新たな脅威
新たな危機が 銀河に起こり始めたようです
七の章
ヌゲレのスボルタは、M22星団を見晴らす観測ステーションで、計器の針を見て叫び声をあげた。八十五ヘルツの甲高い声に、そこにいた仲間の二人が触眼を伸ばした。
ベルタが咎めるように、四つのうちの一つの柱状の頭部をゆらゆら揺らした。
「これを見てくれ。また、一つ、星がノヴァ化したんだ」
スボルタが興奮も顕わに言うと、ブロロトが長い管状の一つを丸めて頷いた。
「確かに多いね」
「多い? とんでもない。異常だよ。五日で四個。今では二十時間で一個の割りだよ。普通では考えられない」
彼・彼女は、まくしたてた。ベルタが三本の腕でそれぞれの装置を操作し、一本で飲み物を髭口に持って行き、残りの手で自慢の美しい尾を手入れしながら、考え深げに言った。
「何を基準に普通というの? もともとここは、ノヴァ化の予測がでていたよ。一つのノヴァが切っ掛けで連鎖反応が起こったのかもしれない。このプロセスについては、まだ完全に解明されていない。即断は禁物だよ」
雌体化時期に入っている彼・彼女は、分担を済ませると自室へ下がった。雌体化時期は気だるさに悩まされる。
ブロロトが感心して見送った。
「なかなか鋭い指摘だ。ベルタの言う通りかもしれない」
ブロロトはベルタを崇拝しているのだ。この次の喜びの季節には、ベルタと番うのかもしれない。スボルタは孤独感を感じた。
ミルルテを事故で失って以来、彼・彼女は幾季節も一人で過ごしてきたからだ。彼・彼女は七本の柱頭のうち二つを振りながら装置に向き直り、これまで記録したノヴァのデータを打ち出し始めた。
出てきた表を見て、スボルタは異常性をいっそう確信した。ノヴァ化はそう頻繁にある事件ではなく、これほど広大で天文学的な数の恒星を抱えている銀河でも、これらの悲劇は数少ないにこしたことはない。
しかし、今、この宙域では次々とノヴァ化現象が続き、その数はますます増加しつつあるようなのだ。
更に、その様子が異常に思えた。
鉄の中心核が爆縮し、ついに自らの重みと熱によって爆発する鉄の光分解型超新星、炭素爆然型超新星、または、再帰新星。いづれも爆発を伴い、恒星物質を吹き飛ばし、後に中性子星やブラックホールを残す。
だが、今回観測されている現象は、瞬間ばっと大きく膨れ上がったあと、むしろ内的爆発のような経過を辿り、恒星は急速にその内側へと吸い込まれ、ついには消滅してしまうのだ。残骸もガス物質も残すことなく。
そして、犠牲となる恒星は必ずしもノヴァやスーパーノヴァへの過程を始めるに十分な条件を持ったものばかりではなかった。同宙域に連続して発生しているのも異例である。
データを前に考え込んでいると、ベルタが気分を直して出てきた。スボルタは紙片を握り込むと自室へ下がった。ベルタに邪魔されずにもう少し考えたかった。
触眼の一つがベルタに近づくブロロトを捕らえて外へ出たスボルタは、急に自分の七本の柱頭が気になり、ブロロトの四本柱頭が羨ましくなった。柱頭の数は年数と経験を表し、多ければ多いほど好ましいとされているのだが……。
しかし、スボルタがクルンクリスト人のメイラ△△△博士にこの異常現象を報告したのは、それから更に二日後だった。その間に、異常ノヴァ化し消滅した恒星は十一個に達していた。
今、銀河を震撼させている事件の対策プロジェクトチームの天文部責任者のメイラ△△△は、すぐにこの現象に疑いを持った。
彼は各所に広く散らばっている天文学界の仲間達に詳細な観測と情報を求めた。集められた情報はスボルタの推測を裏付ける結果となり、クルンクリスト人はそれを銀河連合推進委員会《UGOC》の議会に持ち込んだ。
