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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第2部 ミルキーウェイは宇宙船でいっぱい
24/109

トゥール・ラン提督 

異星人いろいろでてきます

 グレー地に黒と金のラインのある外交用宇宙士官制服を着用したライル達が現れると、ガルドの提督は慇懃に挨拶を述べた。

かなりの努力を払って、逸る心を自制しているに違いない。その物腰は優雅ですらあったが、やっぱりチャーリィとしては側に近づきたくないと思った。


 実物は画像より遥かに迫力があった。並んだガルド人の誰一人として、ニメートル五十を下るものはいない。その中でも、トゥール・ランは抜きん出て巨漢だった。ガルド人として美丈夫なのかもしれない。

 しかし、その鋭い歯の並んだ巨大な口を大きく裂いて、にっこりされると、背骨のほうからぞっと悪寒が這い上がってくるのを堪えきれない。


 トゥール・ランの頑丈な手がライルの肩に置かれたが、そのまま簡単に彼を捻り潰せそうだった。


 ――肉食獣の優雅さだ。


 チャーリィは強張りがちな笑みを顔に張り付かせて、トゥール・ランと握手しながら考えていた。




 頑丈で優雅な車体の中で、チャーリィは早くもライルにくっついて来た事を密かに後悔していた。ガルドの重力は地球の二倍ある。重く気だるい疲労感が彼をうんざりさせていた。


 元気な勇はそのくらいなら体力ではね返してしまうのか、一緒に乗り込んだガルド人と盛んに喋っていた。言葉の端々を聞きかじると、軍艦や武器、食い物などについて訊いているらしい。


 ライルは前席でトゥール・ランと座っていた。大きな腕がライルの背に回され、彼はそれに身を預けてほとんど横になるような形で寛いでいる。チャーリィは後部座席から、きつい目で睨んでいた。


 ――虎め。やけに馴れ馴れしいじゃないか。ライル。お前も士官候補生だろうに。なんだ? その無様な姿勢は!


 不当な非難だとは自覚していた。だが、どうにも、腹がたって仕方がない。ほんとうは、あんな風に横になったほうが楽なのだろう。しかし、宇宙士官候補生のプライドで、彼は意地でも背筋を真っ直ぐに保ち続けようと努力していた。




 厚い硬質耐圧材を敷き詰めた果てしなき平原が拡がる宙行場を後にして、宙港ステーションビルを横目に見ながら、車は広々とした道路を官庁ビル群の方へと走っていく。

 車と云っても、タイヤがあるわけではない。磁気の反発を利用するのか、その車体は空に浮き滑るように移動するのだ。


 ほどなく七色に輝く壮麗な噴水がある広場の前に止まった。真珠色のどっしりした建物の前に横付けされる。

 大の大人が六人掛かりでも取り巻くのは無理かもしれないような円柱の柱に支えられた巨大なホールに立つと、巨人国に迷い込んだガリバーの気持ちが判るような気がした。


 神々の美術館だろうか?

