砂漠の大地にシャランが満ちて(第6部・完)
十二の章
町の広場の中央に五人の男が立っていた。その真ん中にシャルルが不動の姿勢で一心に精神を集中させていた。
激しい恐怖をベースにできる限りに強烈に味付けして、周囲の空気をも震わせるほどに自分の思考を放射しているのだ。
他の四人の兵士の恐怖感も一緒に送っている。彼らは銃を持っていない。万が一、恐怖に駆られてシャランを撃ったりしたら、シャランの一部が飛び散って完全な殲滅を不可能にするからだ。
四人の兵士の案は勇であった。恐怖を発する者が多いほうがいいだろうと言う考えで。
その周りにはロボット兵がぐるりと取り囲んでいる。それらはシャランに感知されないから。
兵士達の精神衛生上の理由から、勇が配備した。
ロボットはシャランに抵抗するために在るのではない。シャランの影響を受けた者の行動を阻止する為なのだ。
シャルルや兵士らとロボットの背には、高性能の反重力飛翔装置がある。勇とチャーリィは、親友と兵士の為にで切る限りの安全対策を立てた。
チャーリィはさらにライルをせっついて、個体バリアー装置も用意させた。シャランの指一本でも誰かにちょっとでも触れたら、ただじゃおかないぞと脅しをかけたのだ。
既に万全の対策を立てているバリヌール人はしょうがないなあと笑いながら、それでもチャーリィの要求を叶えてやった。
その上空二百メートルのところに、大型艦の黒い威圧的な姿があった。直ぐ下に、ケーブルで支えられたシャルルの船がある。
月光を浴びて鈍く光る船体の一部が外され、無骨な装置が剥き出されていた。その殆どが増幅器と巨大な放射盤と言って良く、精密な内臓はその裏側に隠れてしまっている。
装置はシャルルの船のコンデンサーと導線で連結されており、その船には上の巨漢からグロテスクなほど太い導線が伸びている。大型戦艦の膨大な全エネルギーが流れ込むのだ。
放たれる思考の叫びは、増幅器で拡大強化され、放射盤から世界の隅々まで放たれる。そして、それは、二百メートル上空の艦から、千キロメートル上空の艦へ、更に五千キロメートル移動した艦へと、増幅されながら伝達され、ダズトの世界をぐるりと囲む。
シャルル達の思考は阿鼻叫喚となって、ダズトの惑星中に響き渡るのだ。
***
シャランは完全寄生型生物で、自らの命を保つ為の活動エネルギーすら生み出せない。百%他の生物のエネルギーに依存している。
従って、自らの生存に必要なエネルギーはごく僅かなものでよかった。どんな高性能の探知装置にも検出されないほどの、ほとんどゼロに近い微々たる量で充分なのだ。
ほんの小さな小片、細胞一つでも残れば、それは新たなエネルギーを得るまでじっと仮死状態で潜み続け、何千年、何万年後でもエネルギーさえ得れば、再び活動することができるのだった。
シャラン達の多くはまだ眠っていた。時間の観念のない彼らにとって、仮死状態を強要された事は遥か昔とも、つい昨日のこととも感じられた。彼らには思考力は殆どなかった。彼らにあるのは、僅かな感覚と、強烈な一つの欲望だけだった。
――腹が空いた。食べたい。食べたい。食べたい。
幾十万年も昔から、彼らにとってそれが全てであった。
かつて、大地が暖かい海で覆われていた頃、彼らは単細胞生物の一種として浮遊していた。同じ単細胞生物や微小生物を食べては分裂を続けながら、長い年月を漂っていた。
ある時、自分より遥かに大きな複雑な構造を持つ生物に付着した。腔腸生物の一種だった。彼はそれに取り付いたまま、ゆっくりとその大きな餌を食べ始めた。
膨大な材料とエネルギーが体内に吸収され始める。彼は食べる片端から分裂し増殖していく。だが、分裂した彼らは離れていかずに、無尽蔵にあると思えるその餌に直ぐ喰らい付いていった。
ついに餌を食い尽くした時、彼らは一つの大きな塊になっていた。ボルボックスのように中の一つ一つの単細胞は独立したまま、群生しているのである。
その状態は、より大きな餌を取り込むのに有利だった。そうして、彼らは暖かい海の中で、複雑でより大きな多細胞生物を食べながら、次第に群生生物として大きく成長していった。
同時に食べた生物の神経に記録されている記憶――本能的な経験がほとんどであったが、エネルギーを直接摂取して自分のものとして利用する彼らにとって、神経細胞に電気信号としてパターン化されているそうした記憶をも吸収する事は、給餌する際に自然と自動的に行われた。