発見者として、スボルタも議会に招かれた。議場で緊張に身を固くしながら、彼・彼女は、ガルドのトゥール・ラン提督自身が直々に亜空間通信で議会出席の要請をしてきた時の、ベルタの顔とその尊敬に満ちた眼差しを思い出し、これからの人生が急に明るく輝きだすのを感じていた。
***
フライパンの上で焼かれているような気がする地上から早く逃げ出そうと、チャーリィは地下通路の入り口へ駆けて行った。『シルビアン』のコクピットで、ガルドとの交信を果たした帰りである。
シャワーを浴びたかったが、通信の内容をライルに早く伝えたほうが良いと思い、汗でぐっしょりになったシャツを脱ぎながら、地下道を次元研究所に向かった。
途中、勇に出会う。手になにやら薄いパネルのような物を持っている。目で訊ねると、得意そうに言ってきた。
「ずっと下のほうに、博物館か図書館みたいなところがあってさ」
勇が考古学を副専攻していた。手にしたパネルを見せる。 写真のような記録版であった。
チャーリィは立ち止まって、それを食い入るように眺めた。
シーラ人である。だが、その衣装はどうみても、地球のギリシャの紀元前時代のトーガであった。そして、尊大に構えたシーラ人の前に卑屈に頭を地面に擦り付けている人々は地球にしか見えない。座っている椅子や周りの建物の様子もギリシャの神殿にそっくりだった。
急いで、二枚目、三枚目を出して見ると、そこには異様なものが写っていた。今なら、キメラだと解る。
グロテスクな生き物だった。だが、迷信深く素朴な当時の人々の目には、もっと違うものとして映ったに違いなかった。
硬くささくれだった皮膚は、頭部から盛り上がり、異常な合成がその被験体にとって不健康で害のあるものであることが推測される。上体は人間の男。下半身は二対の脚を持つ頑丈な他の生物だった。
長い体毛が波を打って垂れ下がる。その艶やかなはずの体毛もがさがさに荒れていた。地球の馬にも似ていなくもない生物で、前肢の間に頭部があった。愚鈍そうな一つ目と草食らしい平たい口がある。
もう一つは、女だった。頭部は海草のようなぺったりした生き物が張り付き、腰から下は海棲の生物と合成されている。海面から出ている所をみると、両棲のようだった。
チャーリィは我知らず怒りを覚えてくる。シーラ人は地球にやってきて人間を好き勝手に実験材料にしたのだ。
ライルがバリヌール人はシーラ人を好きになれなかったと言ったが、それが極めて控えめな表現であったことが解った。バリヌール人がこんな実験を黙認するはずがない。
シーラ人は心底腐りきったろくでなしだったに違いない。
「どうして地球なんだと思う?」
勇が訊いてきた。物凄い顔でパネルを睨みつけていたチャーリィは、我に返って勇を見た。
「調べて解ったんだが、この星系と太陽系は、ちょうど銀河の中心部を挟んで、対称点にあるんだ。次元移動の最初のステップとして、彼らはまず、地球を移動先に選んだのかもしれない。ライルが説明してくれたように、次元移動が、位相空間と次元の間の振り子のようなものだとしたら、まず地球に出るのが当然な気がする。それで、連中、地球でこんな真似やってたんだ。案外、いろいろ残っている伝説や宗教の発端は彼らだったかもしれない」
「有り難くない発見だな」
「謎の正体は、たいていいつだって、興ざめなものさ」
勇が穿ったことを言う。
「知らないほうがいいってわけか?」
「チャーリィ、ガルドからなんて言ってきたんだ? 交信してきたんだろ?」
パネルを受け取りながら、勇が聞いてきた。やはり気になるのだ。
「ガルドはクローンの痛手からすっかり回復したよ。それに、例の変異の脅威も、ライルが残してきた対策によって急速に減少している」
