち。魔力は10、属性は風。属性力は極めて低く、(カテゴリー)はEE((カテゴリー)についてはシュロイズに聞いてね)っていうことになってるから、これは1番に覚えてね。


 5.現時点でニーナ嬢の素性を知っているのは私、ヴァン、シュロイズ、アンの4人。ニーナ嬢を守る為にも、くれぐれも異界から来たという事、魔力と属性がない事を周囲に漏れないよう気を付けて。何かあったらすぐ報告してね。


 ニーナ嬢がこの世界で、この国で、少しでも安心して暮らせるよう、陰ながら応援しているよ。


 なお、この書状は証拠隠滅の為、読了後数分で消滅するよー。

 しっかり覚えてお仕事頑張ってね。


 今後は多忙な日々が続くと思われますので、くれぐれもご自愛いただき、存分のご活躍をされますようお祈り申し上げます。 敬具

 マーヴィス・ウル・ド・ヴェルフェイム




「消えた……!!」


 消滅という文字通り、陛下からの書状は小さなたくさんの光の粒となり、光が消えると共に跡形もなく私の手から消えた。


 シュロイズさんの案内で、私は今、自室となる小屋にいた。

 場所は第零隊騎士館寮の敷地内にある元は物置小屋で、広さは約18帖ぐらいだろうか。物置小屋だからか、キッチンや浴室といった水回りの設備はなかったが、日本でリビングと寝室がそれぞれ6帖の1LDKに住んでいた私にしてみれば、充分過ぎる広さだ。

キッチンとトイレ、入浴は第零隊騎士館寮内のを使用してほしいことをシュロイズさんからお願いされたが、得体の知れない異界人に衣食住と給金の保障をしてもらった身だ。もちろん文句はないし、物置小屋の中にまだいくつか物が残った状態でも、住む場所があるというだけで満足だ。あとは住めば都ということわざを信じよう。


「もう少し時間があったらちゃんと片付けられたんだけどね」


 ごめんね、と謝るシュロイズさんに全力で首を横に振る。

 どうやら陛下に報告に行った後、ヴァン団長の執務室に来るまでここの片付けをしていたようだ。本来なら住むべき私が片付けるべきであって、シュロイズさんが謝る事ではないのに。


「陛下の書状にも書いてあったけど、私の別命ってニーナの衣類とか化粧品全般を揃えたら良いのかしら?」


「そうそう。女の子は何かと入り様でしょ?」


「任せてちょうだい。夜までには用意するから、また後でここに来るわ」


 陛下の言った通り、アン先生は目を爛々とさせる。

 砦の時も思ったが、彼女は面倒見が良くいろいろと世話を焼いてくれる。今も、ニーナは綺麗というより可愛い系統だから濃い色より淡い色が似合いそうね、とか、美白にもち肌だから化粧水はさっぱりよりしっとりね、など、私の髪やら肌やら体を入念にチェックした後、楽しげに小屋を出て行った。


 何から何まで至れり尽くせりで、申し訳ない気持ちになってくる。


「ニーナちゃんが気に病むことじゃないよ。それに勝手も何も分からないニーナちゃんが全部1人で準備しようとしたら、何日も掛かるだろうし、何より無一文なんだから、ここは俺達に甘えておきなってー」


 無一文と言われたら頷くしかない。

 今私が持っている物といったら、ボロボロになったウェディングドレスと、挙式用に身に付けていたジルコニアのアクセサリー類。この世界でお金に変えられるような物ではないだろう。

 給金が入ったらお礼をしようと、密かに決意したところで、シュロイズさんが“(カテゴリー)”について説明してくれた。


 (カテゴリー)とは、魔力と属性力の等級を表したもので、左に表記されるのが魔力、右に表記されるのが属性力なのだそうだ。

 一番下のEが10、Dは20、といったように、等級は10ずつ違い、私の設定であるEE(カテゴリー)は魔力10、属性力10を表している。魔力10は生活するのに困らない魔力量で、属性力10は風で例えるなら5m離れた蝋燭の火をそよ風で吹き消す程度の小さな力。

 魔力や属性力を測定する魔道具にさえ触れなければ、魔力と属性がない私は1番最弱のEE(カテゴリー)と称している為、この国で生活していても怪しまれないそうだ。


 一般的にはCからDの(カテゴリー)の人が多く、光属性と闇属性は魔力、属性力ともに50以上保持の為、“SS(カテゴリー)”となる。

魔力、属性力どちらかがB級以上だと上級(ハイ・カテゴリー)。CからD級は中級(ノーマル・カテゴリー)。それ以下を低級(ロー・カテゴリー)と分類される。

 そもそも何故、(カテゴリー)というのがあるのか。それはこの世界の多くの国に魔法組合(マジー・ギルド)と呼ばれる、(カテゴリー)を各用途に合わせ派遣する職業斡旋組合が存在するからだ。

 魔法組合(マジー・ギルド)に所属している者を魔導士と呼び、この世界では一般的な職業で、仕事内容は多岐にわたる。

 仕事の依頼が難しければ難しいほど、報酬は高い。仕事の依頼内容も(カテゴリー)分けされていて、“上級(ハイ・カテゴリー)向け”の依頼は上級(ハイ・カテゴリー)の魔導士しか受けることが出来ない。だから仕事をするうえで、(カテゴリー)を明確にしている必要があるのだそうだ。


