表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第6部 砂漠の夜は怪物でいっぱい
86/109

遺跡の化け物

 彼は仕方なく、石段を降りて扉の前に立った。中は闇で、ひんやりした冷気がそこから伝わってくる。彼は背筋がぞくっと震えるのを感じた。気味の悪い昔伝えの伝説が蘇ってくる。

 しかし、彼はライトを持ち直すと扉の中に入って行った。


 石段が続いており、彼の足音が不気味に反響する。その響きで、この奥が結構広いと踏む。外の乾いた空気と違って、ここはじめじめと湿り、周りの壁もうっすらと苔むしてかび臭い。

 足元の石段はぼろぼろと崩れそうで、上部の遺跡よりも遥かに古いものであることが判る。


 奥の方にライトの光を当ててみるが、光は闇の中に吸い込まれ、まるでこのまま冥府の底へと続いているようだ。

 こういう雰囲気が苦手のチャーリィは、よっぽど引き返してライルを呼んで来ようと何度も考えた。現実派のライルは、迷信的な恐怖感と言ったものを全く持ち合わせていない。迷信そのものと縁がない種族だった。



 だが、照らした石段の縁に白っぽく乾いた粘性の物質が付着しているのを見つけ、先へ行くことにした。石段を二十数えて階段が終わり、石を削って平らにした固い床に立った。


 ライトを四方に向けて照らす。一見何も無いような地下室だが、光輝が一瞬何かを捕らえライトを戻す。


 その正体が解って、チャーリィはあからさまに嫌な顔をした。どんな生物のものか知らないが、その箱の用途は明らかだった。

 石造りの棺だ。それが五つ。

 彼は近づいて覗き込んだ。四つの箱の重い蓋がはずれており、中は空だった。


 一つ一つをライトで照らしながら注意深く調べた彼は、まずその古さに驚いた。何百年、いや何千年も経っているに違いなかった。だが、その縁に微かに付着している粘性の干乾びた物質は真新しい。


