第5章 ①
夕陽がカネリヤ山に沈んでいく。
あの後、大教統の指図で、祝賀会は速やかに終了してしまった。
多分、大教統は何もかも知っていて、レナートとリカルトが仕組んだ茶番劇に乗ったのだろう。
(結局、レナート兄様の立場が悪くなるだけだったな……)
リーラ教内でも、祝賀会に招いた賓客たちにも、レナートの行動は顰蹙を買っている。
こんなことなら、もっと違う作戦を立てるべきだったのだ。
「一体、何だったんだよ。あのジジイ……」
何もかも腑に落ちない。
リカルトは、クラウトの住まう離宮のテラス席に、仏頂面のまま、ふんぞり返っていた。自分の知らないところで、様々なことが目まぐるしく動き、勝手に終息してしまった。こんな状況で平静にいられるわけがなかった。
「まあ、リカルト。わたしも分からないことばかりだ。皆に集まってもらった訳だし、事情を説明してもらうにはいい機会だろう?」
――そうだ。これはいつもの癒しの場ではない。
尋問の場だ。
リカルトが声を上げ、真実を語ってもらうために集めた今回の一件の主要人物たち。
レナートとクラウト、ノエルが全員揃ったことも最近では珍しいが、それに加えてルーセン、ミヤカの叔父シモン=巫女姫も呼びつけた。
しかし、この中に、ミヤカだけはいない。
彼女は、あれからずっと眠ったままだった。
身体に異常はないことは、診察済みだが、このまま目覚めなかったら、どうしたらいいのか。
人柱なんて言葉を耳にしてしまった以上、リカルトは気が気でなかった。
「本来であれば、ミヤカが目を覚ました時点で、こういう場所を作りたかったんですけど、とりあえず先に事情を聞いた方が胸のむかつきが早く取れると思ったんです」
苛立ちのこもった敬語に、隣に腰かけているレナートが苦笑しながら答えた。
「わたしだって、あの場に行かなければ、真相にはたどり着けなかったよ」
「どうせ、好奇心でわざと捕まったんでしょう?」
リカルトがじろりと睨みつけると、レナートがそっと顔をそむけた。
どうやら、そのようだ。
だいたいにして、王室にとって快くない相手である大教統の話を鵜呑みにして、少ない従者のみで地下に行こうなんて、うかつな真似をレナートがするはずがないのだ。
レナートの誤算は、思った以上に大教統が早く地下神殿にやって来てしまったことと、大教統が怒りもせずに魔界の入口を封じるよう、ミヤカに命じたことだった。
「だけど、大教統の考えていることが分からないね」
「そうだな。なぜ、排他的なリーラ教の中にあって、ミヤカちゃんに魔界の入口を封じるように焚き付けたのか……」
レナートとノエルが難しい顔で考えこんでいる。
しかし、それに、水を差すように、クラウトが呟いた。
「でも、今回はただでさえ、ルミア神国が絡んでいて、リーラ教内部での心象が悪いのに、魔術師まで大教堂に連れ込んだとなると、兄上も辛いですよね。お察しします」
「お前がそれを言うのか。クラウト……」
「……姉さま」
リカルトはノエルを押し留めた。自分も短気だが、この姉の手の早さには負けるだろう。
「ルーセンは、ルミア神国系だという話を聞いたからね。神事が本当にこれで終わりなのか分からないし、この先、彼の知恵が必要になるかもしれないから、あのまま大教統には引き渡さなかった。それに……一応、ミヤカちゃんには、同情しているようだしね……」
ルーセンは気配なく、幽霊のように、クラウトの背後に佇んでいる。
レナートの指摘にも眉一つ動かさなかった。
「…………さっき、ミヤカが三種の神具の何かが近くにあるんじゃないかって、俺に耳打ちしてきたんだけど……。神具って何だ。お前、何か知っているのか?」
「ええ。もちろん。それを彼女に教えたのは、わたしですからね」
「はっ!? 一体、いつだよ!?」
しかし、ルーセンはリカルトの質問には答えずに、話を進めた。
「三種の神具とは、大陸の伝説にある剣と鏡と珠の三種類のことを指しています。間違いなく神具の一つは、神珠のことです」
「神珠以外の神具が、この近くあるって?」