 この国の国民は全員、身分証明を示す銀時計が国から配布されていて、銀時計の中には国民番号、氏名、生年月日、血液型、職業(職に就いている者のみ)が、裏面には属性と(カテゴリー)が刻印されてある。王城に入る際、提示するのがその銀時計になる。

 この身分証明は国や民族によって形が異なり、ある国はプレートタイプのネックレスだったり、国に属さない遊牧民族は護身用の短剣に刻印がされていたりと様々なようだ。


 ちなみにパールホルム公国は気候の穏やかな小さな島国で、海を挟んだ隣国との長期に渡る戦乱で情勢が乱れ、難民や密航者が多かった。結果、ここ数十年、自国の国民に身分証明の配布が行えずにいた。

 陛下はそこに目をつけたのだろう。身分証明を偽装すれば、すぐにバレてしまう。だったら身分証明のない国の出身にすれば良い。その代わり、持たされたのは在留証明となる赤胴で造られた懐中時計だった。裏面にはちゃんと“属性 風/EE級”と刻印されている。これがあれば私も王城の正門から出入りが出来る様になるらしい。


 陛下からの書状や、私の部屋、在留証明の懐中時計の用意周到さを見ると、陛下はヴァン団長の執務室に来る前から、私を第零隊騎士館寮の家政婦にする気だったのだろう。

 というか、それ以外の選択肢を私に与える気はなかったんじゃないかと感じる。


「ここまで、何か質問はある?」


 一通り説明を終えたシュロイズさんが私に聞いてきた。

 こちらの世界では当たり前だろうことも、彼は嫌がらず丁寧に分かりやすく説明してくれた。

 そのお陰で今のところ分からないことはない。というか、何が分からないか分からない状態の為、あとはやりながらその都度確認していくことになるだろう。


 ただ、ひとつ。聞いておきたかったことがある。


「……ヴァン団長、何故反対?」


 ヴァン団長は何故、私が第零隊騎士館寮の家政婦になることを、あれほど頑なに反対していたのだろう。


 私がいたら迷惑なのだろうか。


「ヴァンはさ、ニーナちゃんの事が心配なんだよ」


「心配?」


「そう。俺達、闇属性はちょっと特殊でね。特に第零隊騎士館寮(ここ)にいるのは()()()()()()()なんだ」


「ややこしい、どんな?」


「人嫌い、引き篭もり……それぞれ違うけど、共通して言えるのは第零隊騎士館寮(ここ)以外の人間を受け入れない、かな。だからニーナちゃんのこともあいつらは拒絶するよ」



 ーーー拒絶するよ。



 推測ではなく断定的な言い方に、私は何も言えなくなる。

 拒絶されるのは悲しく、つらい事だと私は知っている。母が亡くなって引き取られた遠い親戚の家で、数か月間私は拒絶され続けたからだ。確かに私は存在しているのに、空気のようにいない存在にされる。存在自体を拒絶され、声を上げれば二度と立ち上がれないよう力で捻じ伏せられる。たった数ヶ月のことだったけど、幼い頃の私にはそれはとても長く、永遠に続く地獄のように感じた。


 また拒絶を味わうのかと思うと、正直足が竦む。

 けど、与えられた仕事をやる前から諦めるという選択肢は、自分の中にはない。それに今の私は幼い頃とは違い、根性も忍耐も諦めの悪さも備わっているのだ。

 陛下から頂いたチャンスを無駄にはしたくない。


 第零隊騎士館寮の家政婦をやる。その決意が揺るがないと見なしたのか、シュロイズさんは困ったように笑い溜息をついた。


「どんなにあいつらが反対したところで、これは王命だから覆ることはないんだけどね。だからこそ反発もあるだろうし、ニーナちゃんが傷付く可能性もある。それをヴァンは心配しているんだよ」


「……どうしたら良い?」


「そうだなー。第零隊騎士館寮(ここ)でうまくやっていきたいなら、()()の中に入って来ないことだね」


 シュロイズさんからの予想外の言葉に、私は反応が遅れた。


 俺達の中に入って来ないことーーーそれはつまり、シュロイズさん自身も含まれているということで、目には見えないがはっきりと壁というものを感じた。


 出会ってからこの物置小屋に来るまで、優しく接してくれたシュロイズさんが発したとは思えない発言。表情も声のトーンも、今までと変わらず穏やかで人好きのする雰囲気でありながら、彼からの言葉には棘がありーーーそして目が全く笑っていなかった。


 口角は上がっているのに、全く目が笑っていない状態のまま、シュロイズさんは呆然としている私に構わず言葉を続けていく。


「任務を終えた奴らが夕方に帰城する。そうしたらニーナちゃんの事をヴァンから紹介すると思うから、それまで物置小屋(ここ)で待機しててねー。間違っても無断で出ようとしないこと。我が身が可愛いと思うならね」


 この人は私の知っているシュロイズさんなのだろうか。

 いや、そもそも()()()が本来の彼なのかもしれない。だって彼と出会ってまだ1日半しか経っていない。異世界に転移して魔獣に襲われ、心身共に疲労困憊していた時に優しく接してもらって、彼の為人(ひととなり)を分かった気になっていただけだ。


 私がそんなことを考えているうちに、シュロイズさんは小屋の扉の前に立っていた。

 ドアノブに手を掛けたまま、美々しい顔を私に向ける。


「さっきのはアドバイスじゃない。警告だよ」



 バタンーーー



 静かに閉められた扉の音が、やけに響いて聞こえた。



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