後日談~アルフレッド~チャーリィの述懐
おまけの番外編 です
今日は良く晴れていた。暑苦しいほどの青空に、八月の真夏の太陽が遠慮なく陽を降り注いでいる。
広い敷地は、こんもりした緑の木々に囲まれ、芝生の緑が目に眩しい。
白い壁の邸宅は、日頃、執事が管理しており、何人かの使用人が出入りするばかりで、滅多に主も帰ってこない。
だが、今日は、朝から噴水のあるロータリーを回って、車が何台も横づけされた。
賑やかな子供の声がはしゃいで、邸宅の玄関を駆け入って行く。
「おじいさま――!」
「レイ! 静かになさい!」
父親のアルフレッドが叱ったが3歳のレイは気にせず、広いホールを駆け抜けて、庭園を見晴らすテラスがある書斎へ飛び込んで行った。
「やっぱり、ここだった―!」
得意げなレイの叫びが聞こえてきた。アルフレッド・ハーレィ・ブルー夫妻は顔を見合わせると、苦笑しながらその後を追う。
「お久し振りです。執政官」
庭に向かって開け放たれたテラスを背にどっしりしたチークの執務机があり、それに向かって座っていた老年の男の首に、レイがかじりついていた。
「すみません。無作法で」
「ははは、子供はこのくらい元気があっていいものだ」
以前はつやつやと赤かった髪がすっかり白くなっている執政官が、笑って応える。
「この人懐っこさは、誰に似たんだろうな?」
レイの赤い髪をくしゃくしゃと撫でた。配置が完璧な、紫の瞳の美しいこの子は、チャーリィの秘蔵っ子だった。
「おじい様。昔のこと、また、お話しして」
チャーリィ・オーエンはにこにことレイを見る。人を射殺すとまで言われ恐れられている、鋭い刃物のような彼の眼が、すっかり好々爺のそれとなっている。
レイは、もう一人の祖父であるはずの彼によく似ているが、遺伝子に記憶は伝えられてはいない。完全なソル(地球)人だった。
緑豊かな庭園を吹き渡ってくる風は、心地よく涼しい。
「お茶の支度ができたわよ。いらっしゃい」
ミーナ・ハーレィ・ブルーの張りのある声が呼んだ。
82歳になっても快活さはまだ失われていない。輝く豊かな金髪はさすがに白くなってはいたが。
夫のエドモンド・ハーレイが亡くなってから、彼女は再婚もせず、太陽系屈指の大財閥 ブルー・コンツェルンの総代を担ってきていた。
「ほら、行ってきなさい。おばあ様の特製手作りケーキだよ」
「はーい」
チャーリィに促され、レイはぴょんと飛び降りるとリビングに駆けて行った。
「落ち着きのない子で」
「あの齢で落ち着いていたら、気味悪いさ」
バリヌール人のライル・フォンベルト・リザヌールならきっと三歳の時でも、薄気味悪く落ち着いた子供だったに違いない。このレイはまるで、それができなかった分を堪能しているみたいに思える。
チャーリィはゆっくりと腰を上げた。今日は82歳の誕生日なのだ。それを祝ってアルフやレイ達が来てくれたのだった。
銀河全権執政官の職責をまだ続けているチャーリィは、忙しい。この歳になっても、銀河中に出かけ地球には滅多に帰ってこれなかった。
アルフレッドが歩調を合わせて肩を並べている。栗色の髪と緑灰色の眼のこの男も、もう40歳だ。
ミーナのところに養子に入っているから、戸籍上はミーナの息子だった。外交手腕が頼もしく、彼の片腕として働いている。
41年経ったのだ。あれから……。
未曾有の銀河の――いや、宇宙の危機から。
『死』の『意志』を、幾兆にも分裂したバリヌール人のライル・フォンベルト・リザヌールが、その腕に抱いてこの宇宙から去ってから。
***
彼の最愛のライルは自らを新しい宇宙となして、『意志』を閉じ込め連れ去ったのだ。永久に……。
そのあと、彼の宇宙と、『意志』がどうなったのかは、誰も解らない。しかし、二度と『意志』が戻ってくることはない、ということだけは解った。
彼に残されたのは、小さなカプセル一つ。
ライルから送られてきた小型の無人単座艇のシートに座って、何かないか調べようとした時だった。単座艇のコンピューターが彼を自動認識した。
単座艇に詰め込まれた銀河再生のための膨大な技術知識が引き出せるよう設置されたアクセス端子以外、なにもない前面パネルの右横が急に開いて、中から深いトレーのようなものが出てきた。
そこに、小さなカプセルが一つ入っていた。彼がそれを取ると、すぐにトレーは引っ込み、前面パネルは、まったくの継ぎ目のない一枚盤に戻ってしまった。
カプセルは金属質の容器で、継ぎ目もない。何が入っているのか全く見当がつかなかったが、無理やり開けるのも躊躇ためらわれ、彼はそれを大事に持ち帰った。
誰にも、その事は話さなかった。何となく彼だけに渡したかったのだという、ライルの意志を感じたからだ。
そして二週間後、彼の執務室に古代アンドロイドが訪ねてきた。
銀河連盟本部がこの地球に移転されて以来、様々な種族が当たり前のようにうろうろしているので、地球人も、変わった生物を見かけても、ぶしつけに驚くことはなくなっていた。