その結果、獲物の経験的知識を取り入れることとなり、それは本能として各細胞の中に蓄積されていった。
増殖方法は、相変わらず分裂型だったので、ある意味では個体の死はなく、その蓄積された本能としての知識もそっくり分裂した双方に受け継がれていく。
次第に彼らはずる賢くなり、思考力は持たないが、賢くなった本能によってより多くの餌を得る工夫をしていった。
と、同時に、ふんだんに餌が手に入るようになったので、彼らの基本的な生命活動すらも餌に依存するようになってきた。
彼ら独自の唯一の活動は餌を発見し、それを手に入れる事だけだった。
広く暖かい海は彼等が支配していた。海に生息するものは全て彼らの餌であった。
その頃、陸上では彼らから逃れる為に、海から陸へと移動してきたものが繁殖していった。長い年月を掛け、苦しい試練を乗り越えて進化していったのである。
やがて、ダズトの太陽の活動が終期に入って来た。太陽は徐々に膨れ上がり、ダズトの軌道も太陽に少しずつ近づきつつあった。海は干上がり、砂漠となっていく。多くの生物がその遥か前に死滅していった。
しかし、適応が間に合ったものは、乾いた大地で繁殖し続けていた。既に地上への進化を果たし、そこで栄えていたもの達である。一つの種は、そこで支配種となっており、群れを作り、都市を作り、文明を育て、巨大な石造りの建物を建造するまでになっていた。
だが、恐るべき寄生生物もまた、適応していたのである。彼らは基本的に単細胞であり、変化を容易に受け入れやすかった。彼らは餌さえあればよかったのである。それで、結果的に、適応を続ける生物を食べながら、その知恵を盗み、楽々とダズトの変化についていった。
海が干上がる前に彼らは上陸し、そして地上の生物を襲い始めた。全てが砂漠化する頃には、地上の支配種だった知性体をも絶滅寸前にまで追い詰めていた。
そこへたまたま通りかかったバリヌール人が、唯一の知性体が絶滅するのを危惧し、干渉した。シャランはエネルギーを奪われ、活動の停止を余儀なくされた。
巨大に群生していたシャランは破壊され、生き残ったものは地下に逃れて仮死状態に入った。
それからまた、長い年月が経った。地上では絶滅しかかった種族が再び再興して、新たな建設を試みたが、非常な時の流れの中で、結局、彼らも滅び、その子孫がダズトの砂漠で細々と生きている。
だが、シャランは生き続けていたのだ。遥か地下の固い石の下の冷たく湿った所で。リン・カーネンが目覚めさせたシャラン五体は先住人の姿を借りたまま眠り続けていたものだった。だが、残りのものはまだ眠り続けている。仮死状態で。
***
その彼らに、遥か遠く砂と固い石をも越えて、餌のインパルスが届いた。シャランは目覚める。
食いたい! そのただ一つの欲望に突き動かされて。
――食いたい!
一度目覚めたシャランは、その激しい欲望に逆らえない。逆らおうとも思わない。彼らにとって、それが全てなのだから。
石と石の小さな隙間を通って、砂の粒の間を擦り抜けて、シャラン達は地上へと出て行く。地上へ出ると、そのインパルスはますます強烈なものとなって、彼らの全身を震わせた。
細胞は急いでまとまり、既に形の出来ているものは貪欲にインパルスを捕らえ、同調しようとした。
シャルル達の前にも、続々と湧き出るようにシャランが現れる。暗い建物の入り口から、古い昔の名残の石の地下から、地面の中から、滲み出すように、数え切れない程のシャランが様々な形で、肉塊で、どろどろの液状で溢れ出てきた。
兵士達もシャルルさえも、恐怖の叫びを上げる。
だが、次の瞬間、彼らは別の驚きで、叫びを上げた。
シャランは差し出された餌に五メートルも近づけなかった。インパルスに同調させた瞬間、音もなく崩壊し始めたのだ。大小形態を問わず、全てのシャランが彼らの目の前で崩れていく。
インパルスには、パラ領域でニュートロンが一緒に送られていたのである。彼らはインパルスに同調すると同時に、ニュートロンのシャワーを浴びる。組織の全てが一斉に激しく振動を始め、分子原子以下のレベルで分解していく。