対策委員会《UGOC》は、多重次元フィールド発生装置の作成に総力をあげ、やがては星域をそっくりカバーできるようになってきた。
これまでの実験で、フィールドがごく薄く所によっては部分的なものでも、変異に対し効果があることが解ってきた。実際、変異効果を促す要因は、想像以上に不安定な条件の上に成り立っていたのだ。
互いの次元空間の干渉度合いにどうしても左右されてくるので、攻撃者も思いのままに攻撃できるのではなく、空間指数と変異フィールドの条件が一致した時のみ効果を持つのだ。
ライルが示した方法も、惑星や星系をそっくりシールドしてしまうものではなく、攻撃できる条件を崩すことに重点を置いていた。
本来、連中が手を出せない空間条件を満たす宙域を指摘し、その上で、他の宙域の空間指数をフィールドで乱す。これなら、最大限の宙域を短時間でカバーすることができた。
「変異を食い止めるのも、時間の問題だな」
勇がほっとした顔になる。
「ただ……」
チャーリィが浮かぬ顔で付け足した。
「変則的なノヴァがあちこちで集団発生しているらしい。UGOCはそれを重要視している」
「まさか、それって……?」
「俺に解るもんか! だから、ライルに報せに行くところなんだ」
チャーリィと勇は連れ立って次元研究所に行く。赤い巨大な太陽が全天を占めているが、ドームの中は涼しかった。
操作卓に向かって集中しているライルの側に寄る。肩に手が置かれて、初めて気づいた彼が振り返った。
上半身裸のチャーリィを見上げた彼は視線を左腕に移すと、立ち上がって友の左腕に手を当てた。クローンに撃たれた火傷の痕に指を滑らす。
バリヌール人は表皮にある感覚網の探知能力が発達しているので、指で触るだけでも目で見る以上の細かい診断ができると言う。傷口は治りかけて皮膚が盛り上がっていた。
傷口を診るライルの指を見て勇はどきりとする。ぞくぞくするほど、何か艶めかしい。
チャーリィは用件を忘れて、ライルの美貌に見入っている。指を傷口にさまよわせたまま、ライルは待つように顔を上げて目を閉じた。
勇はわざとらしく咳払いしてやった。チャーリィがはっとしてライルから離れ、ライルも勇のほうを見た。
勇はむっつりとチャーリィを睨む。
彼は内心焦っていた。一瞬、ライルが女に見えたのだ。それも、ひどく妖艶な美女に。
今は、もう、いつもの素っ気無いほどに無表情のライルに戻っていたが……。
チャーリィが交信の内容をライルに話す。ライルは、此方がぎょっとするほど顔色を変えた。しばらく黙していたが、やがて一言だけ。
「我々に打つ手はない」
そして二人に背を向けると、より一層作業に全力を投入していく。
チャーリィ達は、その言葉の重大さを飲み込むにつれ、顔が青ざめ体が震えだすのを抑え切れなくなった。
彼が――バリヌール人の彼が、対策手段は無いと言い切ったのだ。それは、銀河の最後通告にも等しかった。
ライルはこれが彼のクローンの仕業であると知っていた。こんな事を考えつくのは、彼以外に有り得なかった。
恒星とその周囲の空間のエネルギーを、言わば、内爆発のように彼らの次元に吸収しているのだ。彼らはその方法で、此方側の星系を次々と消滅させる一方で、そのエネルギーを何等かの形に利用しているのに違いない。
やがては、此方の事象次元分をそっくりエネルギーに変えるつもりなのだろうか? その莫大なエネルギーをどのようにコントロールし利用するのか、彼には見当がつかなかった。
だが、奴が宇宙一つ分の膨大なエネルギーを自在に操る知識と手段を得ているだとしたら、クローンは自分より遥かに成長したということだ。
次元のエネルギーをコントロールするということは、宇宙創造にまで迫ったということ。クローンは、今所属している次元世界で何を手に入れたのか?