 しかし、そこはガルド宇宙局だったのである。




 広々としたロビーは天井が高い上に、五階まで吹き抜けになっている。その中空には、雄大なデモンストレーションがあった。ここを訪れた者は、必ず、皆一様に目を奪われた。


 ガルド星系のモデルだった。

 赤と青の二重太陽。それを取り巻く惑星達が、リアルタイムの百倍の速さで、複雑な軌道を廻っている。

 それらはフォログラフィーではなく、本物だった。実物と同じ、しかし、遥かに小さなミニチュアが太古の昔から変わらぬ宇宙軌道を忠実に再現していた。


 そのモデルはガルド第六惑星の引力の影響を受けていないように見えた。宇宙空間がそこに切り取られて縮小されているかのようである。



 地球人の足が止まり、それに目を奪われているのを見て、ガルド人はにやっと笑ったようだった。ライルに小さな声で言う。


「バリヌールから様々な恩恵を受けたが、私は時々、これが一番の贈り物ではないかと思うことがあるよ」

「これを作製したのは、ガルドの技術者達ですよ。確か、チーフはミラ・ストゥルだった。バリヌール人ではない」

「相変わらずたいした記憶力だ。確かに。しかし、これを可能にした技術と知識はバリヌールのものだ。驚異的なものだ」

「いいえ、バリヌール人はこういうものを造ろうとさえ、思いもよらないだろう。これは、ガルドの作品だよ」


 トゥール・ランは見上げて、首を振った。三百年前からここにあるが、未だに訪れる全ての人々の目を奪い続けている。

 そして、それより更に驚異的な存在が、自分の傍らに在った。華奢で脆く、例えようもないほど美しく、宇宙中の知識を集めたよりも賢いライル。



 トゥール・ランは鋭く切れ上がった目を細めて、傍らのほっそりした少年を見た。彼の目には、未だ小さなライルに見える。


 バリヌール人らしくなく花のような笑みを惜しげなく振りまき、小さな悪戯にくすくすしながら興じていた小さなライル。

 彼が偉大なバリヌールとともに失われたと思った時の、胸が引き裂かれるようなあの悲しみは、未だ彼のなかで生々しかった。


 宇宙がバリヌールを失った痛手にショックを受けていた時、彼は一人の七才のバリヌールの子供の為に涙を流していたのだ。



 だが、今、彼はバリヌールの全てとともに、我々の元に帰ってきてくれた。

 トゥール・ランは、小さなライルを今すぐにも抱き締めて、その確かな存在を確かめたいという誘惑を、必死の思いで堪えていた。




 どうやら自分の足で歩き回るのが好きなようなガルド人だが、階上に進むには、高速エレベーターを利用していた。もっとも地球のエレベーター方式ではない。もっと効率が良さそうだった。


 トゥール・ランは彼らを三十八階の一室に案内した。

 そこへ足を踏み入れたチャーリィはほっとした。その部屋は地球の重力に調整されていたのだ。


 チャーリィ達がいささか大きすぎるソファに落ち着くと、飲み物を勧めてガルド人は改めて自己紹介をした。


「地球の方々には、ここの重力ではお疲れのことだろう。どうぞ、寛ぎたまえ。私は、トゥール・ラン提督。ガルド艦隊総司令官です」


 提督はちょっと照れ臭そうに続けた。


「どうして司令官が? と、お思いだろうね。あなた方から通信が入った時、私は、たまたま管制室に来合わせていてね。ライル・リザヌールと聞いて、私が強引に割り込んだんだよ。私はガルドでは彼の一番の友達だと自負していたから」


 ライルは微笑んだ。


「今でもそうだよ。トゥール・ラン」


 提督は眩しげに目を細め、嬉しそうに笑った。


「貴方に会えて良かった。でなければ、貴方を呼んでもらわなければならなかった」


 ライルが真剣な口調で切り出した。


「僕達が何故、ガルドを訪問したのか、説明したい」

「判った。うけたまわろう」


 トゥール・ランも気を引き締めた。バリヌール人は冗談を言うために、星々を訪ね歩ったりはしないからだ。



 ライルが重たげに口を開いた。

 チャーリィが更に詳しく、能弁に補足した。


 トゥール・ランは心底驚いたようだった。直ぐに言葉が出ずに、ライルを凝視みつめた。

 ややあって。

 彼は大きく息を吐き出した。


「貴方の口から、その言葉を聴くとは思ってもみなかった。私の聞き違いではないんだね? 貴方は、地球人に兵器となる強大な科学力を与え、そして、私達に一緒に戦ってくれと、頼みに来た。そうなんだね?」

「そうだ。トゥール・ラン。僕の力になってくれるか?」


 ライルは突き刺すような視線を真っ直ぐ見返して問うてきた。

 透き通った紫水晶のような瞳の中に、黒と青の毛皮で覆われた恐ろしげな姿が映っていた。



 トゥール・ランはバリヌール人を良く知っていた。ライルの事も誰よりも知っていると思っている。

 ライルには異星人の遺伝子が含まれているが、それでもやはり、彼は心優しきバリヌール人だった。

 この事を決心する為には、どれほどの苦しみがあったことだろう。


 それでも、この決心がライル自身のものであることは微塵も疑いはしなかった。バリヌール人をその意に反して従わせることなど、誰にも不可能なのだ。



「バリヌールを破壊したのが誰か、我々も調べていた。理由もなしに、バリヌールを攻撃するはずがないからね。あれは、衝撃的な出来事だった。誰一人、考えもしないことだった。この宇宙からバリヌール人が消えてしまうなんて。まして、破壊しようなんて……」


