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救国の条件  作者: 森戸玲有
第3章
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第3章 ②

 クラウトが住まう離れに設けられているテラス席は、自然と調和のとれた贅沢な造りをしていた。

 庭とつながっているため、そこで咲き誇る季節の花を楽しむことができる。

 木々の合間からカネリヤ山の全景を望むことができるのは、眺望を計算つくしていた成果だろう。

 柔らかい風に吹かれて、気持ちが和みそうだったが、ミヤカがここを訪れたのは、まったりするためではなかった。


「はじめまして。クラウト王子」

「ああ、はじめまして。ミヤカさん……でしたっけ?」


 私室に面しているためか、クラウトはだらりと長いシャツに、白いガウンを羽織った軽装でやって来た。長い金髪を緩く一つに束ねている。

 特に意識もしていないのだろうが、優雅な微笑は、それだけで女性の心を鷲掴みする能力を持っていた。さすが兄弟だ。醸し出す空気はよく似ている。

 クラウトは、リカルトを一回り小さくして、更に中性的にした美青年だった。


(これこそが王子様の典型って感じだよね?)


 ミヤカは、にこにこ笑顔を振りまきながら、握手を求めて来るクラウトの後ろに影のように寄り添っている長身の男の姿を確認していた。

 黒地のローブは、サンマレラ王国の市井で見たことのない装いだった。


(クラウト王子の単独犯でないとしたら? 別の犯人がいたとしたら? この魔術師の可能性が高いってこと?)


 ミヤカの脳内では、不穏な単語が渦巻いていて、破裂してしまいそうだった。


「た、単刀直入に言いますけど。クラウト王子」

「えっ、何?」


 手短に、握手を終えたミヤカは、意を決して口を開いた。


「おいっ、ミヤカ!」

「……いや、でも」


 今まで、ミヤカの言いなりに行動して来たリカルトが初めて怒鳴った。

 彼もまたクラウトの背後が気になっていたのだろう。ミヤカの剣幕に圧されて、クラウトに取り次いでくれたのだが、いざ、その瞬間が迫ると、動揺しているようだ。

 無理もない。クラウトは、リカルトの実の兄なのだから……。


「でも、王子。こういうことは、早く話した方がいいと思う」

「しかし……」

「あの……。とりあえず、ミヤカさん、その謎の箒を下ろしたら?」

「あっ」


 クラウトが緊迫感みなぎる二人の間に、のほほんとした声で割って入ってきた。

 確かに、貴人とのお茶の席で、箒の穂を向けるような格好は、まずいだろう。


「落ち着いて。……ね?」


 クラウトは、ほんわかしている。


(この人は、本当に何も知らないのかな?)


 リカルトに毒だと断言したのはいいが、正直、勢いでここまで来てしまったミヤカだ。

 シモンには、王家の揉め事なんかに関わるなと釘を刺されたが、リカルトの命が関わっているとなると、冷静でいることができなかった。

 しかし、時間が経つにつれて、自分の行動の危うさを思い知った。

 これでは、無関係のクラウトにまで喧嘩を吹っかけているようなものではないか?


(ちゃんとした証拠を握ってから、出直してきた方がよかったのかな……)


 リカルトを一瞥すると、しかし、意外なことに、彼の方から口火を切ってくれた。


「クラウト兄様……。実は昨日もらったシガル茶なんですが、あれは、シガル茶じゃなかったようなんです」


 リカルトの遠回しな物言いに、クラウトは首を傾げる。


「えっ、でも……僕は毎日飲んでいるよ」


 この物言い。

 とても、嘘を言っているようには見えない。


「兄様、茶の色は何色でした?」

「緑色だけど?」

「緑……?」


 ミヤカは、とっさに口元を押さえた。


「クラウト王子は、ちゃんとシガル茶を飲んでいるわけだ」

「どういうこと?」


 ミヤカはごくりと息を呑んで、告白した。


「貴方様がリカルト王子に贈ったシガル茶は、弱い毒性のものでした。遅効性で、致死性はないものの、毎日飲み続けば、確実に身体が衰弱してしまいます。リカルト王子は鈍い方なので、気づかなかったようですけど……」

「…………そんな」


 眩暈がしたのか、ふらりと傾いだクラウトを、慌てて背後の男が支えようしたが、クラウトは首を横に振る。


「それで、お前は大丈夫なのか。リカルト?」

「ああ。ちょっと、だるいと思っただけです。毒だなんて気づきませんでした。こいつの処置のおげで、今はぴんぴんしていますし。しかし、今の言い方じゃ、ぴんぴんしている俺が馬鹿みたいな感じだよな。ミヤカ?」