ライルは、クローンが自分を超え予想もつかない強大な敵になっていることを、冷静な分析の中で確信した。
***
別の次元事象に移る全ての準備が終了した時、ライルはもう一度、彼らに訊いた。
「本当に、一緒に行くつもりなのか?」
その世界は彼自身にすら、予想のつかない世界なのだ。どんな未知の危険があるかも判らない。
しかも、敵が待ち構えている世界。再び帰って来れるかどうかの保証は無論、向こうへ着いた瞬間すらどうなるか判ったものではない。
しかし、チャーリィ達はためらうことなく同じ返事を繰り返した。
「ライル。お前が行けるところなら、俺達だって行けるさ。何処へでも一緒に行くよ。俺達はチームなんだから」
彼はふっと微笑んだ。人懐っこい優しい笑みで、きっとそれが彼の本質なのだろう。
そこへ、ミーナが急いで割って入った。
「私も行くわよ。絶対、行くわ!」
男達が口を開こうとする前に、畳み掛けるように続ける。
「『シルビアン』で行くんでしょ。あれは私の船よ。私を置いてなんかいかせないから」
勇達が口を噤んでしまうと、ミーナは勝ち誇り頭をそびやかして宣言した。
「私の船にどうぞ。異次元界へご案内いたしますわ」
***
ドームを中心に細いデリケートな指針が、四方から伸びて天に向かっている。その指針が指し示す方向の宙空で交わる一点に、異次元界への入り口があった。
そこには一見何もないように見える。レーダーにも、空間構造探査装置にも亜空間スキャナーにも感知できない。
ただ、多重次元用の特殊なスクリーンにだけには、うねりよじれる空間と、その間に開閉する多肉質の花弁のような幾重もの層に囲まれた細長い間隙が、奇妙な実質感をもって映し出されていた。
『シルビアン』は真っ直ぐに、ねじれ押し潰されそうな亀裂に向かって進んだ。
ドームの真上、指針によって形作られる四角錐の頂点に入った船は、見えない壁の中に潜り込んで行くかのように、船首からすうっと消えていく。
全容が、消えた。
その瞬間、そこから激しいエネルギーの放電が起きた。指針がびりびりと震え、砕け散りそうだった。
ライルは危険だから誰もドームに近づいてはいけないと硬く言い渡していた。が、SSSはとっさにドームの中に走り込んで行った。
異次元侵入の為に調整した装置が火花を散らして放電し、周りの装置も過負荷でショートしそうだった。
何か予想外の抵抗があったのだ。
SSSはこの世界を支えているエネルギー供給を、全部この装置に回した。地下都市の電力が途絶え、地上部の他の施設も沈黙した。
ドーム全体が帯電して、青白く燃え上がりだす。惑星規模のエネルギーの出力に機器があちこちで爆発を始める。
自身もまたエネルギー負荷に燃え出しながら、SSSはそれでもライル達を異次元界に送り出す装置のレバーを押し続け、エネルギーを送り続けた。
感光管が砕け、顔面が飛び散った。胴の背面がばんっと音を立てて吹き飛んだ。胸部から煙が上がる。それでも、レバーを支える腕はびくとも動かない。
「バリヌールのライル様。貴方にご奉仕できて嬉しく思います。どうぞ、ご無事で」
SSSはついに爆発した。体が粉微塵に砕け散った後に、レバーをしっかり握った腕だけが装置の上に残った。
やがて、ドーム全体が過剰エネルギーで爆発した。それに続いて、地下都市の奥深く、シーラの世界の動力源であるコアから得ている熱量の制御が不可能になり、激しい地響きとともに、地下都市が崩れ落ちた。
地殻がうねり、マグマの奔流があふれ出す。湿っぽい酸素を供給していた緑の海は煮えたぎって蒸発し、大地は裂け無数の火柱が噴き上がった。
シーラの世界は、太陽の終末を迎える前に崩壊していった。
ライルとその一行は、いよいよ異次元界へ