 その一つを調べているチャーリィの背後で、残りの一つの棺の蓋が静かに動いた。それは音も立てずに開かれ、中からずるりと立ち上がる。


 腕が長くチャーリィへと伸びたが、はっと気配を察した彼が振り向きざまに、手の中に滑り込んできたニードル銃のインパルスでそれを貫いていた。

 それは、訓練の結果培われた反射反応だった。彼の背後に立つものは、決して殺意を持ったり、不用意な動きをしてはいけない。



 チャーリィは、ライトの明かりに浮かび上がった相手を驚愕の眼で見つめた。

 外骨格を持つ巨大なタコが六本脚で立って、四本の触手ともはさみともつかない上肢を振り上げていた。頭が前後左右に四つ、大きな丸い腹部の下にミイラ状に乾涸びてあった。


 そいつは、見守る中でどうと埃を巻き上げて倒れる。頭の真ん中を撃ち砕かれていた。緑の血がそこからどくどくと流れる。

 激しい吐き気を覚えながら嫌悪も露わに見つめていたが、それの動きが止まると、銃を構えつつ後退し地下室を後にした。


 それから発する臭気がたまらなくなったのだ。

 だから、チャーリィはその後、闇の中で何が起こったか知ることはできなかった。



 微かに身震いしながらライルの所に戻ると、その姿を見てほっとする。

 バリヌール人は相変わらず顕微鏡に齧りついていた。彼から発する不思議な穏やかさがチャーリィに作用して深い安堵感を感じる。


 まとっている衣装は、裸体より一層露出的な効果が与えられていた。チャーリィはその後姿を見ているうちに、抱き締めたいと強い衝動を覚える。

 ライルの側に近寄った彼は、しかし、親友の肩に手を置き注意を促すだけに留めた。

 ライルは迷惑そうにチャーリィを見上げる。


「地下室で妙なものに出会った」


 ライルはじっと友の目を見つめて先を促した。


「この城には古い地下室があるんだ。推定年数は約一万年。そこに通じる階段に染みがあったんでね。降りてみたんだ」


 チャーリィはそこで出会った事を詳しくライルに話した。特に、自分を襲った例の生物の形状を細部漏らさず説明した。


「それは多分、この惑星の先住民だ。ここはかつては海だったし、その生物はどうやら海洋性の生活形態のようだ。その子孫が、今もオアシス近辺で農業、牧畜を営んでいる」

「そのご先祖が、どうして棺から出てくるんだ?」

「その地下室を見てみないことには、何とも言えんな」


 そう言って腰を上げるライルを見て、チャーリィは表情を渋くした。もう一度あそこへ降りていくのは、あまりぞっとしない。例え、ライルが一緒でも。



 だが、彼がさっさと行ってしまったので、チャーリィは急いで後を追わねばならなかった。

 石段を先に立ってずんずん降りて行くライルを追いながら、本当に奴は何も感じていないのだろうかと思う。恐怖の伝説の無い種族なんて、どうも理解できない。



 闇が重く沈んだ地下室の中で、心細いほど小さな光があちらこちらと動き回っていたが、やがて一箇所に留まり、五つの石の棺を照らした。


「チャーリィ。ないぞ。何処なんだ? それは」


 光の手元から、甘いテノールが問いただしてきた。

 チャーリィは急いでライルの側に行くと、床を照らして驚く。


「変だな。ここに倒れたんだぜ。……ほら、体液の跡がある。緑色の染みになってるよ」

「でも、ずいぶん古いものに見えるな。すっかり干乾びきって血のりが辛うじて残っているだけだ」


「だが、俺はこの眼で見たんだぜ。そいつの頭からどくどく流れ出しているのを。でも、確かに、そのわりには痕跡がわずかだ。どういうことなんだ?」

「それは死んでいなかったんだな。何処かへ逃れたんだ。捜せば、その跡が見つかるはずだ」 


 床を隈なく調べながら、チャーリィは胸の中で呟いた。


(だが、あれは確実に死んだんだ。俺はちゃんと見ていた)


 しかし、何処にも緑色の血の跡は見つからなかった。それが動いて行ったのなら、必ず多量の血の跡が残るはずなのだ。

 代わりに例の白く乾きかかっている粘液の染みが所々付いていた。五つの棺は全て空になっている。


 ライルを見ると、彼は黙って突っ立ている。その横顔を見なくても、彼が途方に暮れているのが解った。判断する材料が乏しすぎるのだ。例の粘液からもあまり手掛かりを得られなかったのだろう。




 急に彼らを包む闇が生命を持って動き出すような気がした。冷気が湿った壁から染み出してきて、チャーリィの背骨を震え上がらせる。彼はライルの腕を取った。


「行こうぜ。これ以上、ここに居ても何も解らないよ」

「待て……」


 ライルが囁いた。


「いいか。これから何も考えるな。頭の中を空っぽにするんだ。そしてできる限り気配を消せ。石にでもなったつもりで……」


 彼の語調がひどく差し迫っていたので、チャーリィは何も聞かず言われた通りにしようと努力した。

 勇のように完璧に気配を消すことはできないが、それでも何とかやってのける。頭のほうは……こいつはちょっと難しいが(俺は石だ、……石)と呟き、石になりきろうと努めた。



 息の詰まる時間が流れた。じっと凍りついたようにたたずむ二人の周囲を、得体の知れない何物かがずるりと動き回っているような気がして、何度か叫び出したくなるのを必死でこらえる。

 それを知ってか、ライルの手がチャーリィの手をしっかり握り締めて力づけてくれていた。



 チャーリィにも闇に潜む何物かがすっと消え去っていくのが解った。

 闇は相変わらず濃く深いのだが、何となく息の詰まるような重苦しさが消え、明るく晴れ晴れとしてきたような気がした。


「行った……。もう大丈夫だ」


 ポツリとライルが告げた。


「何だったんだ? 今のは……?」


 声が震え、闇の中で赤くなる。畜生! 正体さえ解っていれば、こんなに怖気づいたりしないものを!