 トゥール・ランは言葉を切ってしばし黙り込んだが、気を取り直して続けた。


「そのうち、何かが動き始めているらしいと言う情報が入ってきた。しかし、なにぶん宇宙はご承知のように広い。しかも、我々が直接接していた世界ではなかった。そのプリトー人だって、我々と交渉はない。ただ、漠然とした不安が我々の知る宇宙にも、広がりつつあった。しかし、何の確証も手に入れる事はできなかった。地球がプリトー人の侵略を受けたことと、この不穏な気配が関係がある、との証明はない。『至上者』の存在も、プリトー人の証言だけだ。あまりにも漠然としすぎている。まして、ガルド帝国には何の関係もないことだ」


 チャーリィが椅子から立ち上がった。が、それを彼は手で制した。


「地球人、貴方がただけだったら、私は話も聞かなかっただろう。そして、気づいた時は遅すぎて、自分の墓を掘っていたことだろう。だが、君達は幸運だった。我々もね。バリヌール人が命令したら、それがどんな突拍子もないことでも、我々は黙って従うんだよ。彼らは決して間違えない。無駄なこともさせない。必ず必要な事なんだ。でも、彼らは、滅多に指図しないし、まして、頼み事なんてしてくれなかった。我々には、何時だって、受けた恩の百分の一でも返そうと、太陽の真っ只中にでも飛び込んでいく準備ができていたのに。今やっと、彼がその機会を与えてくれた。戦争ならなおの事だ。我々は、誰一人としてためらうことはないだろう」


 ライルは固い声で言った。


「これは強制ではない。あなた方は断っていいんだよ。断るべきなんだ」


 青い顔だった。今にも倒れてしまいそうに見える。


「僕はバリヌール人が過去にしてきた事など、何も問題にしていない。あなた方は自由なんだ。公正に、この問題を検討して欲しい」


 トゥール・ランは励ますように、ライルの肩を優しく撫でた。まるで、壊れ物を扱うように。


「もちろん会議は開かれる。直ぐ、日程を検討する。会議が終わるまで、滞在してもらわねばならない。しかし、その結果はもう決まったようなものだ」


 ライルの目に浮かんだ色は、絶望だろうか? ガルド人の破壊的な腕がライルの身体に回された。


「私の公的な仕事は終わりだ。さあ、貴方の歓迎をさせてくれ。良く生きていてくれた。この私の喜びが、貴方に判るだろうか?」


 トゥール・ランは、ライルを抱き上げた。その瞳を覗き込む。


「そんな悲しそうな目をしないでくれ。バリヌール人の貴方は反論するかもしれないが、私は、一緒に戦ってくれと言う貴方の方が、良く理解できる。貴方の中にある異星人の血は、バリヌール人を本来在るべき姿に変えたんだよ」


 チャーリィは、トゥール・ランを、我知らず忌々しげに見ていた。あいつの様子はまるでライルに……。そんな自分を、勇がじっと見ていることにもうっかりしていた。


 その時、突然扉が開いて、大きなピンクの鳥が飛び込んできた。その鳥は、全然鳥らしくなかったのだが、けたたましく叫びながら、ライルとトゥール・ランに突進してきた。


「きゃー! ライルなの! なって姿になっちゃって! わかんないじゃない! どうして、あたしんとこに来なかったの! こんな野蛮なガルド星なんて、あなたに似合わないわ! 早く、行きましょう!」


 早口でガルド語をまくし立てると、ライルをトゥール・ランの腕の中から引っ張って行こうとする。トゥール・ランが離すまいと思わず力を込めたので、ライルは悲鳴を上げた。


 彼は慌てて力を緩め、オデッサ人から隠すように背後に下ろした。

 オデッサ人は翼のように見える長い触角が幾本も伸びた腕を、ライルの方へ伸ばそうとしてトゥール・ランに阻まれ、腹を立ててキイキイ叫んだ。


「ミセス・アーリー。彼は私の客人ですぞ。横から入ってきて、連れて行こうなんて真似はやめてもらいたい!」

「それなら、たった今、彼はあたしのお客よ! あたしが招待したんですもの! さあ! その臭い体をどけて頂戴! 毛だらけで図体ばかり大きくて! ***! (オデッサ語の悪口)」

