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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第3部 異次元界は侵略者でいっぱい
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ライル大破する

ライルが罠に……

 三の章


 ライルはガルド製の小型艇をケグルの湿った惑星に向けて飛ばしていた。


 チャーリィが指摘した通り、今の彼にとって、委員会が発した厳重禁止命令など全く意味のないものだった。多分、何者も、知識欲に取り付かれたバリヌール人を止めることはできないだろう。


 彼らはいまだかつて、法律というものを持ったことがなかった。道徳という言葉すら必要のない種族だった。彼らは常に他人の幸福を喜びとし、真理の追究を生涯の目的としてきた。だから、これまでそうした性質が問題になることはなかった。


 だが、他の種族――地球人の中で暮らすとなると、話が違ってくる。彼は既に親しい人々の間で、大小のトラブルの種となっていた。


 虚空を一人で翔る彼の中には、銀河を震撼させている変異の件以外、何ものも占めていない。まして、彼の行く手に、彼を陥れようと仕掛けられた罠が待っていることなど予想しえるはずもなかった。


 ***


 ソレは次元の隙間から、じっと銀河を監視していた。ソレは銀河のどんな生物とも似ていなかった。根本的に異質なものであった。我々の世界では当たり前の全ての法則さえ通用しなくなる異質の世界。

 そこに存在するソレは生物とは言い難いものだが、それでも思考し、増殖するという点で生物と言ってもよいのかもしれない。そして、ソレはほんのお隣さんなのである。


 ――くるしい。


 銀河系が大宇宙の中の孤島であるように、ソレが存在する次元は無限連続次空元の孤島だった。その孤島は銀河系ほどの大きさもなかった。次元という無慈悲な檻に閉じ込められた限りある空間で、ソレは窒息しつつあった。


 ――みちている。おしつぶされる。くるしい。


 だが、ソレにとっては自分達の世界が全てであった。その空間一杯に蔓延し、これ以上の増殖ができなくなってしまっていても、その次元の直ぐ隣に広大で無限の世界が拡がっている事など、思いもよらないことだった。



 だが、ある日、一匹のヘビがソレにリンゴを与えた。ソレの場合、そのヘビは空間の振動という現象だった。

 空間の一部が揺れ動き、次元の壁に裂け目が生じた。夥しいエネルギーの奔流とともに、別次元の姿を垣間見せたのだ。


 その現象が、先の『至上者』を全滅させるためにライルが放った空間の怪物によって引き起こされたものであることは、想像にかたくない。

 そして、開いた一瞬の隙間を通って、『至上者』を支配していた『意志』がその次元に忍び込んだのである。


 その『意志』は、ソレに取り付き支配した。『意志』にとって、次元の違いも、生命形態の異質さも意味を持たない。ソレが命を持っており思考していれば、それは滅ぼすべきものであり、敵であり、利用すべき道具であった。


