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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第6部 砂漠の夜は怪物でいっぱい
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ライル ダズトの町に戻る

 六の章


 無頓着に町に入ったライルは、たちまち『ロイヤルレディ』の手の者達に囲まれた。彼らは夜も寝ずに捜し回ったと見え、目を血走らせて殺気立っていた。


「よくも抜けやがったな。ボスの顔に泥を塗り、店に恥を掻かせたとあっちゃあ、どんな売れっ子だって許せないぜ。ボスはかんかんだ。覚悟しておくんだな」


 一人がどすの利いただみ声で憎々しげに言った。よっぽどボスにこっぴどくせっつかれたらしい。

 だが、ライルはそんな脅しにびくつくほど、『まとも』な神経の持ち主ではない。仁王か悪鬼のような形相の男どもに、彼はにっこりと微笑み返した。


「君たちの言う事が良くわからない。とにかく、店主に会いに行こう。そこではっきりするだろう」


 少しも畏れ入らず無邪気ににこにこしているライルに、ちょっと毒気を抜かれて鼻白む。

 男達は、それでも、


「ボスの前でも、そうやって笑っていられるといいがな」


 と、釘を刺し、彼を囲んだまま店に向かった。


 寛いで行く美貌の青年を見る誰の胸にも、打ちのめされ泣いて許しを請う彼の姿が浮かんでいた。風にひらめく耽美な衣装姿に劣情に濁る視線を絡ませる。だが、当の本人はまるで気にしないのか、気が付かないのか、飄々と頓着がなかった。




 やがて、ライルは『ロイヤルレディ』の事務室で、大きな椅子にふんぞり返っているソル人の男の前に立った。

 五十台前半の筋肉質で、押し出しはどこぞかの実業家といった様子だが、目付きと口元が裏社会を牛耳る人間だと告げていた。ライルの後ろを連行してきた男達がぞろっと固める。


 ***


 リン・カーネンの所から出てきたライルが、町の中を当ても無くうろつきながら、感覚とそれに伴う感情をどうやって開放させようかと途方に暮れていると、三人のチンピラに囲まれた。


 金の持ち合わせも無く、力も無い彼が連中に小突かれ、下手すると大怪我しそうなところへ、この男が供を連れて通り合わせた。

 チンピラは男にじろりと睨まれただけで一目散に逃げ出し、口から血を流してへたり込んでいるライルだけが残った。


 ケネス・カネスは助けた青年をじっくりと眺める。傷ついた青年はまだ少年と言ってもいいほどの年に見えたが、ケネスの存在など一向に気にせず、口元の血を拭い、傷の具合を調べ、立ち上がると軽く会釈して立ち去ろうとした。


「君、待ちたまえ」


 ケネスが声を掛けて青年は立ち止まり、初めてまともに彼の顔を見た。


 畏怖もなければ、感謝もない。全く無表情に、毅然と立っている。人の上に立つことに慣れている尊大さを感じさせた。

 この世界で、一、二の権力を欲しいままにいているケネス・カネスは、しかし、相手の無礼な態度よりも、改めて青年の美貌に圧倒されていた。


 人間離れした――というより既に人を超えた神の領域に入る完成された美だった。

 その紫の瞳が深く澄んで、真っ直ぐにケネスを見返している。


「私と一緒に来ないか?」


 青年は鷹揚おうように頷いた。


 ***


 ケネス・カネスはふてぶてしい脱走者を前に、そんな事を思い出していた。



 あの時も、やはりここでこうして向き合っていた。

 ライルの態度はあくまでも涼やかで、威厳すらあった。こういう町には、如何にも不似合いな青年だった。

 では、なぜ、ここにいるのか? 彼は話そうとしなかったし、ケネスも聞くほど野暮でもない。


 青年は黙ったまま、ケネスが話し始めるのを悠々と待っている。自分が喋らなければ、このまま一時間でも二時間でも、こうして待っているに違いない。それを可能にする自信がこの青年にはあった。

