シャランを退治するには
十一の章
相手の強みは、同時に最大の弱点になり得る。
二人の科学者は採取してきたシャランの細片を徹底的に調べ上げていた。最小単位の構造――驚いた事に、シャランは或る意味で、細胞一つ一つが独立した群生集合体と言って良かった。いわば、ボルボックスのような群体なのだ。
百%の蒸留水に肉片の切れ端を浸けると、ばらばらの細胞になってしまうのである。しかし、その一つ一つはちゃんと生きていて、淡水からシャーレに取り出すともう分裂を始め増殖し始める。その生命力の強さは驚異的であった。
ライルとリン・カーネンは、それぞれ細片の標本を保管している。この遺伝子をあとで読み取り研究してみようと考えているのだ。きっと様々な応用ができるだろう。生命体に有益な形で。悪魔的な実験材料として。
生命体の思考や感情から発するインパルスをキャッチするのは、単細胞の段階から可能であることが解った。が、相手の生物に、インパルスを投入して無力にしたり、自身をそれに合わせて変身する為には、ある程度大きな集合体になる必要があった。
古城の地下で遭った時は、そのぎりぎりの規模であった。そして、リン・カーネンのコレクションの生きた標本を食べ、活力エネルギーを増加し変身を可能にしたのである。
その後のシャランの増殖振りは斯くの通りであった。ダズトの都市は、シャランにとって夢のような餌場であったに違いない。
細胞自体が不死身に近い再生機能を持つならば、集合体のインパルス能力を逆に利用するしかないだろう事で、二人の意見は一致した。
だが、攻撃を仕掛ける時には、一つの細胞も残してはいけない。一つでも残っていたら、やがてそれは再び再生し増殖するだろう。かつてのバリヌール人は一つの生命体を絶滅させてしまうことに、やはり抵抗を感じたのだ。
核で惑星ごと燃えつくし、破壊する方法もあるが、それに対して、二人は一致して否定的だった。原住民が生活しているし、崩壊して飛散した惑星の破片にシャランの細胞が万が一付着していれば、宇宙中にとっての不確定要素の脅威となるからだ。
集合体として固く連結している状態で、一瞬で始末をつけなくてはならなかった。特に、シャランの知能は凄い勢いで上昇中だ。慎重に計画する必要がある。
二人は激しい討論を交わしながら、作業に掛かっていた。リン・カーネンは口角泡を飛ばしながら真っ赤に興奮して怒鳴り散らす。対して、冷ややかにして冷静にずばりと要所を指摘するのがライルのスタイルだった。
彼らは、それで実に能率的に装置を組み立てていった。シャルルの船の設備や部品を勝手に使っていく。それを知ったシャルルが憤然と抗議したが、この非凡な科学者達は平然と聞き流し、作業の手を休めない。
シャルルは悲しげに溜め息をつくと、コクピットに引っ込み立てこもった。ここだけは、連中の手に渡さない。絶対に!
やがて、ぎっしりとUIC回路が詰まった小さな装置と、それを取り巻く一連のケーブルやら連結器やら変換機などの付属物が出現した。商品ではないから、ハーネスや抗体、金属に絶縁物質、アモルファス体などが剝き出しのままのグロテスクな集合体である。
さすがに両者とも、疲労の色が濃い。極端に対照的な二人は、顔に憂色を刻んでむっつりと装置を見つめる。結果を確認するまでは喜ぶのは早いと、意見は一致している。
神々でさえうっとりと見惚れてしまうような美貌の青年がいかにも疲れたように椅子に腰を落していた。
それでももう一方の闇のように歪んだ醜男は、その肩に並ぶほどの背しかない。リン・カーネンは子供の頃、不幸な環境にあって、今では滅多に見られぬ疾患を患った。その名残は未だに彼の背に、奇怪な瘤状となって残っている。同じ疾患が彼の成長に大きくブレーキを掛けてしまった。
その容姿同様、奇怪に捩じれた心を持つ男であったが、その思考傾向や趣味に嫌悪こそすれ、リン・カーネンの天才的な頭脳とどこまでも執拗に追究する飽くなき探究心には、ライルも敬意を表している。
ライルは頭を振って眠気を払った。町から逃れ来て以来一睡もしていない。最後の食事もいつ取ったか忘れてしまった。彼は疲労の極みにあった。