 新たな世界の存在を知ったソレは、自分の空間の限界を痛烈に意識し、狂いださんばかりの息苦しさと絶望を覚えた。


 ――くるしい。くるしい。ひろがりたい。いきたい。あちらへ。


 ソレは熱心に次元事象を研究した。知識の増大とともに欲望が育くまれる。

 向こう側の生命体を一つ残らず消滅させ、限り無き世界の支配者になること。

 それがソレの唯一の目標となった。


 ――うばうのだ。あのせかいを。あのこうだいなせかいで、ひろがるのだ。


 ソレの持つ時間は、三次元のそれとは異なっている。太陽系で過ぎた四ヶ月は、ソレにとって準備を整えるに十分過ぎるものであった。



 ソレの持つ監視装置は次元の壁を越えて作動し、いわば次元という曇りガラスにマジックミラーのような一方向の透過性を与えるものだった。


 そして、遂に異次元への侵攻を実行に移す時を得た。


 その装置は次元の位相差の為に生じる相互間位置エネルギーの傾斜勾配を利用したものだった。

 三次元有機生命体の生命エネルギーがソレの装置に流入し、逆にソレの側の特殊なエネルギーフィールドが、生物体を媒体にして三次元側の世界に作用する。


 生命エネルギーが対象になったのは、ソレにとって有機電気的形態の方がより性質に近く、利用しやすかったから。


 その効果は銀河系を震撼させた。


 媒体となった生物体は、物質的には三次元の世界の存在だが、実質的には既に異質な次元の属性を持つことになった。

 異次元界に触れて生体組織は存在できず、崩壊し変貌する。

 エネルギーフィールドはその性質上媒体とする生体を中心に明確な境界線を描き、此方の探知装置に捉えるには異質過ぎた。

 攻撃を受ける生命体の一切の抵抗は無力で、銀河の征服は時間の問題だと確信させるものだった。


 ところがある時、監視装置が一体の知性体を捉えた。その知性体はソレの攻撃法を看破し、防御法まで作り出したのである。


 ――きけん。きけん。


 中枢部はこれを敵であると認知した。彼が作り出した多重次元フィールドは、例の装置の効果を完全に遮断できるばかりか、ソレの世界から銀河への侵攻を阻止するものであり、ソレの存在そのものも否定しかねなかった。

 ソレは彼を抹殺することを決断した。


 ***


 ライルは、巧妙に仕掛けられた罠に向かって進んで行った。モウセンゴケに獲物が掛かるとねばねばした繊毛が絡まっていくように、その罠が動き出した。


 ケグルの月の一つに、微妙な空間構造の揺れが生じた。

 異次元界からの仕業と知っている彼が、それを見逃すはずがなかった。

 そして、食虫花に虫が引き寄せられていくように、彼の死に場所へと船を駆って行った。



 その月は、衛星のわりにはかなり大きなもので、薄い大気があった。風が吹きすさび、岩肌が剥きだされた荒涼とした世界だった。

 天を突かんばかりにそびえ立つねじくれた岩山。屏風のように切り立った岸壁。一滴の水も一本の草も無く、一粒の命も無い、風だけが笛の音に似て、悠久の昔から未来まで吹き続ける不吉な世界。


 しかし、彼は一向に気にせず、空間の揺れを探知した地点へ真っ直ぐに降りて行った。

 船を大気圏の外の周回軌道に乗せて、一人乗り用の小さな探査艇を出し、次いでフィールド発生装置を移した。宇宙服をきっちりと着込み、再び例の地点に向かう。


 だが、この月には、彼の知らない落とし穴があった。突如、予告なしに物凄い突風が起こるのが特徴だった。地球のタイフーンなどそよ風程度にしてしまう規模のものである。

 一方向に傾かんばかりに削り取られ、鋭い切り刃が幾重にも重なるような岩壁の間に、探査艇を滑り込ませた時、彼を襲ったのはそういう突風だった。



 探査艇は、瞬時にコントロールと視界を奪われ、錐揉み状態のまま音速を超えるスピードで、ぱっくり口を開けた鋭い岩の間に叩きつけられた。

 そして、次の瞬間には、その途方もない風はぴたりと止んだ。


 その後に残ったのは、鋭い岩の刃に船腹をぶち抜かれ、正視に堪えぬほどめちゃめちゃに大破した探査艇の残骸だった。


 ***


 『シルビアン』の中で、チャーリィはタバコの煙をもうもうと吐き散らしていた。味はてんで解っていない。勇がのんびりした様子で、


「船をいぶして、燻製でも作るつもりか?」


 と、聞いてやると、物凄い目付きで睨みつけられた。人を射殺すような鋭い目付きの持ち主だから、本気で睨むと凄い。勇もさすがに黙ってしまう。


 しばし熟考を重ねていたチャーリィは、やっと顔をあげて結論を出した。


「やっぱり、あそこしかない。奴が行くとしたらケグルの星だ。一番初めに変異が発生した所だ」


 面白いことに、そこの宙域では、ケグルの世界が汚染されたきりその近辺には異常がなかった。その一帯を早々と立ち入り禁止にしたので、汚染は広まらなかったのだ。


 むしろ、汚染はゼラ星域を中心にした通商関係が活発であった広範な範囲に拡がっている。新たな発生箇所が更に宇宙図を染め上げ、チャーリィの推理を悩ませた。




 ケグルの惑星を肉眼で捉える近くまで来て、彼らは船を停めた。変異した世界に必ず見られるという薄緑色のフィールドは無かった。ここのケグル達は死に絶えてしまっているのだ。

