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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第4部 終着行きは麻薬でいっぱい
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賭博師チャーリィ

 二の章


 チャーリィは、宙港の広い舗装道を隅の方へ歩いていった。

 勇とミーナは心配顔で、


「無理はするなよ」

「気をつけて」


 と、何度も念を押していた。

 彼らは『シルビアン』で、積載探知装置をフルに働かせて、銀河の奥深くへ消えて言った船を追うのである。

 どっちに幸運がより必要になるか判るもんか、とチャーリィは肩をすくめる。



 手回りの物を詰めた小さなスペース・バッグを肩に引っ掛け直すと、ずっと隅のほうに停泊している中型宇宙船に近づいた。見掛けはいかにも古びていて、タイプもありふれたもの。ずんぐりした芋虫のような頭の丸い円筒形で、何処かのやくざな隕石ブローカーの船のように見える。


 しかし、これは見せ掛けだけであることを彼は知っていた。この船は見掛けよりも数倍も物騒なのである。これは、麻薬組織の船なのだ。


 だが、彼は気楽な様子でぶらりと近寄ると、立ち止まって胡散臭げに眺め回した。頭を振って、舌をチッチッチッと鳴らす。


「俺も落ちたもんだぜ。飛ぶのかよ? おい」


 声に出してぼやくと、ハッチのところへ寄った。


 ハッチの前で警備していた男が二人、じろりと不審そうに睨む。その手にあるのは、およそ、ぼろ船には似つかわしくない銃だった。物騒な分子破壊銃で武装していた。

 陽炎の立つ銃口を見て、彼は大袈裟に手を上げて飛びのいた。


「おいおい、早まるなよ。まだ、死にたくないからな。俺は、チャーリィ・バトラー。ザリガニの親父に聞いてないかい? 俺はその船に雇われたんだ」


 一人が銃口を下げ、こっちへ来いと手招きする。まだ構えているもう一つの銃口の前を通って、ハッチの下へと進んだ。

 手招きした男が、


「荷物を降ろせ」


 と、ぶっきらぼうに命じた。


「何も持ってませんぜ」


 と、言いながら、チャーリィはスペース・バッグを男に投げ渡す。男は黙って、中を改め始めた。それを待つ間中、彼は背中に分子破壊銃の銃口を意識して、そこが熱くなってくる思いがした。


「なんだ? これは?」


 男がバッグの中から、小さな箱を取り出した。


「あっ。それは返してくれ!」


 彼が慌てる。男はますます不審がって、箱をためつすがめつ眺めた。


「どうやって開けるんだ?」


 背中を銃口で小突く。チャーリィは嫌々口を開いた。


「鍵があるんで……」


 ポケットから、複雑な形の金色の金属片を出して渡す。


「そいつを、箱の横の穴に入れると、開きますよ」


 男がそれを試すのを見ながら、気ぜわしげに付け加えた。


「いいですか? 乱暴に扱わんでください。それは、俺の大切な……」


 箱の蓋が開くと、一組のカードが入っていた。ポーカーに似たチェイスというゲーム用のものだ。


「俺の商売道具で……」


 にやりと笑って見せるのへ、男が付け加える。


「ふん、いかさまだろうが」


 男は箱の底の仕掛けを見破って、隠してあった全く同じもう一組のカードを引っ張り出して見せた。チャーリィは唇を噛む。


「いいか。船の中でやくざな賭け事はするな。判ったな。いかさま野郎」


 男は箱とカードを青い顔でびくびくしている彼に投げ渡すと勝ち誇って言った。いかさま賭博師のトリックを見破って、いい気持ちなのだ。

 銃を構えていた男も銃口を下げ、緊張を解いてにやにやしていた。


「中では金輪際やりません。星々の女神に誓って」

「そのほうが身のためさ。相棒」


 男達は、その背中をどやしてハッチの中へ押しやった。



 ハッチを潜りながら、チャーリィは急いで金属片の鍵をポケットにしまう。実は、この鍵が勇達と連絡をつける手段の片割れなのだ。

 これと首にかけている金の鎖の小さなペンダントを触れ合わせて共鳴させると、ペンダントに内臓されている微細な結晶装置が特殊なハイパー信号を発する。簡単ながら、チャーリィの思考も乗せて運べる。それを勇達の受信装置がキャッチする仕組みだった。