「解らない。しかし、それが僕の思考の中にそっと忍び込んできたのが解ったんだ。それは精神に寄生する生物かもしれない。もし、そうだとすると……」


 考え込んで、再び黙ってしまった彼を見つめていたが、その時になって、やっと、まだライルの手を握ったままだったのに気づいた。

 その途端に、肌を触れんばかりに側にある彼の身体を意識した。


 ついさっきの恐怖を感じた恥ずかしさの反動で、欲情が湧いてくるのを覚える。握り込んだ手を引き寄せ身体を自分に向かせると、唇を求めに行く。

 ライルはゆっくりそれに応じると、そっと身を引き離した。暗闇の中で、彼がにっと笑うのが判る。


「チャーリィ。君はいつも、突然変貌するんだな。でもここではだめだよ。床が冷たくて固いもの」


 気をそがれたチャーリィはぷいと離れると、先に立って階段に向かう。


「出よう。俺は太陽が恋しくなった」


 古城の崩れかけたテラスに出ると、ダズトの赤っぽい太陽が乾いた大地の下から昇って来るところだった。早くも赤い光輝が眩しく二人の目を射る。


 雲一つ無い青空の下では、地下室の出来事は遠い昔の夢の中の事のように思えた。

 砂に侵され、岩がごつごつした向こうにダズトの町が砂嵐に煙って見えた。


「リン・カーネンはどうしたんだろう?」


 チャーリィが独り言のように呟いた。だが、答えは解っている。城の中の破壊は、リン・カーネンがやったものだ。


 多分、地下から現れたあのタコの化け物をやっつけようと闇雲に銃をぶっ放したのだろう。奴の生物学者としての腕は買うが、射撃の腕はどうも頂けないようだ。


 その結果、リン・カーネン彼が化け物ごと瓦礫の下に埋まってしまったのか、双方ともに逃れたのかは解らない。それを確認するためには、あのガラクタを全部引っ繰り返してみなくてはなるまい。


「彼は死んだのかな」


 ライルの感情のこもらない声が、チャーリィの物思いを断った。


 いつも感じるのだが、ライルには死に対する悼みの感情が乏しい。それは、チャーリィがやむなく人を射殺する時の厳しい非情さではなく、ただ単に何の感情も出てこないのだ。


 生きている限りは誰に対しても最善を尽くすが、一度死体になると、全ての関心を失ってしまう。

 もはや、手の施しようがなくなったので。彼の管轄ではなくなったから。


「とにかく、船へ戻ろう。シャルルも気を揉んでいるだろうし」




 何となく不気味な古城から、ライルを強引に連れ出して船に戻る。

 シャルルは二人の無事な姿を見て喜んだ。


 ライルの耽美的な装いを見て目を丸くし、思わず口笛を吹いたことに対しては、チャーリィは親友のよしみで不問にしてやった。


「何だか一晩中、船の周りを得たいの知れないものが徘徊しているような気がしてね。ここには、魔物でも出るのか?」


 シャルルもそいつの気配を感じたらしい。困惑しているシャルルに、チャーリィが古城で起こった事を話した。


「なるほど。きっと、リン・カーネンの奴がそいつの目を覚ましちまったんだな。好奇心が強いから。で、そいつがまだこの辺りにうろついているなら、用心しなくちゃならんな」


