Story 08
警告ーーーーー
それは禁止しうる行為を伝えたい場合だったり、相手にとって不都合が生じる場合による事前通告だったり、最終通告に使用される言葉。
シュロイズさんが言う“警告”には禁止と事前通告のふたつが含まれているように感じた。
第零隊騎士館寮にいる騎士達に深入りしないこと。それを守らなかった場合、なんらかの不都合が私に生じる……のだと思う。それがどんな不都合なのかは、皆目見当もつかないが。
何故、シュロイズさんは私に警告したのだろう?
第零隊騎士館寮の騎士達に受け入れられないこと、騎士達に深入りしないようにと言われた時は、正直ショックを受けた。
「おまえ、嫌われるよ」と言われて傷付かない人間は、まずいないだろう。私は打たれ強くなったが、鉄のハートを持っているわけではない。
けど、今になって思うのは、何故それを前もって言ったのか。
騎士達に受け入れられないことは、のちのち嫌でも分かることだ。拒絶されると自分で言うのも虚しいが、シュロイズさんが断言するほどなのだから、そうなのだろう。
警告とは、良くない事態が生じそうだと気を付けるよう、告げ知らせること。
そう考えると、私の身を案じてくれたのでは?とも思うが、言葉とシュロイズさんの表情が一致しないのだ。私の為ではないなら、誰の為に?
それに、そもそも拒絶されたら深入りも何も出来ないのでは、とも思う。だからシュロイズさんの言葉に少しの違和感と矛盾を感じたのだ。
いくら考えても、シュロイズさんの意図が分からない。
一体、第零隊騎士館寮は何なのだろう……?
闇属性はちょっと特殊だと言っていたが、砦でアン先生から聞いた闇属性の話とは別に、私の知らない何かがあるのだろう。
私がこの世界のことで知っていることは、たかが知れている。子供ですら知っていることも、私は知らない状態なのだ。
シュロイズさんが小屋から出て行ってから、私は小屋の片付けをしていた。
動いていないと彼に言われたことをいろいろと考えてしまい、じっとしていられなかったのだ。ざっと小屋の中を見渡し、ベットの感触や窓の開け方を確認したり、私の為に用意されたであろう物を一通り見た後、まだ手を付けられていない積まれただけの物の片付けを始めた。
結局動いていても、考え耽ってしまったからどちらにせよ関係なかったけど。
動かしていた手を止め、小屋の奥にある本棚に目を向ける。
その本棚には陛下が用意してくれた様々なジャンルの本が置かれてあった。世界地図や世界史、宗教学、辞典もあれば料理本や何故か児童書まである。
こんなにもたくさんの本があるのだ。どこかに闇属性について何か記述されてある本があるかもしれない。
そう思った私は本に手を伸ばし掛けて、止めた。
生きていく為に不可欠であり、人なら当たり前の生理現象が起きたからだ。
シュロイズさんが出て行ってから、すでに陽は傾き始めている。この小屋に来た時は昼を過ぎた辺りだったから、大分時間が経っていた。
我慢出来ないこともないが、夕方に第零隊騎士館寮のメンバーに紹介すると言っていたし、ヴァン団長かシュロイズさんが迎えに来たらそのままみんなのところまで案内されるのだろう。その時に勇気を出して言えるかといったら、言えない。なんだか乙女として失格な気がする。
単刀直入に言おう。無性にトイレに行きたい。
でも、無断で小屋から出ないようにって言われているし。
……シュロイズさん、ごめんなさいッ!!