「毒茶を飲んで、ぴんぴんしている人を見たことがないんでね。さすがリカルト王子。内臓も筋肉でできているのかもしれない」

「何だって?」

「毒って、一体……?」


 二人の口喧嘩を止めるようにして、クラウトが弱々しく呟いた。


「あとでちゃんと成分を調べた方がいいと思いますが、サンマレラの民なら誰にでも入手できる野草が茶には入っていました。あの野草は花の部分は熱処理すれば食用できますが、根の部分は有毒なんです」

「……そうか。でも、どうして君がそれを僕に?」

「えっ?」


 その時、初めて、クラウトが剣呑な視線をミヤカに向けた。


「すぐに、僕だと断定したのは君だろう? お茶を淹れたのは、侍女かもしれない。茶葉ではなく、茶器に問題があったかのもしれない。それはちゃんと調べたのかい?」

「クラウト兄様。茶器ではないのは調べました。茶を淹れたのは、俺に小さい時からついている侍女です」

「それにしたって、ミヤカさん付きの侍女が隙をついて盛ったのかもしれないよ」

「…………わたしの侍女が?」

「君の侍女であれば、命令で動くかもしれないじゃないか? それに、君は得体の知れない力を使うんだろう?」

「わたしは、リカルト王子を殺しませんよ」

「本当にそう? 「結婚」だって嫌がらせの一環なんだろう。君がリカルトに復讐のつもりで、毒を盛ったとしてもおかしくはないよね?」


(失敗したな)


 シモンの言う通りだった。

 放っておくべきだったのだ。

 わざわざミヤカが出張る必要はないことだ。

 きっと、リカルトも、ミヤカよりクラウトの言い分を信じるだろう。いくら、状況証拠を積み上げたところで、ミヤカという部外者ほど怪しい人間は、この城にいないのだ。


 ――だが。


「…………兄様、こいつは、そんなんじゃないです」


 リカルトは力強く言い切った。


「それに、俺がクラウト兄様のところに来たのは、兄様も毒を盛られているのではないかと心配になったからですよ。クラウト兄様を犯人にするためじゃない」

「しかし、リカルト……」

「第一、こいつの侍女には監視をつけています。そんなことできませんよ」

「…………そう……なの?」

「ああ。今朝から本格的にな」


 一体、なぜ、ミヤカの侍女=シモンに監視の目をつけているのだろうか?


(……やっぱり?) 


 シモンのことは、バレていたのだ。

 そんなに甘くはないと思ってはいたが、案の定だった。


「でも、リカルト。僕は兄上にも同じ物を渡したんだ。兄上は何も仰ってなかったよ?」

「レナート兄様には、何もないってことは……。じゃあ、俺だけってことか?」

「なぜ、リカルトだけ……?」


 混乱しながら、クラウトがルーセンを振り返った時、低い美声が辺り一杯にこだました。


「……違うぞ! リカルトだけではない」

 昨日とは打って変わり、細身の身体を長い男装で包んだ女性が、腰の長剣に手を掛けながら、こつこつ

 と靴音を立てて、やって来た。


「まさかな。クラウト王子。同じ物をリカルトにも渡していたとは、盲点だったよ」

「姉さま、それは一体……?」


 リカルトの問いを無視して、ノエルは眼光鋭くクラウトを威嚇していた。


「先日、クラウト王子がレナートに渡した茶葉の成分に、弱い毒が入っていた。そこで、わたしは犯人捜しをしていた訳だが……」

「もしかして、昨夜の話は……。ちょっと、どうして俺に言ってくれなかったんですか?」

「お前に言うと、更にややこしくなるじゃないか……」

「それはないでしょう……」


 リカルトが悄然と額を押さえた。彼にはこの件について心当たりがあるようだった。


「今朝、クラウト王子つきの侍女が面白い証言をしてくれたんだ。健康で精力的な二人の兄弟に対して、クラウト王子は嫉妬していたとか?」

「僕は……」

「その上、クラウト王子は自分がどんなに悪いことをしたとしても、二人の兄弟が絶対に自分を罰しない自信があると話していたらしいな」

「姉様。僕は、本当に知らないです」

「そうだよ。姉様。クラウト兄様には、こんなことする動機がまったくないじゃないか?」

「まさしく、それだよ。動機がないから、裁かれない。致死性でないから、ただの悪戯。もし、わたしが調べようとしなかったら、レナートも何かの間違いだと言って、笑って流していただろうしな。お前だってそうだろう」