「伝説上の神具の話は聞いたことがあるけれど、場所までは分からないな。まあ、探してはみるけど、クラウトも協力してくれるね?」
「もちろんですよ。兄上」
クラウトがにっこりと首肯した。
昔から二人のやりとりは、たまに不自然な時があるのだが、リカルトは気にしたことがなかった。
しかし、今は何だかもやもやする。
ミヤカのために、頭を働かせようと敏感になっているせいかもしれない。
「さて、それにしても、ミヤカちゃんは、どうして急にそんなことを思ったんだろうねえ?」
「……分からない。目が覚めたら聞いてみるけど、あいつはいつも俺に隠し事が多過ぎるんだ」
「隠し事を多くさせているのは、ご自身の性格に理由があるとは思わないんでしょうかね?」
シモンの挑発的な視線に、睨み返すこともできずに、リカルトはうなだれた。
「……そんなこと、分かっているさ」
ミヤカは、リカルトを最後まで頼らなかった。
しかし、自分を頼ればいいと言うことだけで、一体、リカルトはミヤカの何を見ていたのだろう。
(どうして、もっとちゃんと、ミヤカの話を聞こうとしなかったのだろう?)
充分な日数があったはずだ。
強情な性格も分かり切っていたはずなのに……。
ほんの少し話をしてくれただけで、すべて聞いたような気になっていた。
もっと深く話を聞いていれば、みんなで危険を回避する方法を模索することだってできたはずだった。
「まあまあ、リカルト。ミヤカちゃんは今眠っているだけだろ。体力はだいぶ消耗しているようだけど、いずれ目が覚める。神事も成功したようだし、心配しすぎると、ハゲるよ」
レナートが取り繕うような笑みを浮かべている。
少し元気を取り戻しかけたリカルトの肩を、クラウトが軽くたたいた。
「リカルト……。今からちょっと、実験をしようと思うんだけどさ?」
「実験?」
リカルトが小首をかしげると、クラウトは頷き、珍しく大きな声を張り上げた。
「ルミア神国の巫女姫さん、そこにいるのなら、とっとと出て来たらどうです? 貴方が諸悪の根源なんですから。説明責任があるでしょう?」
『ちょっと何よ! 諸悪の根源……って、誰が言ったのよ!?』
クラウトが仕掛けた挑発に、簡単に乗ってきたのは、シモンだった。
いや、シモンそのもの……ではない。
正確には、シモンの中にいるルミア神国の巫女姫の魂である。
リカルトも彼女に会うのは二回目だが、驚く暇もなくここまで来てしまっていた。
突然、現れた女言葉を目の当たりにしても、何とも思わなくなっている自分が怖かった。
「ほーら、やっぱり。貴方がまだここにいるということは、ミヤカさんの神事は完璧じゃなかったんだな」
『へっ?』
「ここに貴方がいることこそが、神事が上手くいかなかったという、何よりの証左じゃないですか……」
(…………あっ)
一斉に視線が巫女姫に集まった。
――なぜ、巫女姫はまだここにいるのか?
神事が成功していたのなら、彼女がここに留まる理由はないはずなのだ。
『な、何よ。わたしだって、どうしてここにいるのか分からないんだから、仕方ないじゃない。でも、一応、神珠は穴に封じてきたんだから、神事は終わったってことよ。当面、噴火は抑えられるはずだわ』
「当面って話でしょう? いつどうなるのか分からない怪しい封印なんだってことを貴方は暗に白状しているようなものだよね」
『うるさいわね。当面は当面よ。百年かもしれないし、二百年後かもしれないし……』
「明日かもしれないってことでしょう?」
『…………さすがに、明日ってことはないでしょう』
「やはり至急、対策が必要なようだね」
『貴方ねえ!』
イリアが、長年の敵を見るような目をクラウトに向けた。
反駁できないのが悔しいのだろう。
…………つまり、そういうことなのだ。
「………ということは」
リカルトはぽつりと、ひとりごちた。
「もしかしたら、明日じゃないにしろ、そう遠くない未来に、また神事が必要になるかもしれないってことだよな?」
(なんだって、そんなことに……)
再び、神事をしたのなら、ミヤカはどうなるのか?