しかし、どうみても金属質のロボットに見えるのに、緩やかな上質の生地の礼装をまとって、上品な仕草で歩む彼には、驚きを隠せないようだった。
取次ぎに出た秘書は、複雑な表情で彼を室内に入れた。
アンドロイドは威厳の滲み出る態度で優雅に一礼すると、チャーリィのデスク前に進む。
チャーリィは席を立って出迎えた。
「お久し振りです。M202。あの銀河裁判以来ですな」
「お元気そうで何よりです。銀河連盟全権執政官」
かつて、ガルドで行われた、チャーリィと勇を裁く裁判の裁判官を担った、古代ゼデルデのアンドロイドM202だった。
彼には椅子は必要ないとは思われたが、礼儀上、向かいの椅子を勧める。M202は鷹揚に座った。
「して、また、こちらにはどのような御事情で?」
古代アンドロイドがわざわざ訪ねてくるのは、非常に珍しい。何か問題が起きたのかと、内心緊張を隠せない。
「さる方から、依頼を受けたのです」
アンドロイドは、こう言って秘書官のほうを見た。
チャーリィは秘書官を部屋から下がらせた。
「此処のセキュリティは万全ですか?」
アンドロイドは確認し、さらに、探査機能を使って周囲を探っていたようだった。
やがて、盗聴の心配がないことを確認したらしく、一つ頷いてチャーリィを見た。
「ずいぶん、内密な用件なんですな」
チャーリィは警戒して訊いた。よほどの重大事なのだろうか?
「カプセルをお持ちですね?」
アンドロイドがいきなり確かめてきたので、チャーリィは面食らった。
「私は、リザヌールから、依頼を受けたのです」
「何だって?」
思いもかけない言葉だった。彼が言葉もなくしているとアンドロイドが続けた。
「貴方がカプセルを受け取ると、それと解るように、私に信号が送られるシステムになっていました」
チャーリィは黙したまま、アンドロイドのいかにもロボットらしい金属プレートで覆われたつるんとした顔をみつめるばかりだった。
「それより以前に、私はリザヌールから、直接の通信を受け取っていました。外部通信装置を介さず、私の受信部に入力されたのです。リザヌールの科学技術力は、実に驚異的なものです」
M202は感心して何度も頷いている。
「その技術的解説は省略して宜しいでしょう。本題から外れますので。で、受けた依頼とは、私に、カプセルの保育を任せたいというお話でした」
「保育?」
「カプセルには、貴方とリザヌールの遺伝子が和合された胚が入っているのです」
チャーリィは文字通り、驚愕に飛び上がっていた。
古代アンドロイドM202の提案で、と言うよりも、チャーリィ自身も強く望んだのだが、この件は秘密裏に行うことになった。
バリヌール人の遺伝子――しかも、分裂素基の胚となったら、どの種族も手段を選ばず手に入れようとしてくるだろうからだ。
バイオ施設はチャーリィの邸宅内に、小さく建てられた。名目は、資料館もしくは記念館として。
だが、隠れみのの小さな展示場の壁の向こうは、機械類に囲まれたバイオ技術室だった。
アンドロイドM202はそこに閉じこもり、カプセルに保存されていた小さな胚の育成を行っていた。
チャーリィは何度か見に行ったが、厳重に保護された無菌のタンク内で育成されているので、生物学の発生実験の観察となんら変わりなく、あとはすっかり任せてしまった。
彼が頻繁に訪れると要らぬ関心を引き寄せる恐れもあったし、彼自身も非常に多忙だったのだ。
銀河の大半は星も惑星も死滅していたし、『意志』の侵攻を阻む盾となって恒星もろとも超新星のエネルギーとなって燃え失せた宙域も多かった。
避難してきたそれらの世界の種族達の今後の安住の世界も検討しなくてはならない。
死滅した惑星や恒星を再生する大事業も着手し始めている。
多くの命が膨大に失われ、全てを一から立て直す必要があった。
42歳の銀河連盟全権執政官の彼は、今、銀河で最も多忙な男だった。
だが、再び新しい命が生まれ始め、全ての再生と新生が確信できるようになったのは、嬉しい希望であった。
アンドロイドから連絡をもらったのは、それから一年ほど過ぎた頃だったろうか。
正直、チャーリィは気にはしてても、半分は忙しさに紛れて忘れていた。
ちょうどガルドに行っていた彼は、急いで地球へ向かった。
ガルドから、亜空間航行を使って2週間かかる。航行技術は災厄の時からさほど変わっていない。
チャーリィは、執政官専用クルーザー内の快適なリビングで、ゆったりした椅子に身体を沈めていた。
今のところ、移動する時間が、唯一の休憩できる彼のプライベートタイムとなっている。だから、秘書達も遠慮して、彼のリビングには入ってこなかった。執政官の過労を重々承知しているのだ。
いつの間にか煙草を取り出しているのに気がついて苦笑する。最近は、煙草さえもゆっくり喫んでいなかったなと思う。
それとも、やっぱり、気持ちが動揺しているのだろうか?