悩んだ末、こっそりと小屋から出てトイレを済ませた。
幸いにもトイレは小屋から出て比較的近い場所にあり、誰にも会わずに済んだ。そのまま誰にも会わないうちに小屋に戻ろうとしたが、途中で食堂らしきところが見えて思わず歩みが止まる。
家政婦として働くうえで、自分の職場のひとつとなる場所だ。
異世界の台所事情がどうなっているのか、好奇心と興味が湧いたが、無断で小屋から出てきていることもあり、今は見ることは断念して、小屋に戻ろうと再び歩き始める。
と、後ろから誰かに腕を掴まれ慌てて振り返った。
「誰だお前?」
「あ……」
ヴァン団長でも、シュロイズさんでもない、知らない人だった。
鳶色のウルフカットの髪は無造作で、透明感が高いアンバーの瞳は鋭い視線で私を睨み上げていた。ジャラリと重たそうなネックレスをした首元は大きく開けていて、スラックスは腰より少し下に下ろされている。着崩されたそれがヴァン団長と同じ漆黒の騎士服だと気付くのに遅れた。短い髪から覗く両耳に輝く無数のピアスと着崩された服が、日本でいうところの不良を彷彿とさせた。
ヴァン団長ほどではないが、訓練で鍛えられたであろうがっちりとした体格。
そんな体格の人物に掴まれた腕は捻り上げられ、私の腕はギリッと痛みを訴えた。痛みで眉を顰めてみても、男が私を見下ろす表情は変わらない。
「どっから入ってきやがった。金か身体を使って入ったのか?言えよ、誰の差し金だ?」
「ち、ちが……」
「あ?俺は誰の指示だって聞いてんだよ。答えろ」
「私……」
「はあ?聞こえねーよ。誰狙いだ?ハディか?それともアルか?残念だったな。あいつらだったら少しは穏便に済ませてくれただろうが、俺は女でも容赦しねぇ」
掴まれた腕に、ギリッとさらに力が込められる。
男の言うように追い出そうとしてるのか、それから強い力で物置小屋とは逆方向に引き摺られていく。抵抗しようと足を踏ん張るも、騎士である男に女の力など赤子同然なのか、あっという間にズルズルと玄関ホールまで連れて来られた。
カツン、と自分の靴の音が、吹き抜けの広い玄関ホールに響き渡る。
ホール一面、大理石で造られた床に、天井には眩しい程のシャンデリア。奥には上階へと続く緩やかなカーブを描いた階段。こんな時でなければゆっくりと見たいぐらい豪華絢爛な空間なのに、今の私にそんな余裕はない。
男は私をホールの真ん中へと突き飛ばすと、まるで親の仇でも見るような目つきで見据える。
私には突然の怒りをぶつけられる理由も、理不尽な扱いを受ける理由も、なにひとつ思い当たらない。何故自分がこんな目に合っているのか分からず、混乱しながらもこの男にどうにか説明しようと口を開こうとした時だった。
「なんですか、それは」
ロートアイアンの手摺の2階から、男がこちらを見下ろしていた。
前髪と襟足が長めのサラリとした藍色の髪に、右目に黒い革の眼帯を付けている。180cmは超えているであろう長身に見合ったすらりと伸びた手脚。私の腕を掴んでいた男と違い、きっちりと漆黒の騎士服を着ていて、遠目からでも美丈夫だというのが分かった。
その眼帯の男の後ろから、隠れる様にこちらを窺っているのはフードを被った人物。
眼帯の男よりも小柄で、私より少し身長があるぐらいだろうか。全体的に線が細く、フードで顔が隠れて性別の判断が出来ないが、こちらも同様、漆黒の騎士服を着ていることから騎士であることは見て分かった。
そして彼等が、シュロイズさんの言うややこしい奴等なのだということも分かった。
「見て分かんだろ、アル。部外者だよ、部外者」
「またですか。それにしても、間抜けな間者ですね。部外者は立ち入り禁止になっている筈なのですが、ご存知なかったのですか」
「どうせ、捨て駒扱いだろうよ。それかハディの熱狂的な追随者か」
ハディ、と呼ばれた小柄な騎士がビクリと大袈裟なほど体を揺らす。そしてさらに奥へと隠れてしまった。
「ハディをむやみに脅かすのは止めて頂けませんか。部屋から出て来なくなって迷惑を被るのは僕なんですよ」
「へいへい。で、どうするよ、こいつ」
「ランセスにお任せしますよ。警邏隊に突き出しても良いですし、どこかの森に捨て置いても良いと思います。ただし、僕は忙しいので手は貸しませんよ」
「俺に丸投げかよ」
低い声で唸る男が苛立たしげに舌打ちをした。
それから未だ混乱している私を一瞥し「面倒臭ぇ」と吐き捨てながら、再び私の腕を捻り上げた。
「私、間者、違う……!!」
「異国民かよ。金ほしさにやったのか」
「待っ……!!」
「うるせーなぁ」
捻られた腕に食い込まれる指が痛い。