「装置はできた。だが、これを効果的に作動させなければならない。その為の条件の一つとして、惑星全体を覆うに充分なエネルギーの確保。もう一つは、生命体のインパルスだ。こればっかりは、装置で合成することはできない。非有機体のものでは、シャランは反応しては来まい。だから、僕がやろう」
リン・カーネンが首を横に振った。
「いいや、それはいかん。君も装置の効果を調べなきゃならん。それに、バリヌール人の君に、シャランを強引に引き寄せるほどの激しい感情が出せるかね? 精神力の強さだけではだめじゃぞ」
おまけに、と、リン・カーネンは口に出さずに続けた。
(ライルは、群がり来るシャランどもに平気で食べられてしまうかもしれん。だからこそ、彼ではだめなのじゃ。怪物どもにとって、一番のご馳走は、まさに死を前にしての恐怖の叫びなのじゃから)
リン・カーネンはライルに提案した。
「シャルル君はどうかね? わしの見たところ、本人は自覚しとらんが、かなりの能力の持ち主と見た。今のところ、それは、天才的な操縦能力として発現しておるがね。潜在的にパラ領域のレベル……つまり、超能力的な才能を持っておる。彼なら、充分な『叫び』を轟かせてくれると思うがの」
そう言ってじっとライルの目を覗き込む。そこには同情の入る余地などこれっぱかりもない。
ライルもまた、無表情にそれを受ける。シャルルがかつてのアカデミー時代の親しい仲間である事など、このさい考慮に入ってこない。
「そうだな。彼でもいいだろう。シャランを誘き寄せるに必要なくらいの思考波を放射してくれるだろう。後は、増幅装置で補助してやればいい」
ここで大きな欠伸。
「では、取り掛かる。早いに越したことはない。シャランがこの星を脱出する方法を考えつかないとも限らないから」
言って、立ち上がったライルはふらりとよろめいた。リン・カーネンがそれを支える。
「大丈夫かね? 少し休んだらどうじゃ? 顔色が悪い」
「終わったら眠りますよ。泥のようにね」
答えて、ライルは扉の外へ出た。リン・カーネンは首を振り振り後ろに続く。
彼にとっては、シャラン撲滅作戦よりもバリヌール人の唯一の見本であるライルの健康のほうが気になった。たぐい稀なる生きた標本が損なわれるほど、悲しい事はないと思う。
さて、二人の科学者に作戦の次第を打ち明けられたシャルルの反応は予想がつくだろう。
シャルルは大概の事には動ぜず、冷静沈着、人柄の温厚な事と、奇抜な趣味で知られていた。が、この時ばかりは、それをすっかり返上してしまった。
自分が怪物どもの真っ只中で、囮になる事は無論、自分の愛船がどうみてもばらばらにぶっ壊れそうな話に、シャルルは仰天し、凄い勢いで怒り出したのである。
彼から叩きつけられる激しい非難を、この厚顔無恥の破廉恥どもはあっさりと聞き流し、再度繰り返して強調した。
「だがね、シャルル」
と、全く罪のない笑顔でライルが言うと、その横でカーネンが頷く。
「考えてみたまえ。惑星全体に強力に増幅したインパルスを送るためには、どれほどのエネルギーが必要だと思う? 我々の作った小さな装置で間に合うはずがない。もちろん、君の船だけでは足りない。軌道上に待機している戦艦から供給してもらうしかないだろう。だが、その膨大なエネルギーをコントロールしなくてはならない。君の船は、コンデンサーやコントローラーとして使う。確かに、船の許容量以上のエネルギーを扱うわけだから、回路や絶縁部分は焼ききれるだろうし、船そのものも駄目になる可能性が非常に高い。多分そうなるだろう。だが、それしか方法はないのだ。帰還に関しては心配いらない。艦隊はエネルギーを放出するだけで、無事だから」
論点が違う。シャルルは歯噛みした。だが、バリヌール人に所有物に対する個人的な執着など、理解できるわけがないのだ。こいつは昔っからそうだった。
「解った。船は諦めるよ。好きにしたらいい。だが、僕の安全はどれほど保証されているんだ?」
ライルとカーネンが顔を見合わせる。
(冗談じゃない! 俺は勇達のようなご立派な犠牲的精神は持ち合わせていないぞ。船やマシンに乗って死ぬのなら、構わない。それは疾うに覚悟済みだし、本望とも言える。だが、化け物に食われるなんて死に方はこんりんざい、いやだ!)