俺とライルの子供なのだ。どんな様子なのだろう。M202はその辺りには触れてこなかった。映像さえ寄越さず、お楽しみに、と言いたいらしい。
そういうところは、実に人間臭い。あの古代アンドロイドは、失われた過去の世界のロボットだった。
銀河の辺鄙な片隅の惑星の、まるで墓所のような機械施設で、召集を受けるまでひっそりと眠っている。彼らを作った生物は、既に絶滅して遥かな時がすぎていた。遺産として残されたアンドロイドだけの世界だった。
ライルが俺の遺伝子を取ったのは、あの時なんだろうな、と煙草の煙をくゆらしながら、回想する。
最後の決戦の準備を一人進めるオリオン星雲の彼の船を訪ねた時だ。
あれが、彼と身を交わした最後となった。
あの時のライルは特に積極的だった。全身全霊でチャーリィを味わおうと貪欲になっているようだった。
今思えば、ライルは彼の精子をすっかり搾り取る気でいたらしい。
いつの間にか、煙草が短くなっていて火も消えていた。チャーリィは灰皿に押し込むと、バーからウイスキーの水割りを持ってきて、あらためて落ち着くとゆっくりと啜る。
ライルは知っていたのだ。あれが、最後だと。
自分と会う最後だと、覚悟していたのだ。
ライルは、無数に分裂してしまう決意だったのだから。
あの後、勇達がエネルギー球となって玉砕した後、無理やり訪ねて行った時、チャーリィは初めてライルの覚悟を知った。
あの時は、既にもう分裂していたのだ。だから、会えないと断ってきた……。
でも、チャーリィの為に、わざわざ戻ってくれたのだ。きっと、たいへんだったろうに……。
そして。
ライルは初めて言ってくれた。
「愛している」と。
今でもそれを思い出すと、チャーリィの胸が熱い思いで苦しくなる。涙までこみ上げてきてしまう。
――くそ! ライルの馬鹿め! どうせ言うんなら、もっと早くから、何回も言ってくれればいいのに! よりによって、最後の最後なんて!!