分解された非常に細かい粒子が、元の形を保って濃い霧にぼやける。それは、分子、原子、粒子へと際限なく細かい粒子に向かってβ分解されていく過程だった。その過程が著しく速いので、炎を上げる間もなく進行する。
シャルル達の目の前で、建物の奥の隅で、砂漠の真ん中で、深い岩の奥底で、砂の間で、世界中の至る所で、シャランが分解され、崩れ、塵となって消滅した。一つの細胞も残すことなく。
シャランの掃討は徹底的に行われた。
ライルとリン・カーネンは悲しげな眼で、それを確認する。実に魅力ある生物だった。これを根絶していまうことは、如何にも残念に思われるのだ。
全てはダズト上で進行していったのだが、例外として、艦隊の中で隊員が六人、姿を崩し霧のように分解した。
吃驚した勇はその艦に報告書を要請したが、その結果、帰還した行動隊員を収容していた事実が判明する。勇は冷や汗を流した。知らずにいたら、とんでもないことになるところだった。
勇はそれらの該当する全艦にダズト星接近以来、乗艦及び移動した者の全リストを提出させた。それを見ると、ほとんどの艦に人員の移動があり、彼はそれらの該当する全艦に、インパルス・エネルギーシャワーを施さなければならなかった。それが済んだ後も、装置を片手に艦内の総点検を命じた。
インパルスの通りにくい鉛などの隔壁に守られてシャランがまだ潜んでいる可能性があったからだ。戦艦は――ご存知のように広く、しかも入り組んでいる。様々な機器によって隠れ場も多い上に、無数の部屋や隔壁に分けられている。
パトロール艦隊は、おかげでシャランが完全に生存していないことを確認するまでの長い間、ダズト星を巡る周回軌道に留まらなくてはならなくなった。
その間、全パトロール員は、航宙士も火器管制員も栄養士も、広い艦内を走りまわされる事となったのである。
***
ダズト惑星上に一体のシャランも生存しない事を確認したライルは、その後、足をやっと引き摺るようにして寝室に辿り着いた。
シャルルが、何か船のことで文句を言っていたような気がするが、もう、これ以上眼を開けていられない。ベッドに倒れ込むようにして、ぐっすり眠り込んでしまう。
ほぼ丸一日眠って目を覚ましたライルは、目の前にチャーリィの顔を見た。心配げに曇っていた表情が蕩けるように、安心したものに移っていく。
「リン・カーネンは逃げちまったぜ」
と、チャーリィが教えてくれる。
「艦隊の小型搭乗艇を盗んで、まんまとパトロールの鼻先からとんずらしたんだ。勇の奴、かんかんになっていたよ。だが、まあ、あいつは艦内に潜り込んだシャランのいぶりだしに忙しかったからな。全く、あの爺さんは抜け目のない悪党だ」
ライルはふっと微笑む。リン・カーネンの遣り方を肯定するつもりは毛頭なかったが、何となく好感を持ち始めている。
「それから、ダズトの町は殆ど全滅だった。あの怪物から逃れた者は、ほんの僅かしかいなかったよ。上陸隊のメンバーもね」
「そうか……」
ライルは深い溜め息をついた。人々の命が失われることは痛ましい事だった。
憂色に沈む彼を見ていたチャーリィの胸に、妙な嫉妬が沸き起こってきた。
ライルの憂いを別様に解釈したくなる。あの町には彼を指名してゲーム対戦した男達が多くいた。中にはキスしたり愛撫した男もいただろう。その連中を、彼がとりわけ惜しんでいるのではないか……と。
執着を持たないライルが、そんな気持ちを持つはずが無い事は百も承知しているのだが、理不尽な嫉妬を一度起こしてしまうと、もう抑えようがなかった。
体内から燃え上がって噴出してくる赤黒い欲情に駆られて、チャーリィはライルの上に覆いかぶさって行く。
――もう、誰にも邪魔はさせん。俺は、こいつを……。
「待てよ」
極めて散文的な口調で、ライルが止めた。
「お腹が空いて目が回りそうなんだ。チャーリィ、頼む。キッチンに行って、何かないか見てきてくれないか? 一週間前のパンの切れ端だって、ご馳走に見えるよ」
奴は全く邪気のない眼でチャーリィを見つめ、切実に訴えかけている。
チャーリィは諦め顔に手をやった。
――ああ! 俺はどうして、いつもこうなんだ?
そう、恋する男はいつの世でも、愛する者には弱いものなのだから。
お読みいただいてありがとうございます。
次回から、いよいよ第7部、完結編、静かな宇宙は悲しみがいっぱい をお送りします。
引き続き、宜しくお願いします^^