痛みで思わず顔を歪め、奥歯を噛んでそれに耐えた。
このままでは本当に追い出されてしまう。
ここを追い出されたら、この世界でどうやって生きていけば良いんだろう。
陛下から頂いたチャンスを逃してしまえば、二度と同じチャンスはもらえない。だから意地でもここに踏み留まらなきゃいけない。
この時の私は混乱のあまり、ヴァン団長やシュロイズさんから彼等に説明してもらうという選択肢がすっかり抜け落ちていた。
私を容赦なく睨み付ける男。
心底迷惑そうに私を見下す眼帯の男。
怯えるように私から隠れる小柄な騎士。
男達の表情は決して友好的とは言えない。むしろ対照的なもの。話を聞いてくれそうな雰囲気もない。
この場がまるで断罪の場のように感じて、ホールには私と男達しかいないと分かっていても、無意識に助けを求め辺りを見渡した。
「あ……」
いつの間にそこにいたのか。
見知った人物が壁に凭れ掛かっているのが視界に入り、思わずその人物を呼んだ。
「シュロイズ、さ……ん」
名前を呼ぶ声が尻すぼみになる。
静かに傍観していた彼は、私を見て笑っていたのだ。
嘲笑うでもなく、小屋で見たのと同じ、表情筋だけで笑っているような笑顔。
だから言ったでしょ?---そんな風に言っているのが聞こえてきそうだった。
シュロイズさんは焦るでもなく、ゆっくりと近付いて来ると、私の腕を掴んでいた男の後ろからその手を抑えた。
「はいはーい。そこまでだよ、セス」
「シュロイズ?なんで止めんだよ」
「この子、間者じゃないから。あとで紹介するつもりだけど、第零隊騎士館寮の家政婦をすることになった、ニーナちゃんでーす」
「はぁ?何言ってんだよ?」
「冗談じゃないよ?これ王命だから」
「おい、どういうことだよ?」
「詳しくはヴァンから聞いて。もうすぐ来るから。あ、ほら」
ほら、と視線の先を追うと、足早にホールに入ってくるヴァン団長の姿があった。
ホールの中央にいる私と、私の腕を捻り上げるランセスと呼ばれた男、ランセスの手を抑えるシュロイズさんの3人を見た後、事態を理解したらしい。
「何の騒ぎだ」
「事情を知らない側とニーナちゃんでトラブったみたい」
シュロイズさんはそう言うと「ほら。いい加減、手放しなー」と私の腕を掴んだままのランセスの手に手刀を落とす。
納得をしていないランセスは、眉間に皺を寄せて私に向かってガンを飛ばし、渋々と掴んでいた腕を放した。手を離されても、掴まれたところがジンジンと熱を持って痛みはなかなか引かない。
「団長、家政婦ってどういう事だよ?」
「今からそれを説明する。アル、ハディ、降りてこい」
ヴァン団長を中心に、両脇には私とシュロイズさんが。
正面向かい側にランセスと、2階から降りてきたアル、ハディが並んだ。ランセスは未だ、私にガンを飛ばしている。肩身の狭い思いをしながらも、私はなるべく俯かず、前を見るよう自分を奮い立たせた。だって私は何ひとつ悪い事はしていないのだから。
「まずは皆、任務ご苦労。任務中、問題は起きなかったか?」
「問題なら現時点で起きてるけど」
「口を慎め、セス」
「うっす」
「話を続けるぞ。本日、正午に王命が下った。ここ、第零隊騎士館寮に家政婦の配属が決まった」
「ヴァン団長。何故今更、家政婦の配属が決まったのでしょうか?陛下は何をお考えで?」
「……陛下はダグの負担を憂慮されておられる」
「いやいや、ダグのあれは趣味だろ」
「では、このままダグをタダ働きさせる気か?趣味と称している限り、あいつがここでどんなに家事をしようとも給金は支払われないんだぞ。ダグの職は騎士であり、間違っても家政婦ではないんだ」
「だからって俺達に家政婦は必要ねーよ。今までだって俺達だけでやってこれたんだ」
「ランセスの言う通りです。そもそも第零隊騎士館寮は同じ騎士の称号を持つ者を除いて闇属性以外、立ち入り禁止の筈では?見たところ、闇属性のようには見えませんが」
「彼女の属性は風。級はEEだ」
「EE級ですか。でしたら、別に第零隊騎士館寮でなくても良かったのでは?王城の洗濯女中が人員不足だと聞きましたよ」
眼帯の男、アルはゆったりと穏やかな口調なのに、遠回しに違う場所の仕事を勧めてくる。
最初から歓迎されていないことは明白だったけど、あからさまな拒絶に分かってはいたものの落胆せずにはいられなかった。
「彼女は見ての通り異国民だ。祖国に残してきた家族の為に高給職を希望している」
「第零隊騎士館寮は他の騎士寮に比べたら10倍の給金だからねー」
「陛下と彼女の要望が合致したということですか……」
「そうなるな」
「俺は納得しない」
