宇宙要塞
勇の超人的活躍編・・・
五の章
勇とミーナは、二光分先の宙域を睨んでいた。そこに、真の意味での要塞があった。
小惑星規模のコロニー・ステーションタイプであった。その周囲数百万キロメートルにわたって、探知衛星と、武装衛星がばら撒かれ防衛堅固である。要塞自身の持つ攻撃力は計り知れない。
「いつの間に、これほどのものを作っていたのかしら」
ミーナが感想を漏らすと、勇が平然と答える。
「宇宙は広いんだ。我々パトロールって言ったって、その広大さの前には、微々たる部分も掌握していやしない。その気になれば、幾らだって作れるさ」
「それが、新鋭、特別機動部隊中佐殿の科白とは思えないわね」
「それじゃあ、ここでうろうろしているのは、銀河連盟でも有数のスペシャリスト、ブルー大尉ではないんだろうさ」
のんびりと焚きつける勇をじろりと睨みつけておいてから、ミーナは真剣な眼差しでセンサーモニターを見る。慎重にコースを計算した。
衛星群は、全ての宙域を網羅すべく周到に配置されている。その鋭く張り巡らされた休むことの無い電子の指に接触せずに接近することは、不可能に近い。丹念に盲点を突いていかねばならないだろう。その為には、1秒、1ミリのずれがあってもならない。
「行くわよ」
ミーナは勇ではなく、『シルビアン』に一声掛けると、一見無造作に船を発進させた。
しかし、ミーナの神経はピンと張り詰めているのである。『シルビアン』と完全に同調していた。
六年前、異次元界を脱出する時、高次元界の存在形態で『シルビアン』と接触した体験のせいか、『シルビアン』のコンピューターと意識レベルで同調するようになった。
コンピューターも人の脳も、或る意味では電子的活動なのだから、不思議ではないかもしれない。それが、近年、ますますしっくり行くようになって、この頃は彼女と『シルビアン』は、一体と言っても良かった。
『シルビアン』に積載されているセンサー装置群は宇宙随一である。ライルの手作りなのだ。ミーナと一体化した『シルビアン』は、要塞の微細な電子的触手を巧みにすり抜けて、衛星の警戒網を突破した。
『シルビアン』は細い磁気性の蝕盤を伸ばして、要塞の表面に接触すると、羽のように静かに定着する。反重力推進ならではの芸当だ。
船の慣性は逆推進で相殺した。接舷した壁の内側で人が耳を澄ませていても、気がつかないに違いない。
しばらく様子を窺ったあと、船から六体の生物が現れ、表面すれすれを擦るように飛んで行く。やがて侵入口を見つけて中に入って行った。後には、永遠の闇に凍りついた金属の面が、ひっそりと冷たい脅威に輝いて沈黙していた。
***
侵入に成功した六人は、迷路のように込み入った構造に戸惑っていた。改築、増築を繰り返して巨大化していった所為もあるだろうが、同時に侵入者の足を阻む目的も含まれているに違いない。各通路に、監視の目があると見て、彼らの足は嫌が上にも慎重にならざるを得なかった。
勇は特別機動隊の精鋭達と別れ、単独捜査に掛かった。部下達には、敵要塞の軍備を探るよう指示している。
敵に発見された時は構わず発砲し、素早く船に帰還しろとも命じていた。ミーナには勇を待たず直ぐに離脱し、情報をパトロール本部へ届けるよう要請した。
「そんな隊長って、いないわよ!」
と、ミーナが呆れていたが、部下達は驚いてもいない。どうやら、日常茶飯の事らしい。相変わらずの無茶振りだった。
***
勇は次第に中枢部へと肉薄していった。進むにつれ、いよいよ麻薬組織が、単に麻薬で営利的な成果を目論むばかりではなく、何かもっと大きな計画を持った巨大組織であることを確信する。
周辺部ではあれほど多くの雑多な人間達がいたのに、中心に進むにつれ、人の数が減ってきた。質も変化し、軍隊のように統制が取れていく。そして、ロボット要員の数が増えてきた。警備のほかに、人がこなすような雑多な仕事もそれらが引き受けている。
やがて、ロボットのほうが主力と言うほどにまでなってきた。機械が人間を運営しているようだ。
「普通は、逆なんだけれどな」
勇が呟いた。嫌な感じがする。首謀者のこの配置は、ある意図を明確に物語るものだ。だが、それは、勇の好みではない。