「なんだと! こっちこそ、そのきんきん声にはうんざりしてるんだ! ここはガルドの宇宙局だ。出てってくれ! ×××! (ガルド語の雑言)」


 アーリーの声が更に一オクターブ高くなった。


「なんですって! あたしを追い出す気? そんなことしたら、どうなるか、判って言ってるんでしょうね? ***! (聞くに耐えない悪口雑言)」


 対して、提督が、


「××! (表記できない罵詈雑言)」


 トゥール・ランも本気で怒り出していた。



 虎の怪物と、尖った嘴とピンクの羽毛に覆われた鳥まがいの化け物が、ぎゃあぎゃあ熱くなって口論しているのを、チャーリィと勇は呆然と見ていた。


「やれやれ、しょうがないことだ」


 落ち着いた低い声が直ぐ横でして、チャーリィははっとした。

 いつの間に来たのか、開けっ放しの扉から、かなりの高齢と思われるガルド人が入ってきていた。


「まだ、若いんですよ」


 絹のような黒い毛で覆われた全身を、銀色の滑らかな布で包んだほっそりとした異星人が、風のような声で言った。目も口も見えないその姿は、流れるような優雅さで静かに進んだ。

 ライルが彼らを見つけて、やってきた。


「ラム・ホルラン博士、メイラ△△△博士も」


 メイラ云々のところは、チャーリィ達には聞き取れなかった。

 ライルはチャーリィ達を、老ガルド人と上品なクルンクリスト人に紹介した。電子力学の権威である老ラム・ホルラン博士は、ライルの手を握り締めてぽろぽろ涙を零した。


「我々は、バリヌールを失ったわけではなかったのだ。ここに生きていてくれた。我々は、バリヌールを取り戻したのだ」

「辛かったろうね。でも、友達もできたようだ」


 メイラは、チャーリィ達の方を振り向いた? (何しろ、どこが正面なのか解らないのだ)


「前リザヌールが言っていたものだ。ライル・リザヌールは、未だかつて、どんなバリヌール人もできなかったことを成し遂げるだろうと。私もこれで、生きていく甲斐ができたというもの……」


 メイラは感情の昂りに、優雅な体をさやさやと波立たせた。


「あまり喜ばないでください。僕はとんでもない腐れ毛の犬かもしれませんよ」


 ライルが沈んだ声で言った。(腐れ毛の犬:ガルドの慣用句……疫病神と同意)



「僕は、宇宙中に戦争を引き起こすかもしれない」

「おやおや、私は、この年になって初めてバリヌール人からまともな言葉を聞いたぞ」


 と、老ガルド人。


「貴方が言うことだ。私は反対しないよ」


 布から出ている頭部の細く美しい毛が、さざ波のように揺れ動いた。その動きは布に隠された全身へと伝わっていく。

 ライルは一人になりたいと思った。


 ――誰でもいい。それはできないと、反対してくれ。宇宙の全ての命を危険に陥れるような恐ろしい事態の発端のチャンスを、僕から取り上げて欲しい。


 メイラがじっとライルを見る。布の一端が持ち上がって、ガルド人に触れた。彼はクルンクリスト人に注意を戻した。


「彼は疲れているように見える」


 メイラが囁いた。ラム・ホルランは頷くと、まだやりあっているトゥール・ランに呼び掛けた。

 老いたとは言え、さすがにガルド人。大声を出すと、チャーリィ達は思わず耳を塞いでしまった。

 トゥール・ランは急いでライル達の所に戻り、非礼を詫びた。


「見苦しい所をお見せした。どうもあのオデッサ人とは気が合わなくてね。つい、本気で噛み付いてしまう」


 まだ叫びたてているオデッサ人を無視して、トゥール・ランは三人を宇宙局から連れ出し、貴賓館とも言うべきガルド随一のホテルへ案内した。

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