 辛抱しきれなくなったケネスが、ついに話しかけた。


「何処か行く当てでもあるのかね?」


 隅に控えている部下達の間で微かなざわめきが起こったほど、優しい口調だった。


「いや、無い」


 青年の返事は簡潔だった。


「では、しばらくここに留まっていったらどうだね?」

「僕の目的に叶うならば」

「目的?」

「ええ、僕に快楽と歓びを与えてくれるなら、留まりましょう」


 ケネスは目を丸くして、青年の顔を覗き込んだ。

 だが、彼の表情は冷静この上なく、何の邪気もみられない。まるで、高等数学を教えて欲しいと言っているような調子なのだ。

 彼の真意が解らず、ケネスは混乱した。


「僕は、自らそれを欲することができない。だから、与えて貰わなくてはならない。貴方はそれができますか?」


 ケネスはゆっくり唾を飲み込んだ。奴の考えは解らないが、額面通りに受け取れば……。


「よし、君に与えよう。その代わり、この書類にサインしてくれ」


 ケネスは一枚の紙を出した。

 彼の店『ロイヤルレディ』で、任意の期間合法的に働くという、どうということのない契約書だった。

 だが、この紙には一枚のように見せ掛けて、もう一枚隠されていた。サインはその隠された紙面にも写るようになっている。

 そして、その書類こそが真の目的だった。世慣れている人間なら見破れていたろうが、世間に疎いライルは気づかない。


 サインが終わった途端、ライルは両腕をがっしりした大男達に押さえられ、本性を現したケネスの笑い声と共に、彼はかごの鳥となった。



 それ以来、ライルはケネスの思惑通り彼のドル箱となった。

 ケネスはライルを店の飾りにした。耽美な服を着せウインドウに置くだけで注目を集め、彼を求める客が列を作った。一晩に取る客数が限られる娼婦として使うよりも、もっとうまい手をケネスは考え付いた。


 彼が論理性ゲームに関し非常に自信があることを知ったケネスは、彼を賞品にゲーム対戦させることにしたのだ。客は彼と対戦するためにいくらでも金を払った。ゲームは長くても三十分で勝負がつき、一晩で桁違いの稼ぎを出した。


 PCゲームは言うに及ばず、ビリヤードでもダーツでもスロットマシンでも彼は正確無比だった。ライルが全てを計算しつくし、かつ自身を完全コントロール下において技を出しているなど、ケネスは当然知らなかったが、結果が全てであり、一目瞭然だった。誰も勝てないのだ。


 一夜で、店一番の稼ぎ頭になり、二日目にはダズトで一番金を稼いでいた。


 客はライルを得ようと競争し、誰が一番乗りするかでしのぎを削った。そのために、誰でも惜しみなく幾らでも金を払った。予約は一週間先までぎっしりだった。


 彼は問題になることは何一つなかった。今回までは。


 だが、監視カメラの目も、厳重なコンピューター管理による錠も見事に破って逃げ出したのだ。見回りの警護の男が定期チェックに来て初めて部屋のロックが外されており、ライルの脱走を知ったのである。

 烈火のごとく怒り狂って部下を叱咤し町中走らせて捜索させたが、ついに一晩中見つからず苛立っている最中に、当の本人がひょっこり町中へ現れたのだ。


 ケネスは相変わらず、この青年の真意が解らない。



 正常な男だったらとうてい耐えられぬ屈辱的立場にあるにもかかわらず平然とし、かといって倒錯者に見られるような暗さや卑屈さもない。開き直ったふてぶてしさも無く、まるで自分が何をしているのか、理解していないようだ。

 頭のネジが狂っているのか、少々足りないのかとも考えたのだが、奴の目を見た限りでは、そのようにも見えない。

 だいたい、ゲームに負け知らずで、複雑なコンピューターを相手どって錠を破る真似までできるのだ。知性は相当高いのだろう。


 つい今しがたまでかんかんに腹をたてていたものだが、ライルの瞳を見ているうちにすっかり気持ちが落ち着いてしまった。もう、ケネスには彼を罰しようという気持ちは無くなっていた。