勇は通風ダクトの中に潜んでいた。実は、三十分も前からそこにいて、動けないでいるのだ。ロボット要員の監視の目が厳しく、連中の目に触れずにここを出るのは不可能のようだ。
人間に会わなくなって既に久しい。いよいよ中枢部だと思われるだけに、勇は悔しい。
今のところ、ライルの消息は全然手に入っていない。ここまで来て何の収穫もなしに引き下がるのは嫌だった。
勇としては、ここはどうあっても首謀者の顔を拝みたい。ぎりぎりと歯噛みしていると、どうした弾みかロボットの姿がなくなった。こんなチャンスは後にも先にも一回きりだろう。
彼はダクトから飛び出した。
***
五人の精鋭部隊は勇の指示通り、二つに分かれて通路に散った。麻薬組織の本拠地と思えるのに、人の数は多くない。
ギル達三人は、左軸の方角へ向かいながら、通角の陰で数人の男達が通り過ぎていくのを待っていた。彼らは要塞に安心しきっているのか、全く無警戒と言って良かった。
ギルは仲間に合図を送ると、次の区画へ通じる廊下を駆けて行った。
彼らが兵器庫を発見したのは、偶然に近い。人を避けて入った横道が、それに続いていたのだ。警備の者が誰もいない。
ギルは呆れながらも、素早くドアを破って中に入る。そこは、発射を待つばかりになっているロドゲウム爆弾の山の列だった。その備蓄量に一驚する。
非常に好戦的で悪評の高いロドゲウム人から仕入れたものらしい。これ一個で、太陽系艦隊の最大級原子爆弾の数十倍の威力を持つと言われている代物だ。それが威力を発揮するところは、彼もまだ見たことがない。これからも見たくはないものだと呟く。
警報を示す赤ランプが点滅し始める。ドアを破ったので、警報に引っ掛かったのだろう。
ギルは、爆弾の列の隅にリモートコントロールの爆弾を一つ転がす。それはミサイルの間に隠れ
て見えなくなった。
ギルは退却の合図を出す。ほどなく麻薬組織の要員が駆けつけてきた。
仲間の一人が、いつの間に持ってきたのかロドゲウム爆弾を一つ転がした。ギルはぎょっとして飛び上がったが、敵はもっと驚いた。わあっと叫んで一目散に逃げだす。
これが爆発したらいくら逃げても同じなのだが、そこは人情で本能的に逃げたくなるらしい。
ギルがよく見ると、爆弾の信管はちゃんと外されていた。そいつはにやりとギルに笑って見せる。
隊長が無茶なら、どうやら、部下も無茶な連中が揃っているらしい。
別の二人は、モノレールのようなカプセルでステーションに出る。そこで、彼らは発進するばかりに整備された何百と言う戦艦を見た。何のために、これほどの軍備力が必要なのだろう。
ステーションに詰めているらしい男がでてきたので、サミュエルはそいつを捕まえると物陰に引き摺った。
バリヌール人が来たかと訊ねる。男は否定した。かなり荒っぽい脅迫を加えても、否定し続けるのでそれは事実かもしれない。
この戦艦の目的を聞いても、男は知らなかった。ここに勤務している連中は、みんな詳しいことは知らないと言う。
「誰がボスなのか、みんな知らない。命令の伝達は、コンピューターに拠って為されるから。でも、ボスは何でも知っている。宇宙の全ての動きが解るらしい。だから、俺達は安心しているんだ」
「なるほど。ハッカー犯罪者のクロス。ここなら、安全だろうよ」
クロスは言い当てられて、ぎょっとした。
地球ネットワークの中に無断侵入して、各銀行からごっそり金を引き出すなんてのは、まだ可愛いほうだった。犯罪者リストの消去から、医療プログラムの変更による殺人請負など、ネットワークに関わるあらゆる犯罪をやってのけた天才で、ブラックリストの一人である。
「ここは、犯罪者のいい隠れ家だな。他に、誰がいる?」
クロスは唸りながら、すぐ横の壁を握り拳で叩いた。途端にものすごい警報が鳴り響く。期せずして、ギルが警報に接触した頃とほとんど同時であった。
「お前ら、ここから出ることなんかできねえぜ。良く忍び込めたもんだ。だが、これでおしまいだ」
クロスが憎しみの籠もった形相で笑う。サムの相棒が彼を撃った。
「殺したのか?」
「いえ、麻痺レベルです」
彼が興奮した顔で言った。
「よし、すぐに脱出する」
