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救国の条件  作者: 森戸玲有
終章
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終章 ②

「さっ! ミヤカちゃん。しっかりやるんだぞ!」


 ノエルは、問答無用でミヤカの背中をきつく叩くと、足早にその場から去ってしまった。


(何をどう、しっかりすればいいんだろう?) 


 微風と陽光が絶妙に相俟って、彼の金髪を輝かせていた。

 リカルトは、後ろで両手を組んで、ミヤカが来るのを待っているようだった。

 正装姿のリカルトを見るのは、三回目だったが、ここまで完璧に詰め入りのチュニックを着こなしている姿は初めてだった。

 何だか、妙に照れてしまう。


「…………あっ、あのさ」


 ミヤカは、ごくりと息をのんだ。

 そのままひれ伏してしまいたくなるほど、圧倒的な存在感を放つ彼に動揺して、つい、声が震えてしまった。


「……ど、どうして、王子は正装なんかしているの?」

「ああ、これは、姉さまに着ろって言われて……」

「ノエル様が、何でまた?」

「一世一代の大舞台だからって」

「やっぱり、大舞台なんだ……」

「いや、それはいい。姉さまのことなんて、どうだっていいんだ。こういうのは、ちゃんとしなきゃいけないって、かねてから、俺はずっと考えていたんだ」

「なるほど、こういうことって……。もしや」


 ミヤカは、ぽんと手を叩いた。


「ああ、わたしが記憶喪失だった間の、恥ずかしい言動を詫びたいって、そういうことか?」 

「……そんな訳ないだろ! 馬鹿にしやがって!? 俺だってな、あの時、恥ずかしいこと言ってるって、自覚はあったんだ。でも、仕方ないだろう。今まで一度も女を口説いたことなんてなかったんだから!」

「そうか……。分かったよ」


 ここまでムキになるほど、あの求婚は、リカルトにとって、忌わしいものだったらしい。

 人一人の命が懸っていると思って、人の好いリカルトはなりふり構わずに疑似恋愛に走ってみたのだろう。

 きっと、そういうことだ。


(悪いことをしたな……)


 つい、照れ隠しで、からかってしまった。


「でも、他に食事会から抜け出してまで、呼ばれる理由が思いつかなくて……」

「お前、わざとぼけてないか? 察しろよ?」

「その恥ずかしい口説き文句の数々を忘れてほしいということなら、ちゃんと忘れるから」

「なぜ、そうなる? 俺はな、この日のために、姉さまの力を借りてまで、お前と二人きりになったんだぞ? この意味が分かるのか?」

「…………うーん、そういえば、学生の頃、王子に呼び出されたつもりで、資料室に行ったら、怖いお姉さまたちが待ち構えていたことはあったけれど……」

「そんな忌わしい記憶は、掘り返さなくていいから……。分かった。ちゃんと伝えるから」

「どうぞ」


 リカルトがごくりと息をのんだので、ミヤカも真摯に向かい合った。


「実は、俺は明日から学校に戻ることとなった。お前も実家に戻るんだったな」

「……そう……だね」 

「お前も知っていると思うが、俺は、まだ学生だ」

「うん、よく知っているよ。同い年じゃないか」

「今年で一年だ。あと三年したら、落第でもしない限り、卒業するだろう」

「貴方のことだから、平気だと思うけど、勉強は頑張った方がいいんじゃないかな」

「ああ、任せろ。俺は卒業できると信じている」

「素晴らしい意気込みだね。はははっ、そうか。分かった。これはリカルト王子の決意表明の会ということなんだな?」


 ミヤカが自信満々に決定づけると、リカルトは片手で、ミヤカの額を軽く叩いた。


「いつ、俺がそんな会を開くと宣言したんだ? まったく、お前という女は……」


 自分でも苛々しているのだろう。リカルトは綺麗に整えられた髪を撫でながら、独り言のように告げた。


「…………卒業まで、待っていて欲しいんだ」

「はっ?」


(……何を、待つのだろう)


 しかし、その答えは不確かなまま、リカルトは早口でまくしたてた。


「ああっ、でも、あくまで式を挙げることは、卒業後ってことであって、お前がはっきり世間に公表して欲しいって言うのなら、すぐに公表したって、俺は全然構わないんだ!」

「リカルト王子、まさか本気で?」

「本気でないのに、あんな恥ずかしい台詞を繰り返し言うことができるわけないだろ!」

「えっ…………と」


 駄目だ。

 騙されてはいけない。

 リカルトは究極の人の好さを誇っている。

 ただの同情から、結婚しなければならないと義務に走っているとしたら、ここでただすのは、ミヤカの役目ではないのか。


(大体、わたしの記憶が戻った後、やけによそよそしかったのは、王子の方じゃないの?)


 毎日城を抜け出して、何かやっていたようだが、それはミヤカと顔を合わせづらかったということではなかったのか?

 ミヤカの中で、子供の頃からの疑心暗鬼が募っている。

 リカルトの単純な性格だけは、嫌になるほど知っている。

 だから、信じきれないのだ。

 素直にはなろうと思ってはいるけど、捻くれた性格がまっさらになるほどには、いきなり成長は遂げられないらしい。


「王子……。思ったんだけど、やっぱり貴方は第三王子だし、そんなに簡単には……」

「うるせえな! いいから、これ……受け取れ!」

「…………うわっ」


 瞬間、眼前に突き出された両手の中には、真っ青な花束と白い小箱があった。

 リカルトは、ミヤカに見えないよう、後ろでこんな大きな物体を持っていたらしい。


「早く取ってくれよな。恥ずかしい」

「わ、分かったよ」


 混乱しているミヤカは、リカルトに託されるままに、花束と小箱を受け取った。

 春先に満開を迎える、真っ青な花。


(この花って……)


 よく覚えている。

 卒業式に男子生徒が持っている青い花だ。

 学生時代とは比にならないほど、大掛かりになった花束にミヤカの顔は埋もれそうになった。


「お前、レナート兄様に、聖チェスタ学園の卒業式のこと話したんだろう? それで、思い出したんだ。あの時、俺、お前にこれを渡してなかったってな」

「だけど、わたしだって、リカルト王子に、赤い花を渡してなかったよ」

「別に、いいよ。これは、俺のささやかな気持ちだから」


 ささやかと言う割には沢山だ。嵩も増して優しさが溢れている。それに、この花は……。


「……この花、春が盛りなんだよね?」

「なんで?」

「叔父さんの影響で、野草や花には詳しいんだよ。この花、一体、どこで見つけて来たの?」


 リカルトは、痛いところを衝かれたように、顎を擦った。


「季節外れに咲いている場所があるって聞いたからさ。俺が取りに行った」

「そんな苦労、しなくてもいいのに……」

「別にいいだろう。どうしても、俺が欲しかったんだから」 

「そう……」

「……で、お前は? ミヤカの気持ちを教えてくれないか?」

「わたしの?」

「知りたいんだよ」


 ごまかす方法なら、いくらでもある。


 ――だけど、それでは駄目なのだ。

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