***
クルーザーが地球の銀河連盟本部専用ポートに着陸すると、チャーリィはその足で自宅に向かった。地球に着いたら、もう、一刻だって待てるわけがない。
自家用エアカーを運転する専属パイロットを急かさないように我慢するには、努力が要った。
そして、まっすぐ、こんもりとした茂みの中にひっそりと建っている小さな記念館に駆け込む。
中で、M202が待っていた。
バイオ施設のベビーベットの中で、彼が眠っていた。
髪はさらさらとした栗色だった。見た目は、まるっきりソル(地球)人の男の子に見えた。M202に視線をやると、察したらしく答える。
「遺伝子的には、ソル人として発現されるように組まれていました。バリヌール人の遺伝子は、完全な潜在下にあります。この子は、ソル人です」
――それが、あいつの答えなのか。
「ソル人の成育年齢で言えば、生後3ヶ月というところです」
「すると、誕生日は、10月だな。一応、胚を育児開始してから、十月十日経過ということで、10月15日にするか」
「お抱きになられたら、いかがです? 貴方のお子さんですよ。執政官」
この言葉に、チャーリィが珍しくたじろいだ。
彼は自慢じゃないが、あまり、小さな子供――とくに、これほどに小さな赤ん坊を抱いた経験がほとんどない。
一度、ガルドで、ミーナの赤ん坊を抱いたことがあった。あの災厄の前だ。生まれたばっかりのその子は、ふにゃふにゃ柔らかくて、どう持ったらよいか解らなかった。
ミーナもそう思ったらしく、急いで、俺の腕から取り上げた。
「あぶなっかしくて、見ていられないわ。もう、絶対、あなたには抱かせないから!」
と、彼女が宣言したのを、今思い出す。
あの金色の巻き毛の赤ん坊も、『ゾエラ』になった。
チャーリィが逡巡していると、M202が赤ん坊をベッドから抱きあげて彼の腕に抱かせてくれた。三ヶ月に入っているせいか、ずっしりとしっかりした感触にほっとする。
赤ん坊の眼が、ふっと開いて彼を見た。緑灰色だった。
――俺の眼か。どうして、ライルの紫色にしなかったんだろう。
だが、ライルが自分の眼の色を選んでくれて、嬉しくもなった。
「ぶ……」
赤ん坊が可愛い声を出して、にっこり笑った。小さな小さな手を開いて、彼の顔に伸ばす。
――可愛い! なんて、愛しい!
チャーリィの胸から愛しい想いが溢れ出て、全身を震わせた。ふいに、涙があふれてしまう。
そっと、胸に抱き締めた。
ライルは約束を守ってくれた。結婚して子供を作ろう、と彼は言っていた。彼は本気だったのだ。
「全権執政官、おめでとうございます。これで、私の受けた依頼は、完了しました。私は引き上げます」
古代ゼデルデのアンドロイドが、チャーリィに深々と一礼して去って行く。赤ん坊を抱いたまま、彼は驚いて呼び止めた。
「待て! 赤ん坊の育児なんて、俺は解らないぞ! ずっと、面倒を見てもらえないのか?」
アンドロイドが足を止めて、振り返った。
「執政官、私はロボットです。有機体の育児には適切ではありません。貴方は、同種族の方の中に、支援を探したほうが宜しいでしょう。それでは、失礼します」
そして、今度こそ、M202は行ってしまった。
その後ろ姿を茫然と見ていたが、腕の中の赤ん坊がむずかりだした。ふええ……と泣き出して、チャーリィは慌てた。
その二十分後、道路交通法をしっかり無視して、見事な艶やかな金髪を振り乱しながらミーナが駆けつけてきた。手には必要と思われるもの一式が入っている大きなカバン。
「おしめが濡れているのよ。それも解らないの?」
チャーリィの寝室で、ミーナが呆れたように言いながら、手際よく替えていく。
手慣れたもんだ、さすがさすが、と感心していたら、哺乳瓶を突き出された。
「はい! ミルク作ってきて! ちゃんと煮沸消毒するのよ! 貴方のところは、滅菌装置もないでしょ!」
「俺? 無理だよ!」
「貴方の子供でしょ!」
仕方なく、廊下に出て執事を呼ぶ。彼に哺乳瓶とミルクの缶を押し付けた。
これでよし、と満足して部屋へ戻ると、ミーナが呆れて、咎める目つきで睨んできた。
「俺がやるより、よっぽど安心だから。マキャベリーに無理だったら、できる使用人に頼むだろ?」
ミーナがわざとらしく、赤ん坊に向かって言葉をかけた。
「しょうがないパパさんですね―。先が思いやられますね―。…………」
くるりと振り向いて、
「で、この子の名前は?」
「…………」
ミーナが目をすがめた。
「名前、は、? ま、さ、か……?」
「名前は、……まだ、ない……」
「夏目漱石で、ごまかさないで!」
このあと、執事がミルクを持ってくるまで、ミーナの小言が続いた。
ミルクをたっぷり飲んで、満腹した赤ん坊がすやすや眠ったのを見定めて、ミーナはチャーリィを階下のリビングに引き摺って行った。