サムは壁の隅にリモートコントロール式の爆弾を接着すると、先に走る相棒の後を追った。
***
しばらく通路を進んだが、勇の僥倖はそこまでだった。
一体の見回りロボットが向こうからやって来るのが目に入ったのだ。勇が銃を撃ったのは反射的な反応だった。
ロボットは電子脳が侵入者を認め、攻撃に入る前に溶解した。だが、それでも機能が停止するまでの何分の一秒かのうちに、警報が発せられているだろう。
勇は発見されない為の努力を捨て、遮二無二進んだ。今、この瞬間にもロボット群は続々とここへ集結しつつあるはずだ。
灰色に輝く通路を、出会う片端からロボットを焼き倒しながら、勇はさながら戦車のように突き進んでいく。
死ぬのは怖くない。だが、その前に何としても敵の顔を見てやる。それをパラ通信でミーナに送れば、彼女と俺の部下がパトロール本部に連絡する。
勇はミーナを信じていた。
五……七……十……十三……。
勇は自分が倒してきたロボット兵を数えていった。背後からも、金属が床に軋る重く脅迫的な響きが追い迫る。
後続部隊の先頭の姿が見えた時が、自分の最期だろう。分子破壊砲が一瞬でガスに変えてくれる。
彼はいっそう足を速めた。小脇に抱えた重い携帯用高出力ビーム砲を全開にして、行く手を塞ぐロボット軍をなぎ払う。
溶解して沸々と煙をあげて煮えたぎる中を、傲然と突っ切って行った。足を始め、全身がひどい火傷を起こしていても、意に介さない。
顔が熱風を受けて、赤く膨れ上がってきた。鉄や化学物質が燃えて出てくる煙が目に滲み、涙が流れる。焼けた頬がひりひり痛む。有毒なガスが鼻腔と気管を突き刺し、息苦しくてむせる。口の中も乾ききって、舌が腫れて喉がざらざらした。
二十……二十三……二十五……。
髪が焦げる匂いがする。どろどろに熔けたロボットが折り重なっている通路は、果ての無い溶鉱炉に似ていた。高温が勇の思考力を奪っていく。
両足の感覚はとうに失われ、代わりに焼け付く火の塊が残っていた。それを意志の力だけで走らせる。
ロボットどもめ! 限りがないのか?
どれほど走ったか、距離感も失われた。
二十九……三十三……三十六……。
機械的に数えていく。新記録だぞ。にやりと笑う。半分、狂い掛けているのかもしれない。
だが、勇の超人的な体力と精神力は、ついに彼を最後の扉へ導いた。
頑丈な扉には何の印もなかった。
だが、この扉以外に何処に在ると言うのだ!
彼のビーム砲が、ありったけの出力で吠えた。
背後に迫り来るロボットも、もう念頭にない。
扉のロックを熔かすと、身体ごと倒れながら部屋の中に飛び込む。
反射的にぱっと身を起こして、正面にあるものを見た。
そして、彼は動きを止めた。
その後ろを物騒な大型砲を構えて、ロボット兵の一団が取り囲んだ。
***
勇の思考をパラ通信で受け取った時、ミーナは船の外に出てギルの援護をしていた。
パラ思考は、勇が目に見たものをそのまま伝えた。
一瞬、ショックで動きが止まる。
しかし、すぐ気を取り直す。要塞の装甲外壁を低く飛んでくるギル達目掛けて、人狩りロボット車が接近してくるのが見えたからだ。
それまで応戦していた組織の兵はみな姿を消した。つまり、赤外線で探知する異物体を無差別に攻撃してくるということ。人間の身体は、それらにとって、闇夜に輝く照明弾のように目立つだろう。
ミーナは『シルビアン』の外に出てきた事を後悔した。『シルビアン』で待機していれば、戦闘ロボットを攻撃し、直ぐにギル達を収容できたのだ。
ライルがここにいて、苦しんでいるのではないかと思うと、じっとしていられなかった。
「私って、いっつもこうなんだから。駄目ね」
ミーナは銃の出力を最大値に変えると、重力を無視した多数のアームを持つグロテスクな機械を撃った。
アームの一つと一緒に、ボディの三分の一ほどが吹き飛ぶ。それは、回転して視界から消えた。
だが、まだ三機が三方から近づいてくる。ギル達のスピードが上がった。二機がギルに向く。スピードはロボットのほうが速い。追いつかれてしまう。
ミーナが再度、その一機を狙った。その時、はっとして横を向く。もう一機が、彼女の前に立って、武器アームを伸ばした。