「セス、納得するもしないもこれは王命だ。俺達が何を言おうがそれは覆らない」
「だったら勝手にすりゃあ良い。おい、女!!」
「女じゃない、彼女はーーー」
「団長、俺は自己紹介する気はねぇよ。おい、女」
ランセスが言葉を遮り、鋭い視線を私に向ける。
「……はい」
「家政婦の仕事は勝手にやりやがれ。だが、俺はおまえの飯はいらねー。俺の部屋の掃除もしなくて良い。俺に家政婦は必要ない」
「……」
「ランセス同様、僕の分の食事、洗濯、掃除はやらなくて結構です。自分のことは自分で出来ますし、何より僕は女という生物が心底嫌いですので、出来れば僕の視界に入らないで頂きたいです」
「……」
口調は変わらず丁寧なのに、出てくる言葉は辛辣。余程、女が嫌いなのか、酷く汚いものを見るような目で見てくる。
アルの騎士服の袖をハディは少し下がったところから、くいくいと控えめに引っ張った。身を屈めてハディに耳を近付け何かを話した後「分かりました」と頷き、アルは再び私に向き直った。
「ハディもだそうです。毒を盛られては困ると言っています」
「……」
「分かったかよ?俺等は王命だからって簡単に納得する気も、お前を歓迎する気もねぇから」
ランセスはそう吐き捨てるように言うと、これ以上話をする気はないのか、2階に向かって歩き始め、アルとハディも後ろに続いた。私は彼等の背中を呆然と見ているしかなかった。
隣を見れば、ヴァン団長は深い溜め息をつきながら、額に手を当てている。
その隣のシュロイズさんは、この場のピリピリとした空気にそぐわない呑気な声で「こうなるって予想はしてたじゃん?」とヴァン団長の肩に手を乗せていた。
疲れた様子で肩を落としたヴァン団長が、私に心配気な視線を寄越し、それに苦笑いで返す。そして2階に上がろうとしていた彼等に視線を戻した。
私が一体、彼等に何をしたというんだろう?
間者だと疑われ、話も聞いてもらえず、一方的に拒絶の言葉を聞かされ……
怒らせるようなことをした?酷い事をした?嫌われるようなことをした?いや、初対面なのだから出来るはずもない。
彼等は私という突然現れた部外者が気に入らないだけだ。
だからってどうしてここまで敵意を向けられなきゃいけないのだ。
第零隊騎士館寮以外の人間を受け入れない。だからニーナちゃんのこともあいつらは拒絶するよーーー
部外者を拒絶する理由が、彼等にはあるのかもしれない。
でも、だからなんだ。彼等に事情があるのと同じように、私にも事情がある。
私は彼等に拒絶されようとも、嫌われようとも、この世界で生きていく為に第零隊騎士館寮で働くしかないのだ。
すぅ、と息を深く吸い込み、細く長く息を吐く。
意を決して彼等の後を小走りで追う。私の足音に、すぐに彼等は気付いて振り返った。
ランセスはいの一番に睨んでくるが、バチッと視線が重なっても、怯むつもりはない。
拒絶したいなら拒絶すれば良い。私は私に与えられた仕事を全うするだけだ。
「第零隊騎士館寮の家政婦、することなった、新菜・安藤です」
にっこり、微笑んで彼等を見れば、目を見開いていた。
私が笑い掛けると思っていなかったのだろう。理不尽な扱いに傷付いたし、怒りもした。
でも、怒りと怒りは衝突するだけだ。私は彼等と喧嘩したいわけではない。私が第零隊騎士館寮の家政婦をするのに対して納得も、歓迎も、受け入れられなくても良い。
ただ、部外者ではないと認識してしてほしかった。
私の意図を理解したのか、ランセスのこめかみには青筋が立ち、アルからは表情がスッと消えた。ハディに至っては完全に2人の後ろに隠れて私からは見えなくなる。
「貴女は第零隊騎士館寮がどんな場所で、僕達がどんな人物か良くご存知ないのですね」
「お前、第零隊騎士館寮に来た事、絶対後悔すんぞ」
「後悔、しない。ここ来る、自分、決めた」
確かに第零隊騎士館寮で家政婦をすることは王命だ。
陛下に引き受けるよう誘導はされど、最終的に決断したのは私自身だ。
私は、この世界の、この国で、家政婦として生きていく。
そう決めたのは誰でもない、この私だ。
睨みはしなくても視線を逸らさずにいると、先に視線を外したのはランセスだった。
「勝手にしろ」
チッと舌打ちをして、今度こそ2階へと上がって行く。
姿が見えなくなって、不機嫌そうに閉められた扉の音が聞こえるまで、私はその場から動けなかった。
「大丈夫か?」
「あ、はい……」
ヴァン団長に声を掛けられると、自分が思っていた以上に緊張していたことに気付いた。
肩には力が入り、力み過ぎた身体を元に戻す為、息を吐きながらゆっくりと手を開くと掌には食い込んだ爪の跡が残っていた。