 ずっとコクピットから、外のやりきれない景色を眺めていたライルが、ぽつりと告げた。


「じゃあ、僕は町へ戻るよ」

「なにぃ⁉」


 チャーリィが怒気をみなぎらせてライルを睨んだ。自分でも顔が変化していくのが判った。自制が効かない。目尻がぎりぎりと上がり、物凄く険しい形相をしているのだろう。

 横にいたシャルルが青くなり、顔をひきつらせた。自分に向けられた怒りでなくとも恐怖に身を強張らせる。


 だが、当のライルはけろりとした顔で、チャーリィの凄まじい怒りを受け流している。


「黙って出てきてしまったしね。僕自身、もう少し続けたいんだ」

「貴様はいつだって、俺達に無断で出かけるじゃないか! それに、もう少しだと? あんな事、幾らやったってどうだって言うんだ!」


 チャーリィは噛み付かんばかりだ。


「どうして、そんなに君が激するのか、僕には解らない。僕のやってることはいけないことなのか?」


 ライルはチャーリィの怒る理由が判らず当惑している。


「当たり前だ! “セックスを餌にゲームでぼったくり”なんて行為が、許されるはずないだろ! 犯罪だぞ!」

「ゲームにはなんの不正もない。公明正大なタイマンの勝負だ。どこにも違法性はないよ」


 ――引っかかるのはそこかよ?


「多額の金が支払われてるだろう?」

「相手が勝手に払ってるだけのことだ。僕はただ、ゲームの相手をするだけだよ」

「負けたらどうする気だ? 相手の要求通りに、その身体を自由にさせる気か?」

「自由って?」


 相変わらずの鈍さに、チャーリィは頭を抱える。どうしてこいつは、字面じづら通りにしか反応しないんだ?


「……、セックスするってことだ」

「ああ、男同士のセックスだね。そういえば、まだ実験してなかったな」

「まだって……、アルルアンとホテルに泊まったろう?」

「うん。データを取らせてもらった。彼は面白いね。何かしたそうだったんだけど、結局、何がしたかったのか、よく解らなかったよ」


(気の毒に……)


 チャーリィはひそかにアルルアンに同情した。七つの星同盟の傑物たる大統領も、ライルの前では形無しらしい。

 その恥知らずのバリヌール人が、ぱっと顔を明るくする。


「そうか。実験できるチャンスか。でも、わざと負けるなんて、そんな不正はとてもできないし、誰もみんな僕に勝てそうもないし……」


 真剣に悩み始める。チャーリィは思わず怒鳴ってしまった。


「そんな実験なんかやらんでいい! 絶対、負けるな!」

「ええ? どうして?」


 ライルがひどく不満そうな顔でチャーリィを見つめて来た。チャーリィの怒りが解けたので、ほっとしたシャルルはにやにやして言った。


「チャーリィ、君の負けだよ。ライルには罪の意識もこだわりもまるでない」

「畜生! 黙れ。ライル。お前が良くても、俺が良くないんだ! 俺は、お前を……! 俺は、お前が……!」


 チャーリィは唇を噛むと、後ろを向いてしまった。


 ――奴になんて言ったらいい? お前を愛しているんだと言えばいいのか? お前を誰かが抱くと考えただけで、気が狂いそうになると?

 

 そんなことを言ったところで、奴の愛を得ることはできないし、二人の今までの友情も壊れてしまうだろう。バリヌール人は、誰にも束縛できる種族じゃないし、彼は愛の独占欲も、性欲に突き動かされる愛の衝動も知らないのだ。


 嫉妬と焦り、欲望が赤黒い血潮の渦となって、チャーリィの体内を駆け巡り、全身の毛穴からどっと噴き出してきそうだった。それで、背を向けたままそこに突っ立って耐えた。


 そんな事には気づきもしないライルは、チャーリィの背中をしばらく眺めていたが、


「じゃ、行くよ」


 と、言って、くびすを返し、砂漠の中へ帰っていく。


 はっとして、エアロックまで追いかけたチャーリィは、辛うじてそこで踏み止まった。


 奴をとっ捕まえて、顔の形が変わるまで殴り飛ばし、めちゃめちゃにしてやりたい。

 だが、無論、奴の顔を間近に見たら、手を挙げることさえもできなくなってしまうのだ。


 だから、チャーリィは代わりにエアロックの扉に、力一杯拳を叩き付けた。拳の皮膚が破れて、血が流れたが、彼にはその痛みすら感じなかった。 

チャーリィ氏の想いは、常に空回りです;;

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