「やられる!」
恐怖に胃がひりひりと縮み上がる。
と、鋭いビームが宙を走った。ロボットが彼女の目の前で蒸散した。
えっ? と、茫然とするその目の前でビームが再び走り、ギル達に迫ったロボットを破壊する。
彼女が振り向くと、『シルビアン』の薄紫に輝く姿が現れた。
『シルビアン』は滑らかに滑ってきて、彼女の前にドアを開いた。ミーナは唖然としたまま乗り込んだ。ギル達が追いつき、駆け込んでくる。
ミーナははっと我に返って、操縦室に走った。
――サム達かしら。きっと、そうよ。
操縦室には誰もいない。
照明が、彼女を待つように明るく灯っている。
ミーナは急いでシートに着く。サム達も窮地にあるはず。
彼女の指が触れるより早く、赤外線探知装置が映像を送る。
「あそこだわ」
操縦桿を握ると、それを待ちわびていたかのようにふわりと浮き上がる。
サミュエル達はロボット兵の攻撃を受けている最中だった。一人が怪我をしている。
『シルビアン』のビームがそれらを片っ端から攻撃しているうちに、サム達が帰還した。
『シルビアン』は直ぐに上昇した。要塞の砲門がせり出し火線を開いた。凄まじいエネルギー束が幾重にも重なって襲い掛かった。
が、『シルビアン』は、反射神経を持つ生物であるかのような動きで身をかわす。無数の戦闘機が飛び出してきたが、『シルビアン』のスピードにはついていけず、次々と脱落していった。
早くも亜空間に滑りこんだ船の中で、ミーナは確信した。
『シルビアン』は、彼女の思考にパラ領域で感応し、連携されている。ライルがこの船を設計した時点で、そこまでの機能を見込んでいたかどうかは知らない。
だが、この船の全体の十分の一を占めるコンピューターと操縦室を囲んで壁一杯に拡がる回路や船中の末端シナプスを含めたら、膨大な量となる。しかも、自己学習型なのだ。
これが、一個の意識を持つ頭脳へと成長し、ミーナの思考とパラ領域で連携されたら……。
彼女は無意識にペンダントを握り締めた。パラ通信機である。
一年前、旅人族の工蔽で、ライルが宇宙線エネルギー用コンバーターを設置したので、『シルビアン』は事実上無敵だ。
ミーナは愛しい想いでコンソールを撫でた。すると、『シルビアン』はまるで嬉しそうに喉を鳴らし、微かな振動が船首から船尾へと駆け抜けていった。
***
勇は未だ自分が生きているのが信じられない思いだった。それが、彼を生かしておく理由がわからない。彼を取り囲んでいたロボット兵は、ついにその砲を一発も発砲することなく立ち去った。
あとには、勇とそれだけがこの広い円筒形の部屋に残った。彼が入ってきた唯一の扉は閉じられていた。びくとも動かないことは、既に確かめている。持っていたビーム砲は、彼が最初にそれに向けて撃った時に破壊されてしまっている。
円筒形の側面は緩いカーブを描いてせりだし、無数のスクリーンが隙間なく並んでいた。そして、全ての中心にそれが立っていた。
彼はなるべくそれを見ないようにしているのだが、それでも吸い寄せられるように、目がそこへと行ってしまう。そいつの足下には、使われるはずのない一連のコンソールがあった。
その操作卓に覆い被さるようにして、それがいる。
多分、機械のようなものなのだろう。生身の生物のようにはみえない。実態が定かではないのだ。
それは、きらめく光と影によって、形作られているように見える。
そして、その形は…………。
あまりに馴染みで、或る意味ではあまりに当然過ぎて、始めは受け入れ難かった。だが、それはそこに在ったのである。
猛禽のような鋭い爪と獣の脚、裂けた口、鋭い牙、背に翻るのは黒い翼、竜の尾、頭部には曲がりくねった二本の角。
地球上のあらゆる宗教の敵『悪魔』の姿だった。残忍な輝きを宿す双の目が勇の動きを追っている。
何故、それが宇宙のど真ん中に? 麻薬組織が作ったのか?
否。
これはもっと遥かに過去の世界からきている。こいつが、麻薬組織を作り、操ってきたのだ。こいつが諸悪の根源なのだ。
では、いったい、いつから?
バリヌール人が混沌の界から目覚める頃?
それとも、宇宙の始まりから、ここにあったのだろうか?
悪魔伝説は、実在の根拠が在ったのか?