 いかさま賭博のからくりを見破った男がついてきて、彼を船室の一つに案内する。


「ちょっと狭いが、辛抱しろよ。そんなに長い旅じゃない。お前の用は先方に着いてからだ。それまで、おとなしく待っていろ」


 ハッチへ戻る後姿を見送って、彼は素早く船内の様子を頭の中に刻み込む。人間の扱う船ならば、原則としてそれほど構造上に違いはない。

 一瞥してここがどの辺りか見当をつける。通路を見張る監視眼にも気がついた。随分と用心深い。それだけを見て取ると船室に入る。



 中には既に先客達が居て、一斉にこちらを振り向いた。底光りさせた油断のない視線で探るように見てくる。六人。どれも、一癖も二癖もあるような奴らばかりだった。


 ソル人ばかりではなく、緑の星の葉緑素を表皮に持つ昆虫類似型のグリーン人が一人と、重力の大きい世界の出と明らかに判る、横幅も身長も同じずんぐりした石のような奴が二人いた。

 彼らは中央のテーブルの周りに固まり、寝棚で寛いでいるソル人とは打ち解けないらしい。


 チャーリィは空いてる寝棚に自分のバッグを放り込むと、室内の六人を眺め回しながら、異星人が占めているテーブルの椅子の一つに腰を降ろす。


 石人間と昆虫グリーン人は、黙って新来者を睨んできた。彼はにやっと人懐っこい笑みを返す。

 この六人の中に麻薬組織の監視の者がいないとも限らない。彼は自分の演技をやり通すつもりだ。


「宜しくな。お仲間さん。俺はチャーリィ・バトラーって言うんだ」


 誰にともなく自己紹介して、胸のポケットから煙草を取り出すと旨そうに一服つけた。

 グリーン人の物欲しげな目に気づくと、彼は気前良く一本くれてやる。


 グリーン人はいそいそと火をつけて一息吸うと、恍惚とした表情になった。

 葉緑素を持つこの生物が煙草に対し麻薬効果と同じ反応を起こすことを、チャーリィは知っていた。だから、グリーン人の政府も銀河パトロールも、彼らに煙草を禁じている。それを承知で彼は敢えて煙草をやったのだ。

 果たして、グリーン人は彼に対し警戒を解いた。


「生き返るようだ。俺は、シュリルルリルル・ジズムラリリリリ。ありがとうよ。シュリルルって呼んでくれ」


 昆虫族特有の耳障りな声で話しかけてきた。彼は煙草一本で、別人のように快活になった。


「なに、煙草はまだあるさ。しばらくでも一緒に過ごすんだ。仲良くやろうぜ」


 チャーリィは石人間や寝棚の連中にもにっこりしてみせる。

 彼の笑顔は不思議な効果があって、普段、人を射殺しかねない鋭い眼光の持ち主なのだが、笑いかけられると、大抵の人間はほっとしてたちまち親しい気持ちになってくるのだ。


 石人間の表情の少ない小さな禿頭の奥深く窪んでいる四つの目が生き生きと輝きだし、ベッドで寝転んでいた男達は身を起こした。

 その中の一人が、自分を指差して自己紹介する。


「俺はシャーリーって呼ばれている。あんたもそう呼ぶといいよ。兄さん」


 のっぽの黄色い髪の男は元来陽気な性質らしい。頼まれもしないのに、他の二人の紹介までやってくれる。


「この黒髪のおじさんはグレコ・ボラーニと言って、イタリア出身なんだ。向こうの親父さんは、プリートって言うらしいが、出身は知らない」

「アイルランドだ」


 訛りの強い英語でぼそっと付け加える。銀髪で、頬に大きな傷がある。宇宙の事故で裂けた傷だ。

 石人間がやはり重たそうな声で告げた。


「俺達はネグスとデグラ。兄弟だ」


 チャーリィは嬉しそうに笑いかけると、手を広げた。


「よし。今日からは俺達は仲間だ。嬉しいぜ。気のいい仲間に巡り会えて」


 彼はチェイス・カードを出してきた。


「俺は賭博師でね。でも、ここでは賭け事を止められちまった。どうだい? 掛け金なしで暇潰しといこう」

 