「お前、バリヌール人だろ。アカデミーの仲間が怪物に食われるのを、みすみす許しておくわけないよな」
ライルが無表情に見つめる。シャルルは不安になった。リン・カーネンが咳払いして打ち明けた。
「もちろん、ライルは一番に囮の安全を考えたわい。だが、それを被験者にあらかじめ教えておくと、インパルスの効果が減少するのではないかという恐れがあってな。君には教えないほうがいいだろうと、話し合ったんじゃよ」
シャルルはほっとすると同時に腹がたった。
「なるほど。安心したまえ。どんなに安全だと聞かされたって、あの化け物どもの中にいたら、やっぱり怖くなって逃げ出したくなるさ。せいぜい気絶しないように頑張るよ」
ライルが進み出て、シャルルの手を握った。
「嫌な思いをさせて済まない。この作戦の要は君なんだ。君の能力は高い。自信を持っていい。ただ、君は自分で考えているより冷静だ。本当の危機に出会ったら、すっと心が静まるタイプだ。でなければ、優秀なパイロットになれない。シャランが何より好きなのは、恐怖のインパルス。それには抵抗できない。凄まじい恐怖の叫びを放射してくれ。やってくれるね?」
ライルが間近で、じっと紫の瞳で見つめてくる。シャルルは思いがけず胸がどきどきと高鳴った。キスしたいと、いきなり思う。
シャルルは慌てて、ライルから離れた。
「精一杯やってみるよ。お前の保証付きだものな。任せてくれ」
チャーリィがライルに夢中になる気持ちが、ちょっぴり解ったような気がした。
ライルは女以上に始末の悪い危険な生物だ。
なにより、ライルの為なら、命だって惜しくないという気になってしまうのが怖い。
***
ライル達が着々と準備を進めている頃、勇とチャーリィはロボット部隊を町中に散開させながら、生存者の確認を急いでいた。町は静まり変えり、すっかり死に絶えてしまったような感じだが、二人は諦めずに根気良く捜索する。
勇に付いていたロボット兵が信号を出した。生体反応があったということ。ロボットは薄暗い廊下の壁を指している。壁に仕掛けはないかと探った。ドアの痕跡を発見。
だが、中から溶接されている。勇は焦った。早く出してやらねば、中の人間は直に窒息してしまうだろう。生体反応も徐々に弱まっているようだ。
勇はロボットに命じて、壁を力づくで破壊させた。中の人間は少々怪我くらいするかもしれないが、死ぬよりはいい。
壁の中は思ったより広く、普段は人目に触れさせたくない物の隠し場所にでも使われていたのいだろう。その中で、ソル人の男が一人、虫の息で横たわっていた。
灯りの中に引き摺り出して、勇は驚く。
ハッカー犯罪者のクロスだった。
感のいいクロスは、早々とシャランの恐怖に気づき、この中に閉じこもったに違いない。その横に小さめの装置が転がった。雑音を出して、思考のインパルスを撹乱する働きをするらしい。
コンピューターマニアのクロスはシャランに対処する方法を発見していたのだ。どうしてそれを他のみんなに教えなかったのだろうと、勇は意識を失っている男を睨みつける。
だが、クロスが手に入ったのはありがたい。これで、スリーパー達が追いかけていた事件を一挙に解決できるだろう。
その後、二人の犯罪者と重度の麻薬患者で廃人同様となっている女達を五人保護した。彼女達は既に思考能力を持たなかったので、逆にシャランの探知を免れたのだ。
チャーリィは、都市の外れの北西部に無傷で残されていた地区を発見していた。城跡の反対側に位置し、住人の数も少なかったので、まだ、シャランの手が伸びていなかったのだ。ほとんど強制的に連れて来られた労働者や身を隠し続ける性癖の抜けない犯罪者達だった。
十万人近くいた他の者達は全滅していた。彼らを保護して艦隊に戻ると、ライル達のシャラン退治の準備が完成した旨を聞いた。
そこで、勇は艦隊に残ってこれを指揮し、チャーリィは急いでシャルルの船に戻った。