バリヌールを除くあらゆる種族に、『悪魔』伝説があることを勇は調べていた。彼は民俗歴史学を副専攻している。
もちろん、その姿はさまざまに形を変えているが、根源は一緒だった。恐怖と悪を司る者。
彼の目の前に在る存在が、彼の目に映る通りの形かどうかの保証はない。見る種族によって、その形は変わるのかもしれない。だが、その存在と脅威は確かなものだった。
それは、まさしく『悪魔』なのだ。
『悪魔』もしくは、それに象徴される存在が、ここに在ることによって伝説が生まれたのか、種族の持つ根源的な恐怖が伝説を作り、この『悪魔』が生まれたのか? 卵と鶏のように、きりに無い堂々巡りが、気も遠くなるような歴史の中に埋没していく。
目を上げると吐き気がこみ上げてくるほどの恐怖の実感を伴って、そこに在る。鉄の神経を持つ勇でさえも、ぞっとしない設定だった。
その『悪魔』の姿がさらに実体化したような気がした。グワンと膨れた。
次の瞬間、『悪魔』の思念の激しい攻撃が始まった。
それは、ただ一つの思念だった。
それが、無数の鋭い刃となって、彼の心を貫いた。
『服従せよ!』
『服従せよ!』
『服従せよ!』
強力な思念は彼の脳を焼き、骨髄に浸透し、心を千々に引き裂いた。
勇は並外れた精神力の持ち主で、並大抵のものには動じない。大概の思考波を撥ね返す強さを持つ。
だが、しょせん、彼は人間であり、決してそれを超えることはできない。
それでも、彼は、全能の神や悪魔に等しい圧倒的な力の前に、幾分かは持ちこたえた。
しかし、疲れを知らぬ『悪魔』は、彼の全精神を吸い取り、時間をかけて心身を打ちのめした。
勇の心が無抵抗に開かれると、ゆっくりと凄惨なまでの残忍さで、彼を制御し始める。
やがて、彼が目覚めて立ち上がった時、そこには、かつて知る近藤勇はいなかった。
永く空席であった『麻薬組織』という名の悪の執行機関の総帥が着任したのである。
***
亜空間から戻ったミーナ達は、パトロール本部へ情報を伝達する事が簡単にいかないことを悟った。
彼女が最寄の通商基地へと船を向けた途端、百隻の武装した重艦に取り囲まれたのである。
「俺が見た戦闘艦だ!」
サミュエルが叫んだ。要塞にあった戦艦だった。
艦隊はまるで彼女の手の内を読み取るごとく、先手先手を打って、激しい攻撃を掛けてきた。身をかわし、逃れるごとに、包囲網は狭められ、隙がない。
「指揮をとっている奴、天才だ。完璧な包囲陣形だ」
ギルが悔しげに言う。まさか、自分達の隊長が遥か要塞に居ながらにして指揮を取っているとは知らない。
彼らには、その勇を早く救い出したい焦りがある。
最後の手段として、敵に盗聴されるのも覚悟で、情報をコードサインにして送ろうとした。
だが、それも、単に彼らを絶望させただけだった。
百戦錬磨の勇に、何のミスがあろう。
彼らが放った全ての周波数、亜周波、超周波のことごとくを艦隊の包囲網が吸収してしまい、外へ抜けることは不可能だった。
艦隊の全砲門が、『シルビアン』に向かって開かれる音が聞こえるようだった。
この船には、事実上無限のパワーが秘められてはいるが、一定時間内における供出量は限られている。
クルーザーの規模に限界があった。
百隻の重艦から一斉に放たれるエネルギー量に、『シルビアン』はどれほど持ちこたえられるだろうか。
その時、ミーナの胸に湧き上がった思いは、要塞に残してきた勇のことでも、同乗しているギルやサム達のことでもなかった。
確実な死を前にして、彼女が心に浮かべたものは、やはりライルの面影だった。
情けないほどつれなくて、暖かく、中性的な、大輪の花のようなライル。
ミーナは無意識にコンソールを撫でた。彼女にとって、『シルビアン』はライルだった。ライルの指が触れ、魔法のような知識で紡ぎ出された船。
『シルビアン』と一緒だったら、冥府の彼方まで旅して行ける。
――ライル!
彼女の想いが『シルビアン』に鍵となって反応した。唐変木のライルが組み込んだはずがない。
しかし、『シルビアン』は、長い間それを待っていたかのように、その思考に作動した。
百隻の重砲から放たれた死のエネルギーが、紫の輝きを帯びた銀色のクルーザーに炸裂した。
その同じ瞬間、『シルビアン』は消えた。忽然と。痕跡も残さずに。
その一帯を綿密に調査した艦隊は、結局クルーザーを葬ったのだと結論した。包囲されたエネルギーの集中に、逃れることは不可能なのだ。クルーザーは跡形も無く破砕されたのだ。
報告を受け取った勇は満足げに頷いた。そして、次の仕事にかかる。
彼としては、時期尚早しと感じるのだが、事態は由々しく、考慮の余地はない。長きにわたって蓄えた力を放つ時がきたのだ。
「抗する力は容赦なく摘め。我々の世界が始まるのだ」
勇が……。いよいよ、物語は佳境へと……麻薬どころでは無くなってきた…かも?