「ああ、そうですよ。でも、クラウト兄様がそんなことをしたなんて、信じられません」

「……じゃあ、誰がお茶をすり替えたんだろうな。知っているのか。クラウト王子?」


 ノエルが殺気をみなぎらせながら、クラウトの前に立った。

 まさにその時だった。


『だから、王家の揉め事なんかに関わるなって、シモンが言っていたのに……』


 女装給仕姿のシモンが妖艶に腰を振りながら、こちらにやって来た。


『……そこの貴方、側近を任されている割には、主を庇わないのね?』

「…………ルーセン?」


 巫女姫の視線を追って、リカルトとクラウトが振り返る。

 突如、注目を集めた薄茶色の髪の男は、訝しげにシモンを見つめ返した。

 よくよく見れば、若い男のようだった。

 おそらく、レナートと同じくらいか、それより下だろう。


「お前は、ルミア神国の神官? 巫女か? では、この娘はやはり……?」


 そうして、ルーセンは、ミヤカが持っている箒を睨みつけた。


「…………えっ?」


 ミヤカの箒の先端についている珠の正体を、彼は理解したのだろう。


「まさか、本当に伝説の神珠が存在していたとは……な?」


 呟くルーセンからは、今までの怯えた態度は消え去り、歪んだ笑みが浮かんでいた。


『ミヤカ、どうするの。貴方が逆に狙われちゃったわよ』


 イリアが流し目で問う。


「いや、どうするも何も……」


 主に、イリアがしゃしゃり出てきたせいなのだが……。

 ルーセンが、何やらぶつぶつと呪文めいたものを唱え始めていた。


「……古代サンマレラ語だ。魔術を使おうとしている」


 クラウトが消え入りそうな声音で呟いた。


「……なるほど。ここは城内じゃなくて、庭だもんな。魔術も使いたい放題だ」


 いつ倒れてもおかしくない顔色のクラウトをノエルに託したリカルトは、ノエルが持っていた剣を奪っていた。


「おい? リカルト」

「姉さま、借ります」

「ちょっと待った!」


 ミヤカはすかさず、リカルトを止めた。


「リカルト王子。貴方は病み上がりでしょう。あいつの狙いはわたしだ。余計な手出しは、しないでくれるかな」


 箒の柄の部分を前につきだし、集中する。

 大陸系の攻撃魔術を目にするのは初めてだが、要は呪文詠唱させなければいいだけだ。

 ミヤカが風を操り、鋭い凶器のように、ルーセンの前に放つと、彼は簡単に尻餅をついてしまった。


「これがルミア神国の……」


 呆然とノエルがつぶやく。


「すごい……」


 初めて神珠の力を目の当たりにしたクラウトが、感嘆の声を漏らした。

 ミヤカは気分良く、口角を上げた。


「楽勝……」


 調子に乗って鼻歌混じりに、その場でうずくまっているルーセンのもとに向かう。

 額に滲む汗を拭いながら、笑顔を浮かべているのは、疲れていることを隠すためだった。

 神珠の力を操ることは難しい。けれど、そんな弱みをここで見せたくはない。

 …………だが、その一心でいたミヤカは、すっかり油断していたのだ。


「ミヤカ!!」


 リカルトの叫声が轟いた時には、手遅れだった。

 ルーセンの前で、屈んだ瞬間に、ミヤカの腕には熱いものが刺さっていた。


「いったっ……?」


 それは、ルーセンが右手の小指にしている指輪から飛んできたものだった。


(……毒針?)


 確信に至る前に、ミヤカの視界が回っていた。


「寄越せ!」


 ルーセンが猛然と箒を奪おうとする。――が、それはあっけなく阻止された。


「てめえは、引っ込めよっ!!」


 剣術を得意としているだけあって、リカルトの動き速かった。

 一瞬でルーセンの喉元に剣先を突き付けると、身動きを完全に封じてしまった。


「…………リカ……ルト王子?」 


(何だ、動けるんじゃない?)


 こんなことなら、最初からリカルトに頼っておけば良かった。


「衛兵っ!」


 ノエルの叫びと共に、揃いの格好をした衛兵たちが、わっと駆け込んできて、ルーセンを捕えた。それをミヤカは横目で確認してから、よろよろとその場にへたりこんでしまった。


「ミヤカ? しっかりしろ! 大丈夫なのか!?」


 イリアと交代したらしい、シモンがミヤカの耳元で叫んでいる。


(何をやっているんだろう。わたし……)


 自分が自分でいたたまれない。

 穴があったら入って、埋めてもらいたい。

 瞬時に姿を消すことができればいいのに、そんな体力すらなくて、ままならない。

 目が見えない。

 誰かがミヤカを覗きこんでいるようだった。どうせ、シモンだろうと、放っておいたら、その人物は、ミヤカをひょいと持ち上げて、横抱きにしてしまった。


「なっ、何?」


 肌触りの良い上着と、微かにそこから漂う甘い香りは、明らかにシモンではない。


「リカルト王子?」

「馬鹿」


 すぐ横で、リカルトがいつものぶっきらぼうな声で言った。


「お前は俺に復讐するんだろう? どうして、勝手に怪我してんだよ。手間かけさせるな」


 馬鹿なのはどっちだと言い返したかったが、余りにも居心地が良かったので、ミヤカは彼に身を任せ、目を閉じてしまったのだった。


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