「いいこと! あの子は、ライルの子なのよ! それなのに、一年以上も時間があったのに、名前も考えてなかったなんて!」
そして、チャーリィの鼻先に顔を突き出して、睨みつける。42歳になった今でも、とても美人だ。
「忘れてたんでしょ! ごまかしたって、駄目! 忘れてたのよ! ライルの子なのに!」
ミーナにはチャーリィの子供でもあるという部分は、すっかり抜け落ちているらしい。
「貴方になんか、とても任せられないわ! どうせ、ろくに地球にもいないんだから! だ―れもいないこの家で、ひとりっぽっちになんか、させられないわ!」
それは、チャーリィも危惧していた事だった。そして、子育てにも自信がない。
ミーナが決断を見せて、宣言した。
「私が育てるわ! ええ、他の誰にも任せるもんですか! ライルの子なのよ! 私が育てるのが、当然だわ!」
「俺の子でもあるんだけど……」
チャーリィが小さい声で唱えた異議は、見事に無視された。
「私が養子にします! あなたの子だって世間に知られたら、変な憶測でいっぱいになっちゃうわ。きっと誰も、まさかライルの子だなんて思わないでしょうからね。あなたが遊びまくっていた女の誰かの子だなんて思われたら、あの子が可哀相だわ!」
「そこまで言わなくても……」
この抗議も無視される。
全銀河種族を統率する銀河連盟全権執政官も、ミーナの前では全く形無しであった。
話は決まったと、ミーナは再び、元気良く寝室に向かった。チャーリィが慌てて後を追う。
まだ眠っている赤ん坊を、ミーナがとても優しく、とても愛しそうに抱き上げた。
「私の可愛いアルフレッド。さあ、お家に行きましょう」
この瞬間、赤ん坊の名前は、問答無用にアルフレッドに決定された。
***
チャーリィは、傍らを歩く40歳を迎えようとしている男を見遣った。
ミーナの溺愛ぶりは目も当てられないほどだったが、それでも、なかなかいい男に育ってくれた。
――さすが、私とライルの子だ。
満足げに頷く。アルフの外交バランスは素晴らしく、銀河の種族間でも高く評価され、信頼も篤い。
彼は心の中で、次代の執政官に彼を推薦しようと決めていた。
――そろそろ、私も引退する潮時だ。
ミーナはアルフレッドを養子にしたが、ちゃんと彼とライルの子供だと伝えてくれていた。
誕生日には必ず連れてくるか、彼を呼んだ。何かの節の折にも、必ず招待の連絡を送り、ほぼ強制的に参加させられた。
小学校の運動会の時も、一万光年先の場所で重要な会議があるというのに、脅迫されて、軍の高速艦で無理やり帰ってきたものだ。
アルフレッドが短距離と中距離走で一番になった時は、そんなことも忘れて夢中になって声援してしまったが……。チャーリィもけっこう親馬鹿だったらしい。
ミーナはその頃、日本で暮らしていたのだ。勇の妻だった順子未亡人を心配して、傍にいてやりたかったからだった。
日本の学校には、子供と家族で楽しむ行事がけっこうあって面白い。
アルフレッドより3年遅れて、ミーナに女の子が生まれた。夫のエドモンド・ハーレイの鳶色の眼とミーナに似た輝く金髪をもつ奇麗な子だ。
幸いなことに、性格はエドのほうを多く受け継いだらしく、穏やかで優しい。
その子が、今アルフの妻のパトリシアだった。その間に生まれたのが、元気のいいレイ。チャーリィの孫だ。
リビングで、大きなケーキを自分で切り分けるんだと言ってきかないレイを見遣って、心の中のライルに言う。
「お前の孫だ。信じられないだろう? なんで、こんなにやんちゃなんだ?」
『君にそっくりじゃないか』
すぐ傍らで、彼の笑いを含んだ声がした。
「本当は、お前がこうしたかったんじゃないか?」
姿の見えない恋人に訊く。
『まさか。考えられないよ。でも、僕が地球人だったら……』
以前から、チャーリィは彼が傍にいるような気配を感じることがあった。姿は見えない。気のせいかもしれない。
しかし、最近、それが多くなった。年を取ったということかもしれない。彼が引退を決意した理由の一つでもあった。
――四十一年だ。
もう充分、私は責務を果たした。あとは、若い世代に委ねよう。
そろそろ過去を振り捨て、新しい時代へ向かって歩み始めてもいい頃だ。
2307年、12月15日。
チャーリィはこの日付で、全銀河に対し辞任の表明を送った。誰が何と言ってきても、彼は、撤回する気はなかった。
同時に、次代執政官に、アルフレッド・ハーレィ・ブルーを推薦する。自分の子供だからと言う身贔屓ではなく、客観的に公正な見地から見ても、最適任だと自信がもてるからだ。
翌年、1月1日付けで、新銀河連盟執政官に、アルフレッド・ハーレィ・ブルーが着任。
同時に、年号を新世紀とした。
これより銀河は、アルフレッド執政官の指揮統率のもと、新しい未来へ向かって歩み始めたのである。
―完―