 それでも、彼らはためらった。まだ、何が変異を促しているのか不明なのである。危険は去っていないかもしれない。



 彼らが月を見たのは偶然だった。ちょうど、月の一つがケグルの惑星の影から現れてきたのだ。小型宇宙船のお供を連れて。


 もう少し離れていたら、それは見えなかったかもしれない。彼らは幸運に感謝しながら、急いで小型船に近づく。


 果たして、ガルドの船だった。

 しかし、中にライルはいなかった。


 三人は船が相対的に停止している地点を見下ろした。船からの呼びかけに彼は返答しない。

『シルビアン』を小型船の隣の軌道に乗せて、三人は搭載艇で降りていく。


「なんて気味の悪いところかしら」


 ミーナはぞっと身震いした。風が不気味に唸り、命の無いざらざらした砂を吹き上げている不毛の地であった。

 勇は切り立った岩の様子に注意を向けた。


「こいつは妙だぞ。ほら、チャーリィ。あのずらっと並んだ岩壁の様子を見てみろよ」


 勇が指すのを見て、チャーリィもうなずく。


「ああ、要注意だな。どうも旨くないぞ」


 強い力でぐいっとなぎ倒された粘土細工の柱のように周辺の岩山はみんな同じ方向に傾いており、その腹を深く抉られていた。


 全員宇宙服を装着しハーネスで身体を固定する。ミーナは慎重に機体を岩柱の峡谷へ乗り入れた。

 削られて平らになっている硬い岩の露出する地面に腹を擦らせ、覆体を常に求めるようにしてゆっくり進む。


 突如、ライルを襲った突風と同じ猛風が、彼らに襲い掛かってきた。


 しかし、ミーナはそれを予想して万全の警戒をしていたので、吹き飛ばされ、錐揉みになりながらも、どうにか船体を地面に押さえつけて、風下へと後退して抵抗を減らした。


 始まったと同じように唐突に風が終わった時、艇の前面カバーは砕け、座席は砂で埋まり、附属肢のほとんどがもぎ取られていた。

 三人は、しかし、無事に砂の中から這い出してくる。


 その時、ミーナが叫んだ。


「あ……あれ……!」


 後は言葉にならず、震える指で示す。

 彼らの斜め横の切り立った岩壁の下腹、深く抉られた岩の間に、きらりと金属の反射光が閃いた。


 三人は、一様に、どきんと胸が大きく打つのを感じた。


 誰も一言も口をきかず走っていく。最初に現場に着いたのは勇だった。その直ぐ後をチャーリィが続く。

 ミーナは目の前が真っ暗になる想いで、早く行かなくてはと気は逸るのに、足が竦んで思うように走れない。


 三人が近づくと、惨事の有様がいやがうえにも展開されていく。

 原形が見分けられないほどに大破した機体を、鋭い岩の先端が貫いている。外被覆はまくれ上がり、破れ、剥ぎ取られていた。内部もずたずたで、形を留めているものが一つとてなかった。


 大きな裂け目の一つが操縦席の辺りに開いており、砕けたコンソールの間に挟まれ頭部を外の岩に投げ出すようにして、彼が倒れていた。


 宇宙服は裂け、その裂け口から夥しい血が流れている。身体は不自然にねじれており、胸を砕けたコンソール盤の突先が貫いているのが痛々しい。ヘルメットも千切れ、強化保護プラステイトが砕けている。

 その無残な姿は、正視に堪え得るものではなかった。

 到底、彼が生きていようはずがない。


 必死になって彼の側に行こうとするミーナを、チャーリィは背で遮りながら押し留めていた。その彼でさえ胸が張り裂けそうな悲しみとショックで、身体の震えを止められない。


 ミーナはそんなチャーリィをやっと押し退けて、まだ茫然と手も付けかねて立ち竦んでいる勇の横に座り込んだ。


 勇があっと驚いているうちに、彼女は両手でライルの血にまみれた頬を挟む。うっすらと微かに紫の輝きがこぼれた。

 紫の光は彼の全身から微かながら発していた。皮膚は硬質化し、有機セラミック状態であることが解る。


 ――R・モリス博士が言っていたわ。


 ミーナは必死で思い出す。モリス博士はライルが被弾した時に、彼の治療を担当した医者だった。


 ――紫の輝きは、有機セラミック状態での生体活動に関するなんらかの反応の付随現象で、紫外線領域に……。そうよ!


 勇がミーナを彼から引き離そうとするのへ振り返って叫んだ。


「い……生きている! ライルは、生きているのよ!」


 そして、しゃくりあげて泣き出した。

読んでくださってありがとうございます

読んでくださる貴方がいてくださるので、がんばれます^^

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