倒れるだけでは済まないかもしれない。
もしかしたら、ミヤカ自身逃げようとするかもしれないが、それでも大勢の人の命が懸っている。
彼女が巫女姫というだけで、強制的に人柱を頼まなければならなくなる日が来るかもしれないのだ。
「こうなったら、一時的にも、ミヤカを巫女姫から降ろす方法があればいいのにな……。そもそも、あいつが巫女姫なんてものを降りてしまったら、大教統が強制的に神事をやらせることだってできやしいなんだ。ミヤカが出来ないとなれば、俺たちで対策を考えればいいだけの話なんだし……」
「うーん、でもわたし国王だからね。残酷なようだけど、いざなったら、ミヤカちゃんにもう一度頼む危険性も……」
「でも、レナート兄様。明日明後日の問題ではないのですよ。もしかしたら、数十年猶予があるかもしれない。だったら、彼女を一時的に巫女姫から解放して、新たな巫女姫候補を募って、時間稼ぎをしている間に対策を立てることもできるはずです」
「うーん、そりゃあね。神珠の力が薄れると、噴火が起こるという話自体、ちゃんと調べる必要もあるだろうし……」
「だったら、それも含めて対策を取らないと」
『…………あら。王子は、本気でミヤカを巫女姫から降ろしたいと思っているわけ?』
「……当たり前だろう。できるものなら、今すぐそんな恐ろしい仕事降ろしてやりたいよ」
『王子様なのに?』
「自分勝手なことを言ってることは、重々承知しているさ」
『ふーん』
「何だよ?」
『だったら、簡単な方法があるんだけど?』
「はっ?」
『巫女姫を降りる方法なら、わたし、先代から聞いて知っているもの』
リカルトは一瞬、呆けた顔となってから、両拳を握りしめて、飛び跳ねた。
「何だよ!? 巫女姫、早くそれを教えてくれよ」
『教えるも何も教えてくれなんて、請われてもないし……。それに、簡単なことだけど、どうせミヤカに出来やしないことだから』
「大丈夫だ。一人じゃできなくても、こんだけ人数揃えれば、どうにかできるってことだろ?」
『そうね。男が一人いれば出来ることよね』
「もったいぶらずに教えてくれてもいいだろ?」
『じゃあ、言うけど……』
巫女姫は深く深呼吸をしてから、さらりと告げた。
『ルミア神国の巫女姫はね、清らかな乙女でないと、できないのよ』
――――――はっ?
その場にいる全員が恐々としながら、リカルトを見た。
「何だよ?」
「それは、無理な話だな。……残念だけど」
クラウトが頬を掻きながら、断言した。
ノエルが口を押えて、そっぽを向いている。
リカルトには、よく分からなかった。
どうしてそう簡単に駄目だと決めつけるのか……。
「そんなの、やってみなきゃ分からないじゃないですか。つまり……。清らかな乙女でなくなってしまえば、神事が出来ずに済むってことなんだから、試してみる価値はあるかもしれません」
「リカルト。お前さ、自分が今何を口走っているのか、自覚がないだろ。早まるな。お前、その意味分かってないだろ?」
「当然、分かって言っていますよ。要は乙女じゃなくなればいいってことだから。やることは………………あっ!?」
レナートに言われて、初めて事の重大さに気づいたリカルトは、額に手を置いた。
(無理難題すぎるだろ……)
そんなリカルトの真っ赤になって狼狽している様子に、全員がほっと息をついているのが謎だった。