 グリーン人とグレコ、アメリカ出身のシャーリーの四人でゲームを始める。彼のプロはだしの――ここではプロなのだが――カード捌きを石人間が後ろで眺め、プリートは自分の寝棚から見ていた。


 次第に盛り上がって、石人間達もゲームに加わる頃になると、自然とみんなの口もほぐれてきた。カードを並べながらチャーリィが話す。


「俺はずいぶんいろんな星を渡り歩ったものさ。時には、まるで王様のような暮らしをしたこともあったんだ。だが、どういうわけか、いつも金は俺から逃げちまうのさ」


 シャーリーが自分の持ち札を覗くと、にやにやして言った。


「チャーリィ。あんたが豪勢な暮らしができたのは、カードのせいじゃあるまい?」

「なぜ、そうだと言えるんだ?」

「だいたい、賭博師ってのは、幾ら稼いだって高が知れているのさ。一生、その日暮らしから這い上がれないんだ。あんたの金の出所は、女さ。違うかい? 色事師。今度は、どんなへまをやらかして逃げてきたんだ?」


 赤毛のチャーリィは、魅力的な顔をにやりとさせた。


「ばれたんならしょうがないか。確かにカードじゃ、高が知れてるんだ。いかさまはやばいしな。俺は女にすごくもてる。こいつを利用しない手はないものなあ」


 シャーリー達はカードも忘れて、目もきらきらさせて頷いた。古今東西、今日にいたってもなお、男達の最も喜ぶ話はいつも決まっているものだ。

 金持ちの美人妻をうまくものにして、甘い汁が吸えると喜んだのも束の間、その亭主の警視長官に浮気がばれて、ほうほうのていで逃げ出したなどなどのでまかせを、連中は造作なく信じ腹を抱えて笑った。――もっとも、その中には、けっこう実体験も多いに混じっているのではあるが――。



 やがて、チャーリィは連中の過去をおいおいと知るようになった。

 陽気なシャーリーは家出息子で、冒険を夢見て家を飛び出し、そのまま行き当たりばったりの暮らしをしている。


「これが、俺の性に合っているんだ。短い人生。楽しく過ごしたいね」


 頬に傷のあるプリートは宇宙船事故で家族を失い、自棄になってならず者の世界に入った。その前は、堅実な商社マンだった。

 石人間達は宙航士で船と金を失い、故郷に帰る船賃を貯めようと働いているうちに、深みにはまっていった。

 グリーン人は煙草の味を覚え忘れられなくて、自ら故郷を出て放浪している。


 グレコがチャーリィに小声で打ち明けた。


「俺は人を一人、ばらしているんだ」


 警察の追及をかわすために、麻薬組織に入った。


「お前が気に入ったぜ。俺の仲間にならないか? お前ならいい商売ができるぜ」

「金は? いい暮らしができるかい?」

「腕次第よ。稼ぎによっちゃあ、王様のようにもなれるさ。あんたと組んだら、いい儲けができる」


 チャーリィは満更でも無い顔で、下唇を舐める。


「そうさな。考えておくよ。兄弟」

「いい返事を期待してるぜ。相棒」


 グレコはそう告げると、彼から離れて行った。



 船がエプカトルの大気を裂く頃には、彼は待っている仕事のおおよそについて知った。ザリガニ型生物のうたい文句とは裏腹に、駆り集めた連中をここの作業場で使う腹らしい。


 話によれば、エプカトル第四惑星は、高温多湿で惑星中びっしりと密林に覆われているということだった。その密林に麻薬の原料となる植物が豊富に生育していて、麻薬組織の支配下にある。