 だが、周りの部下達の顔を見ると、ライルをこのまま許すわけにもいかないことも解っていた。今後の締めにも係わってくる。



 ケネスは不本意ながら、席をたつといきなりライルのあごに拳を入れた。手加減したものだったが、ライルはあっけなく吹っ飛ばされる。乱れた薄絹の姿を、野卑な男達の濁った視線が欲望も剥き出しに追う。


「俺によくも恥を掻かせてくれたな」


 ケネスは床に上半身を起こしたライルに言い渡した。


「これから、二日間、例の地下倉庫に閉じ込めておけ。食事も水も抜きだ。ライル。この次、また、こういうことがあったら、今度はこんなものではすまないことを肝に銘じておくんだな」


 少々店を休ませて客を焦らし、値を釣り上げるのもいいかもしれん。予約をすっぽかされた客にはちょっとゲーム条件をサービスしてやれば3倍の値でも払いそうだ。




 部下達は失望半分期待半分の表情で、ライルを引っ張って行った。彼がみんなの前で、もっと無残に痛めつけられ床に這はいつくばる様を見られなかったことで軽い失望を感じたが、地下倉に監禁されることは、また別の趣向を呼び覚ましたからだ。


 この建物は有史以前から在る古い建築物の土台の上に建てられており、地下倉はその古い建築物のものだった。照明もなく、鼻を摘まれても解らぬ闇と、古い壁から滲み出す湿り気と異臭に囲まれては、一日も持つまいと言われている。

 その上、そこには何か得たいの知れない物の怪がいると伝えられ、かつてそこに閉じ込められた囚人のうち、とうとう戻らなかった者がいるとか、狂人になって発見されたとかの噂が尽きない。



 階段を果てしなく降り、やがて一行は暗い石造りの地下倉の前に立った。重い扉が付いている部屋が細い通路を挟んで並んでいる。奥は闇に包まれ、何処までこの薄気味悪い通路が続いているのか定かではない。

 まして、ここがかつて何に使われていたかは知る由もなかった。


 階段に近い扉の一つを開け、ライルに入れと身振りで示した。階段の所にある灯りで、中が辛うじて見える。横幅は三メートルほど。奥行きは十メートルほどもあろうかという細長い部屋だった。苔むした石壁と平でざらざらした石床のほかは何も無い。


 扉のところに、小さなブザーを取り付け、


「もし、途中で耐えられなくなったら、これを押して人を呼べということだ。お前が狂ったりすると、商売に障るからな。だが、こいつは話はできない。ま、頭を冷やすには格好のところさ」


 と、言うと重い扉の向こうにライル一人を残し、ただ一つの灯りと一緒に男達は去ってしまった。

 男達が階段を登っていく最後の足音が消えると、完全な静寂が闇と共に彼を包んだ。




 暗黒と死のような静けさ。地下にある古い遺跡特有の黴臭かびくささと湿り気。石はざらざらとして、指で擦ると表面がぼろぼろと崩れ落ちた。リン・カーネンの古城の古い地下の部分と、年代は近いかもしれない。


 闇の中の奥へ進み壁を叩くと、鈍い反響が返ってくる。この壁の向こうは空いているらしい。空気が微かに動き、向こうの空間と繋がる隙間が何処かにあることが解る。だが、空気の量から見て小さなものだろう。


 ライルは再び扉のほうへ戻ってくると、比較的乾いた所を探して腰を降ろした。そして、欠伸を一つするとたちまち寝入ってしまった。

 常人なら恐らく耐えられそうもない闇も完全な静けさも、薄気味悪い場所も、ライルには一向に気にならなかった。むしろ、昨夜一睡もしなかった分を取り返すには絶好の場所だった。ま、少々床が固すぎるが……。

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