 その植物は鋭い葉に有毒なアルカロイドを含み、更に一年中間断なく降り続く雨に、作業員は発狂するか、病死して長くたない。

 つまり、ここで働くことは終身刑と同義なのだった。葉っぱ集めで一生を終わらせたくなかったら、何とかする必要があった。


 彼は五人の新しい仲間のことを考えた。彼らはまだ自分達を待つ運命を知らない。彼らをその生き地獄に送りたくはなかったが、今の状況では手立てがなかった。

 それに、彼には別の目的があるのだ。

 そこで、彼はグレコの側に行って答えを囁いた。



 船が基地に着くと、男達がシャーリー達を連れに来た。男達は武装していた。

 グレコがチャーリィを『上』に案内する。指令室や船長のキャビンがあるほうだ。

 通路を進みながら、普通の船より手狭なことに気づく。船室も少なく直ぐ上昇する。ほかのものに広く空間を使っているからだ。


 理由は、大抵二通りである。通常の装備以外の機械類を積んでいるか、従来の装置の性能を、特別の用途の目的で増大させる為に大型化している場合――『シルビアン』がその規模のわりに、部屋数が少ないのは、この理由からである。


 もう一つは、船倉などの従来の設備を拡大している場合である。この船は少しでも大量の麻薬を選ぶために、乗員の快適さをかなり犠牲にしていた。

 また、麻薬取り締まりのパトロール戦と遣りあう為の武装もかなりを占めているはず。この連中の船は強力な戦艦なのだ。



 何本目かのリフトを上がって、チャーリィは船長室に案内された。

 船長は頬がそげた老獪さを感じさせる男だった。船長はたっぷり五分間、彼をじっと検分した。

 チャーリィのほうもいかさま賭博師兼色事師の役を演じつつも、突き刺すような視線に、ふてぶてしくも睨み返した。

 グレコはその横で、心持ち青ざめて緊張して待った。


 船長はチャーリィの前に歩むと、いきなり砕けた調子で話しかけた。


「不敵な野郎だ。お前ならこの世界で出世するだろうよ。今回は、グレコの仕事を手伝え。お前が本領を発揮するのは、別の場所だ」


 船長はチャーリィの肩をぽんと叩くと、くびすを返してデスクに戻る。それで、終了したという事。グレコが肩で促して、外へ出た。


 通路へ出ると、グレコは今まで溜めていた息を一気に吐いて笑った。


「相棒。どうやら、船長に気に入られたようだ。良かったよ。お前を推薦して。ちょっとの間は生きた心地がしなかったがよ」

「これからは宜しく頼むよ。何しろこの道には素人だからな」


 チャーリィが言うと、


「お前だったら、直ぐに腕っこきになるさ」


 と、保証してくれる。ありがたい評価で――と、思いながら歩くと、船倉に出る。


「ここの連中用の雑貨さ。こいつを運び出して、代わりにブツを積み込む。それだけの事さ。簡単なものさ」


 チャーリィは大袈裟に驚いて見せた。


「これに一杯も? こんな所で? そんなにできるのか? そうだとしたら……」


 グレコは得意そうに説明した。


「パトロールの間抜けどもが知らないだけなのさ。この星はな……」


 声を落として続ける。


「コルック・ムスの極上品がたっぷり取れるのさ。宇宙の半分ぐらい賄えるほどのな。その他のブツも取れる。ここは、俺達組織の大工場なのさ」


 チャーリィは感に堪えないという口調で言った。


「へええ。コルック・ムスねえ。じゃあ、基地は幾つもあるんだろうなあ」


 ハッチへ向かいながらグレコはぺらぺらと喋った。すっかり、チャーリィの術策に落ちているとは気づかない。

 その結果、麻薬工場が五十ほどあり、おのおのノルマを果たすべく必死の操業を続けていること、大きな研究施設がこの基地近く、五百キロメートルほどの所にあることなどが判った。


 ライルを隠すには格好の場所だ。だが、彼は果たして、ここへ来たのか?

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